第6話 普段とは少しだけ違う、いつもの日々

「レーヴさん遅いですね~」


 ラーハの近郊部にある教会に併設された孤児院。

 新しいが何故か一部破損してしまっているその施設で、責任者でもありシスターでもあるネアが中々来ないレーヴの身を心配していた。


「皇帝からの呼び出しです。時間が掛かっても仕方ないかと」


 その一方で、同じく待ちぼうけを食らっているもう一人の便利屋であるイヴは大して心配はしてはいなかった。

 これまでの経験もあるが、レーヴとイヴの間には魔力で繋がっており互いの状況をある程度なら把握できるのである。

 それ以外にも魔力を同調させる事によってレーヴにしか身に付けられない物があったとしても、イヴも身に付けられるなど様々であるがこれらが役に立った事は今のところ数度しかない。


「……(ニヤニヤ)」

「? 何でしょう、シスターネア」


 自分を見つめてニヤニヤし始めるネアにイヴは不思議そうに質問する。


「別にな~んでもありませんよ? ただいつも信頼し合ってて羨ましいな、と」

「……今のところ仲違いする理由がありませんので」


 イヴはそう返しつつも内心は疲弊した気持ちになる。

 このネアというシスター、基本的に善人で誰からも慕われる人物であるが恋愛事を嗅ぎつけるとまるで蛇の如く追及せずにはいられないという厄介な性格をしていた。

 シスターという禁欲的な事情があるにせよ根掘り葉掘り聞いて来るその姿から一部ではシスターではなくラミアではないかと噂されている。

 特に最近はレーヴとイヴの関係に注目しており、隙あらば二人にお互いの印象などを聞くため二人とも嫌気が差しているのであった。


「シスターネア。はっきり言いますがレーヴと当機は純粋な主従関係です、他の要素が入る事などあり得ません。それにゴーレムが恋愛など……」

「いいじゃないですか~。ゴーレムが恋だろうと何だろうとしても」


 完全に否定しようとするイヴであったが、ネアの思わぬ返しに押し黙ってしまう。

 ネアはいつもと変わらない柔らかな笑みを浮かべつつイヴにまるで説法するかのように言葉を重ねる。


「いいですかイヴさん。この世の中において嫌う事には理由が必要です、けれど好きになる事に理由なんていらないんです。好きになる、それはどの生命体にも許された唯一の事なんです」


 いつもの間延びした口調も止め、ネアはイヴに言い聞かせる。


「ゴーレムは生命体とは……」


 一方でイヴも言い返そうとするがネアはそれすらも叩き返す。


「心を持っている。それだけでも人を想うのには十分すぎる理由ですよ? それに今どきはモンスターと人間のハーフも珍しくありません。イヴさんはそれすらも否定するんですか?」

「そ、れは……」


 イヴはネアの言葉に何も言えなくなってしまい黙り込んでしまう。

 その様子を見てネアは深呼吸をしてイヴに頭を下げる。


「ごめんなさいイヴさん。つい説教じみてしまいました~」

「……いえ、新しい知見でした。感謝しますシスターネア」


 恋愛云々はともかく自身がゴーレムである事にこだわり過ぎて、視野を狭めていたかも知れない。

 そんな事を考えているとイヴの聴覚部に聞きなれた声が入ってきた。


「シスターネア。どうやらようやく修繕に入れそうです」

「え?」


 ネアがその意味を確認する前に馬のいななきが辺りに響いた。

 二人がその発生源を見れば白馬にまたがったクラウディアにレーヴがしがみついていた。


「着きましたよレーヴ殿!」

「あ、ありがとうクラウディア。け、けどここまで急ぐ必要は……うっぷ!」

「いえ! こちらの都合でレーヴ殿にご迷惑を掛ける訳にはいきませんから! ではこれにて!」


 明らかに気分を悪くしているレーヴであったがクラウディアはその様子に気付かず再び白馬を操りこの場を去っていった。

 よたよたしながら近づくレーヴに二人は近づき背中を擦る。


「だ、大丈夫ですか~? レーヴさん」

「……き、騎士クラウディアが気を利かせて急いでくれたけど。う、馬に慣れて無いとあのスピードは、酔う」

「あの方らしい……と言うべきなんでしょうか」


 そうこう話している内に多少は気分が良くなったのかレーヴは擦るのを止めてもらい、改めて孤児院を見る。


「それにしても、随分と派手にやりましたねシスターネア」

「アハハ……。子ども達が魔法の練習をしていたら暴発して……」


 頬を掻きながら照れたように話すネアに愛想笑いを返すとレーヴはイヴに確認する。


「材料は?」

「そこに」


 イヴが視線を向けた方にはレーヴが準備した材料が確かに用意されていた。


「よし。それじゃあ日が暮れる前に済ませるか」


 そう言うとレーヴは用意した材料を前にして何かを呟いていく。

 すると意思を持たないはずの材料たちが動いていき形を成していく。

 その様子にネアは感心したように声を漏らす。


「はぁ~。相変わらず凄いですね~レーヴさんのゴーレム魔法」


 その言葉にイヴは頷く。


「通常ゴーレムの生成に掛かる時間は自立(オート)型なら数分程度、ですがレーヴは一、二分で数体を生成できます。……無論、構造がシンプルなゴーレムに限りますが」


 そうこう話している間に既に三体の二メートルほどのゴーレムが孤児院の修繕作業を開始していた。

 レーヴがここまで素早くゴーレムを生成できるのは訓練の賜物でもあるが、ある魔力の性質も関係していた。

 それは『魔力伝導率』、つまり物体に魔力を通す力が異常に高いのである。

 主にマジックアイテムを生成や使用に注目されるこの魔力伝導率であるが、レーヴの師は彼にゴーレム魔法を進めた。

 結果として類いまれなるゴーレム使いが誕生したのである。


「シスターネア。この調子なら放置していても夕方には完了すると思います」

「ありがとございます~。お国に頼むと時間がかかるので~」


 ネアの発言に苦笑を返すレーヴにネアは時間を確認しながら提案する。


「レーヴ。修繕完了の時間を考えると店に戻ると夕方です。後片づけを考えればここに残るのが最善かと」

「そうなるか……。はぁ~、今日はろくに研究出来ずか」


 レーヴがそのように嘆いているとネアが提案をしてくる。


「でしたら二人とも、是非子ども達と遊んであげてください。このままただ待つよりは有意義だと思いますよ~?」

「……どうする、イヴ」

「時間が無駄になるよりはいいかと」

「決まりですね。では子ども達を呼んできま~す」


 そう言って別の場所で待っている子ども達を迎えに駆け足で向かうネアを見送りながらレーヴはイヴに問いかける。


「イヴ。何かいい事でもあったか?」

「……そう、見えますか?」

「ああ」

「シスターネアとの会話で少しだけ知見が広がりました。……そう言うレーヴも何か良い事がありましたか?」

「そう見えるのか?」

「ええ」

「まあこっちも知見がな」

「そうですか」

「ああ」


 淡々と報告しているように見えるが、二人の顔には僅かながらに笑みが浮かんでいた。

 そうこう話している内にどこからか子どもの騒がしい声が聞こえ始めた。


「さて、あいつらの相手をするか。モンスターと戦うより大変だぞ」

「同意します。さて、行きましょうかレーヴ」


 そうして二人は孤児院の修繕が終わる夕方まで子ども達と遊んだのである。



 普段とは少しだけ違う、それでいて二人にとって実りのある一日であった。

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