第5話 帝国を統べる者
「この我を待たせるとは。随分と気が大きくなったな、便利屋」
「申し訳ありませんアストラル帝」
レーヴとクラウディアが玉座の間に入るなり聞こえたのは不機嫌そうなこの国のトップ、つまりは皇帝であるレイ・アストラルの声であった。
頭を下げつつ詫びの言葉を言うレーヴであったが、アストラル帝の表情にはこちらをからかうような表情が見えたためそれほどは緊張をしていなかった。
「申し訳ありません、アストラル皇帝! 全ては私の責任です! 罰ならば全て私に!」
だがクラウディアの方は気づいていないようで決死の表情でアストラル帝に訴えかける。
その必死さがツボにハマったのか堪えられず笑いを吹き出す皇帝を見て、ようやくクラウディアはからかわれた事に気付いたらしい。
若干複雑な顔をしながらクラウディアは臣下の礼を取る。
「あ~あ。笑った笑った! やはりからかうならクラウディアに限る」
そう言って二人を見下ろすアストラル帝はそれほど年齢はレーヴと変わらないように見えた。
だが、当時小国であったこの国をアストラル帝の父が帝国建国の礎を造り上げ。
その基盤を王国と張り合えるまで成長させたのはこの男あっての事である。
即位してまだ数年ではあるが、その姿には皇帝としての威光を感じるようである。
「偉大なるアストラル皇帝。本日はどのような用向きで私などをお呼びになられたのでしょう」
「ん。まあ呼ぶほどの事ではなかったが、お前の口から直接聞きたくてな」
「例の試作剣について、でありますか?」
「分かっている癖に態々確認するな。それは悪癖だぞ」
「……以後気を付けます」
アクトと共同で研究している剣はアストラル帝の依頼であった。
剣の量産が進めばモンスター討伐の際に投入する兵士が少なくて済むと考えての事らしい。
レーヴは姿勢を改めると現在の進捗状況を報告し始める。
「先ほど試作一号が完成したと提携している鍛冶屋から報告がありました。剣としての強度は問題ないそうですが、実験は後日行います」
「ふむ。……依頼してから既に数週間、実験までが遅いのではないか? 便利屋」
皇帝から威圧を込めた視線を送られるレーヴであるが、動揺する事なく口を開く。
「弁明のしようもありません。何もかもが探り探りの状況でしたので時間が掛かってしまいました。ですがその分、性能は保障します」
「その言葉に偽りはないな、便利屋」
「わが師の名に懸けて」
しばらくの間、沈黙が玉座の間を包む。
だがアストラル帝がフッと笑みを浮かべると、その空気は緩和される。
「そうか、ならいい。いくら時間が掛かってもよい、完全な剣を持って来るのだ」
「はっ!」
「……フフ」
レーヴが返事をするとアストラル帝が突然笑い出す。
意味を察する事ができないでいるレーヴとクラウディアは思わず皇帝をキョトンと見つめる。
それに対しアストラル帝は玉座に肘を突きながらレーヴとクラウディアを見つめる。
「いや。つくづく王国は得難き人物をこちらに提供してくれるものだと思ってな」
その言葉を聞いて二人の表情が複雑な物に変わる。
レーヴとクラウディアは元々王国の出身であった。
だがクラウディアは中々伸びない身長を理由に、実力を無視して下級兵とされた。
レーヴは王国の魔法研究機関にいたが、伝統と歴史という名に凝り固まった王国では師が残した知識は生かせずにいた。
そのような訳で、両者とも時期は違えど王国を捨てて急成長していた帝国へ来たのである。
レーヴやクラウディア以外にも王国に見切りをつけて帝国に来る者は多くいる。
王国と帝国の関係が日に日に悪化していく大きな要因の一つでもある。
「果たして今度はどのような者が流れ着くか、大変に興味がある」
「……失礼を承知でお伺いします。アストラル皇帝は王国を、その」
クラウディアが口どもりながらアストラル帝に王国への侵攻の意思を窺う。
アストラル帝はクラウディアの様子に笑みを浮かべながらも、真剣な様子で答える。
「別に歴史や伝統を誇るのは構わん。だが王国はそれに固執し他を蔑ろにしている」
その言葉はレーヴもクラウディアも間直に見ていただけあって否定する事もなかった。
それを確認するとアストラル帝は続きを話し出す。
「我は王国を気に入らん、それは事実だ。だが自ら兵を差し向ける気は無い、その必要すらないと考えている」
「? それは一体……」
アストラル帝が発した言葉の意味を分かりかねている様子のクラウディアに対し、レーヴはボソリと呟く。
「皇帝は王国が自滅すると考えておられるので?」
「それだけの要素は揃っているだろう。発展のない国、いや者に未来を切り開くだけの力は無い」
そう言うとアストラル帝はフゥと息を吐く。
「……喋りすぎたな。クラウディア騎士団長、便利屋を送ってやれ」
「ハッ! レーヴ殿、行きましょう」
クラウディアに連れられて玉座の間を去ろうとするレーヴの背にアストラル帝の声がかけられる。
「便利屋」
「何でございましょう」
「我と初めて会った日、覚えておるか?」
「……勿論です」
それはある晴れた日、有名になりつつあったレーヴの元に城に来て欲しいと兵士たちが押し掛けたのである。
実際はアストラル帝がレーヴを一目見たかっただけであるが、何か処罰されるのではないかと戦々恐々としたのはいつまでも脳内に残っていた。
「あの時、我はお前に追い求める物は何だと問いかけ、お前は確かこう答えたな」
「『自分が求めるのは自分自身がどこまで師に追いつけるか、それのみ。つまりは知識の追求でございます』そうお答えしました」
それを聞いた周りにいた者は驚きを隠せないでいた。
商売をしているからには金や名誉を求めていると思われていたからだ。
アストラル帝はそれを聞いて、レーヴにこう言ったのである。
『便利屋。今後は呼びたてる事もあるかも知れん。お前の知識の追求とやら、近くで見せてもらうとしよう』
それから時が経ち、便利屋の名をこの帝都ラーハにて知らない者は少なくなった。
だからこそ、アストラル帝はもう一度この問いをしなければと思ったのである。
「お前が追い求める物。それは今も変わっていないか?」
アストラル帝のこの言葉に対してレーヴは確かな意思を感じさせる声で返事を返す。
「無論。死んでも変わりません」
「……そうか。つまらん事を聞いた、もう行ってよい」
その言葉を受けて、今度こそ玉座の間を去って行くレーヴ。
扉を閉める音が響く玉座の間で、アストラル帝は一人笑う。
「フフ。……本当に得難い人物を得る事ができたものだ」
帝国をその手中に収めるアストラル皇帝。
彼は様々な才能を愛するのであった。
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