第7話 カリバーン

「う~~ん」

「どうしましたレーヴ」


 ある日の夕方。

 一人紙束を見ながら考え込んでいるレーヴにイヴは問いかける。

 レーヴはイヴの淹れたコーヒーを飲みつつ紙束をテーブルに無造作に放る。


「素材が期日を過ぎても届かない。金もまだ払ってない上に信頼できる業者だから詐欺の可能性はないが……気になってな」

「と、なると明日の予定は決まりましたね」


 イヴの確認の言葉にレーヴは大きく頷く。

 店の緊急休業を知らせを早速入り口に掛けにいくイヴ。

 便利屋においてこのような事態は珍しくない。

 最初の頃は苦情もあったが、今では「便利屋だから」と受け入れられている。


「さて、久しぶりに向かうとするか。ギルドに」



 ――ギルド『光り輝く剣』(カリバーン)。

 査定が厳しい帝国において数少ない公認ギルドである。

 請け負うのは主に討伐クエストだが、一般市民の小さな依頼も引き受けている。


「邪魔するよ」

「お久しぶりです」

「おお! 誰かと思えば帝国の人気者じゃねぇか!」


 レーヴとイヴがギルドに入ると、中にいた戦士や魔法使いが挨拶してくる。

 便利屋を営んでいるレーヴであるが、実はこのカリバーンの一員として身分を登録しているのである。

 帝国は希少なアイテムや素材が取れるエリアやダンジョンに勝手に人が入らないように徹底している。

 例外は軍に所属、あるいはその関係者。

 そして国に認められたギルドに所属している者である。

 そうなると当然レーヴが選ぶ選択肢はギルドに所属する事であった。


「なあレーヴ。儲け話があるんだが」

「断る。どうせ賭け事だろ?」

「イヴちゃん今日も可愛いね~。今夜あたりデートしないかい?」

「そうおしゃるなら身だしなみをキッチリされた方がよろしいかと」


 中にいた者たちに囲まれ歓迎されるレーヴとイヴ。

 便利屋の売り上げはこのカリバーンにも収められており、その金が大量の酒になるため基本的にレーヴを嫌う者はいない。

 居ても様々な人物と交流を持つレーヴに真っ向から噛みつく者はおらず、結果として偶にしか来ないレーヴはこのギルドにおいても人気者であった。

 久しぶりの交流を深めていると、後ろからギルドの入り口を潜る巨大な影が近づいて来た。


「おおレーヴ殿にイヴ殿! お久しぶりですな!」


 その影の正体は二メートルを越えそうな鎧姿の男であった。


「久しぶりだなライアン。相も変わらずの重装備だな」

「平坦な日々であろうと常に戦場の心構ちを持つべしと教わりましたからな。とは言え、兜を被ったままでは失礼ですかな」


 そう言ってライアンが兜を外すと、そこには緑色の肌をした豚のような顔が現れた。

 だが周りの者は騒ぎ立てる事もなく普通に受け入れている。


「ふぅ。やはり帝国はいいですな。自分のようなハーフであろうと受け入れてくれる。なんとありがたい事か」


 そう、このライアンという男は魔物であるオークと人間とのハーフである。

 帝国は彼のような魔物とのハーフ、亜人を積極的に受け入れている。

 いずれは人間に好意的な魔物との交流もするつもりらしいというのはクラウディアがレーヴにコッソリ話した事である。


「いえ、ライアン様のお人柄ならば当然の事かと」

「ありがたい言葉ですイヴ殿。相変わらず優しさもありつつ一輪の花の如く可憐な方だ」


 野蛮というイメージが付きがちなオークとのハーフであるライアン。

 だがその性格は温和でありつつ真っ直ぐ。

 何よりも人々を守りたいという気持ちが強い紳士である。

 レーヴもイヴも最初は戸惑ったが、慣れて見ればライアン以上に信頼できるギルドメンバーはいないと言える程までになった。


「そう言えばライアン。この前あった時はガーディアンだったが、今はどうなった?」

「自分で言うのは気恥ずかしいですが、あれからハイガーディアンに昇格しましてな」


 ギルドに所属する者はその戦闘スタイルなどからクラスが決められる。

 例えば先ほどのガーディアンはパーティーが受ける攻撃を引き受ける、いわゆるタンクの役割を持つクラスである。

 それぞれが通常クラスからハイクラス、マスタークラスと上がっていく。

 顕著な功績を収めた者にはレジェンドのクラスが与えられ、まさに伝説扱いとなるのである。

 とは言えハイクラスに上がるだけでもそれなりの功績が求められるため、ほとんどの者が通常クラスである。


「おめでとうございますライアン様」

「ああ。遅くなったが祝いの品を届けるよ」

「お二人のそのお言葉で十分すぎるほどです。……それよりは今度共に酒を飲みかわしましょう」

「相変わらず無欲だな。っと、すまんが先に用を済ませる」


 そう言うとレーヴは一旦話を打ち切り受付の方へと向かう。

 そこにはレーヴが来るのを今か今かと待ち構えていた人物がいた。


「あらレーヴちゃん。ギルドマスターの私に声を掛けるのが遅いんじゃなーい?」

「悪かったよ。……ママ」


 このカリバーンのギルドマスター、ママ。

 本名は誰も知らず、本人がそう呼べと言っているため所属している全員がそう呼んでいる。

 その姿は筋骨隆々したまさに筋肉の塊。

 だが話す言葉は女性らしさを感じるものである。

 俗に言うオネエという存在ではあるが、誰も深くそれを追求した事はない。

 ある酒に酔った依頼者がその事を追求したら、映像どころか言語化できない状況になったためそれ以来このギルドではこの事は暗黙の了解となっている。


「で? 何か用かしら? レーヴちゃんはわざわざ顔を見に来た、なんて事しないものねぇ」

「その様子だと薄々感づいているんだろ? 全く」


 レーヴは情報料としては少し多い金額をママに渡す。

 それを受け取るとママは通信魔法でレーヴに情報を伝える。


「最近どうも頻繁に荷物が来ないっていう事例が多発してるのよ。それも必ず『夕暮れの森』を通る荷物が」

「……盗賊か?」

「可能性としては」


 この帝国内で大規模な盗賊というのはかなり少ない。

 アストラル帝が即位した際に小規模動く者からギルドとして活動していた者まで徹底的に検挙したのである。

 だがこういったモノは潰してもまた出てくるのが世の常である。

 帝国側も積極的に潰してはいるがゼロとはいかないのが現状である。


「軍の動きは?」

「様子を窺ってる状況ね。まあ証拠がないから仕方がないでしょうけど」

「……で? ママは一体どうしたいんだ?」

「あら。察しのいい子は好きよ」


 そう言うとママはある一枚の紙をレーヴに手渡す。

 それは『夕暮れの森』の探索許可書であった。


「原因の究明と出来る事なら排除を頼みたいわ。もしも犯人がいるなら可能な限り捕まえて」

「メンバーは?」

「お・ま・か・せ♡」

「……了解」


 通信魔法を打ち切るとレーヴは受付から離れる。

 探索許可書一枚で四人の通行が可能である。

 レーヴとイヴは決定しているため、二人誘う余裕がある。

 大して考える事もなく、レーヴは有力な候補である一人に声を掛ける。


「ライアン。頼みたい案件がある」

「喜んで引き受けましょう」

「聞かないのか?」

「レーヴ殿が曲がった事に自分を誘う事はありませんからな」

「……すまん、頼む」

「お任せを!」

「さて、あと一人。出来れば戦士系が……」


 そう言って辺りを見渡すレーヴの後ろにある人影が忍び寄る。

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