第7話 新たな目的

「そういえば、リガルドとアレクシスさんは親友って言ってたよな?アレクシスさんはサイボーグじゃなかった」


 感傷に浸っていたリガルドは何ともない風を装って疑問に答えた。


「ああ、アレクシスは優秀な技術者だったからな。その才能を買われて大戦後、ラグーンの【居住区A】に移住したんだ」

「マジか!やっぱりすげえ人だったんだな!」


 ミコトが我がことのように喜ぶのが何だか可笑しく思えた。


「リガルドはサイボーグなんだよなー……」


 ミコトの刺すような視線に、リガルドは心に冷たいものが流れるのを感じる。長らくひとりで過ごしてきたせいでサイボーグに対する偏見の目を忘れていた。


(軽蔑するのも無理はない。ラグーンではサイボーグの残党兵を反乱分子として危険視している。なんなら戦争を彷彿とさせるものとして排除しようとする動きすらあるからな)


 サイボーグの残党兵がラグーンに入ることが許されていないのはそう言ったことが理由になっている。だからミコトがサイボーグの人間を見るのは初めてだった。

 ミコトの顔が険しくなる。やはりサイボーグに嫌悪を抱いているのかと思いきや、予想外の言葉が飛び出した。


「サイボーグって……魔術師の力よりもカッコよくね?」

「ふはっ」


 短絡的で子供っぽいミコトの思考にリガルドは噴き出してしまう。心のどこかで拒絶されなくて良かったと安堵する。


「何がおかしいんだよ」

「いや。面白いことを言うなと思って」


 馬鹿にされたことを誤魔化すように、ミコトは話題を切り替えた。


「とにかく俺はこれから【居住区A】を目指す!アレクシスさんにも会って、必ず【魔法使い】を殴ってやるんだ」


 握りこぶしをつくり、更に決意を固めるミコトを見てリガルドは項垂うなだれた。


「お前な……。復讐なんてやめておけ。居住区Aは更に警備体制が厳しいらしいぞ。アカウント無しが行けるような場所じゃない」

「それでも行くんだ。それが俺に残された道だから……」


 ミコトのギラギラと光る目を見て、リガルドはため息を吐く。


(またこれか……)


 戦場で何度か見てきた、若者の無鉄砲さ。極端な思考。そのいざぎよさが功を奏する時もあるが大概は無残な結果、死という形で終わる。


(使命だとか、大義名分だとか……。大きな事を担ぎ出して己を奮い立たせる。それが若い奴の行動パターンなんだ)


 年齢を重ね、リガルドは悟っていた。生き残るにはリスクを取らないことが一番大事だと。

 死ぬリスクが低い道を選び抜いて今、こうしてリガルドは生きている。リスクが低い道を選ぶのに汚い手も使ってきた。だから尚更、リスクを負ってまでミコトが【魔法使い】という訳の分からない存在や【ラグーン】という社会に喧嘩を売りにいく意味が分からなかった。


「お前のような奴は戦場で一番に死ぬ」


 リガルドの低い声にミコトが固まる。厳しい空気を纏ったリガルドは、兵士に戻ったように見えた。


「分かったらラグーンで元の生活に戻れ。もう夜遊びしない、ハイスクールの生徒になるんだ。俺も協力してやるから……」


 ミコトはソファの前に置かれたテーブルに勢いよくコーヒーカップを置くと、声を張り上げた。


「どうせアカウントを失ったことなんて大したことじゃないとか思ってんだろ?」


 俯いたミコトの声が微かに震えている。


「親に存在しなかったことにされることも……他の誰かにとっては大したことじゃないかもしれねえ……けどな。俺にとっては重要なことなんだよ!」


 顔を上げたミコトの黒い瞳が人を射殺すような鋭い光を放っていた。今度はリガルドの体の動きが固まる。


「俺以外に俺の存在を認めるものはない。ここで俺が折れたら……本当に俺は死んじまう。だからここは絶対に折れちゃいけねえところなんだ!」


 悲痛なミコトの叫びにリガルドは黙り込んだ。まるで追い詰められた兵士のようだった。


(ミコトにとって己の存在を否定したラグーンや親元に戻ることは敗北を意味するのか……。だとしたら俺は酷いことを言ってしまったな)


 己の存在を無き者として扱う者達に頭を下げて助けを乞え。そして何事も無かったかのように元の生活に戻れというのはミコトにとっては屈辱以外のなにものでもなかったのだろう。リガルドは自分の発言を悔やんだ。


「おっさんまでそんなこと……言うなら、もういい!俺は……俺は、ひとりでも行く!」


 ミコトはソファから立ち上がるとドアに向かってフラフラと歩いて行く。いつの間に元気が無くなり、明らかに様子がおかしい。そのことに気が付いたリガルドはマグカップから手を離すと、立ち上がってミコトに手を伸ばす。突然空中に放り出されたマグカップは派手な音を立てて割れた。


「おい!待て!」


 リガルドが止めずとも、ミコトの動きが止まる。そのまま上体が揺らぐのを見て、リガルドの機械化した足がうなった。

 ミコトの元に跳躍すると、ミコトが床に顔面をぶつける前に体を支える。


「おいっ。大丈夫か?おい!」


 返答の代わり規則的な呼吸音が聞こえてきて、リガルドは特大のため息を吐いた。


(こいつ……寝てやがる)


 体を正面に向けると、険しい表情のまま目をつぶったミコトの表情が現れる。リガルドはそのままミコトの上体を持ち上げ、足を引きずらせたままソファに寝転ばせた。


(ったく。どこでもすぐに寝るなんて……まるででかい赤ん坊だな)


 リガルドはミコトを見下ろす。


(そもそもこいつがどこへ行こうと俺には関係ないだろ。居住区Aだろうがどこへでもひとりで行かせればいいんだ……)


 それなのにミコトに説教までして、自分は何をやっているのか。今までの自分の行動を振り返ってリガルドは己を恥じた。


「我ながら馬鹿なことをしてるな」


 それでも何故かミコトのことが気にかかるのはアレクシスの存在が大きい。言われてもいないのにミコトを託されたような気がして落ち着かなかった。


(ミコトといい、この本といい……お前は俺に何を伝えたいんだ?お前は何がしたかったんだ……)


 リガルドはしゃがみこんで割れたマグカップの破片を拾う。サイボーグ化した右腕を見下ろしながらリガルドは考えた。


(存在を証明したいミコトと違って俺は自分の存在なんか……どうでもいい。だけど死ぬ勇気はない。戦場で嫌と言うほど見てきたからな。惰性だせいで生きてる。弱い人間だ……いや、体の殆どが機械だから人間というのも言えないか。とてもミコトに説教できるような大人じゃなかったな)


 リガルドは自分のことを笑うように、ふっと口から息を漏らした。


(それでも羨ましいと思ってしまった……。ミコトが「生きること」に執着しているところに)


 ソファに視線を移すと大きないびきをかきはじめたミコトを見て噴き出す。


「まったく。知らない人間の家でよくもそんなに眠れるな……」


 リガルドは床を掃除した後、ミコトに薄手のタオルケットをかけてやった。


「俺もまだ……生きていたいのかもな」


 誰に対して言うでもない。独り言は部屋に響いて、消えた。




 朝。リガルドはキッチンに立っていた。


(久しぶりに朝食なんて作るからな……勝手が分からん)


 小型の冷凍庫からカチコチに固まったパンを取り出すと、電子レンジに突っ込む。こうしてキッチンに立っていると、かつてあった家族の光景を思い出しそうになって胸が痛んだ。そんな光景を掻き消すように、リガルドはキッチンに立てかけてあった皿を手で掴む。

 小麦の香りが部屋に充満し始めると、ソファで眠っていたミコトがむくりと身体を起こす。食べ物の香りを嗅げば起きて来るだろうというリガルドの予想通り。ミコトは寝ぼけ眼でキッチンに熱い視線を注いでいた。


「食い物の香りで起きるとは。お前は本当に単純な奴だな」


 リガルドがくっくっと笑い声を立てると、ミコトは決まり悪そうに目を細めてそっぽを向いた。


「本能だから仕方ねえだろ。それに、どうせおっさんの分だろう。俺は携帯食食って、とっとと居住区Aに向かうからな」


 ミコトはソファの下に置いてあったリュックサックを座ったまま手繰り寄せると、乱暴に中身を漁り始めた。


「これは俺の分じゃない。お前のだ」


 そう言ってリガルドはミコトの前に丸い形のパンが乗った皿を差し出す。ミコトの目が点になった。


「【領域外りょういきがい】じゃ食料は貴重なんじゃないのか?ここらも比較的環境がいいとはいえ作物はなりにくいはずだ。……なんで俺に食わせる。まさか、何か入ってんのか?」

「そうだな……。俺は少量の食べ物でも大丈夫な体なんでな。なんなら数か月飲まず食わずでも生きてる。領域外の人間はそう言う風に改造されてるんだ。それと、お前を家に戻すために薬を盛ったわけでもないからな。気負うことは無い」


 肩をすくめたリガルドにミコトは皿を受け取りながら舌をだした。


「なんだそれ……。そんなん聞いたら余計気が重くなるっつうの」


 ミコトの率直な感想にリガルドは苦笑する。


「でも食うだろう」

「食うに決まってんだろ!」


 そう言ってミコトはパンを一口で頬張ってしまう。頬を膨らませてパンを噛み砕くミコトは小動物に見えた。


「なんも味ねーのな。バターかジャムが欲しかった」

「人のもの食っておいて文句を言うな。それと、ミコト。お前に提案がある」

「……提案?」


 パンを飲み込んだミコトの瞳に警戒の色が浮かぶ。


「お前が【魔法使い】を殴りにいくのに俺も付き合おう。俺は……この本の謎を解きたい。アレクシスの痕跡を追うには【居住区A】へ向かうのが必須だろう。だとしたら俺達の向かう場所は同じってことだ」


 ミコトの顔色がみるみるうちに明るくなっていく。昨夜からの殺伐とした表情が消え失せ、年相応の無邪気さが垣間見えた。


「本当か!?」

「ああ。ただし、俺の作戦行動に従ってもらう。今までのような無策で危険な行動はやめるんだな」

「げえっ。急に軍隊かよ……」


 ミコトが面倒くさそうな顔をする。リガルドの予想通り。ミコトは人の指示に従って動くのが嫌いな性質のようだ。笑顔を崩さずにリガルドは続けた。


「今までみたいに領域外で眠ってみろ。お前はすぐ【暴化動物ぼうかどうぶつ】と【無差別攻撃機体むさべつこうげききたい】の餌食えじきになる」

「……すんません。リガルドさん、今まで助けてくれてありがとうございました!」

「分かってくれたならいい」


 素直にソファに額を付けるミコトを、キッチンを背に寄りかかりながらリガルドは満足そうに頷いた。



 本当はこのままずっとセイフティーゾーンの環境が悪化するまで誰とも関わらず、平穏にひとり暮らしを続けても良かった。それでもミコトについて行こうと思ったのは、アレクシスの面影を見たからだ。


(やっぱりお前の伝えたかったことと向き合ってみるよ。それを知った後で死んだって、問題はないさ)


 こうしてリガルドはミコトと共に旅立つことを決めた。



 










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