12 疑念
「今日はどうだった?」
「どうもこうもないわ。昨日と同じように散歩して本を読んでいただけのぐーたらした堕落生活よ」
「死神に『堕落』って言ってくるのにはセンスがあるね」
「そうじゃなくて!」
私は食卓越しにのんきなことを言う死神にずいっと迫る。
「私は暇なの。私がこの世界に来て何かすることはないの?」
「結婚かな?私と」
「とぼけないで。この世界は充実してるでしょ?魔王を倒すとかそういうこともない。あなたからはひたすら嫁入りすることを言われているけど、嫁入りした後の目的はないの?ただ嫁をとりたいなら私じゃなくてもいいでしょ?」
これだけ言えば本気だとわかるだろう。すると彼の目つきが変わった。
「嫁になるくらいしか必須でやることは特に無いね。強いて言えばこの世界で楽しく、幸せに暮らしてほしいかな。私が望むのはそれだけだよ」
「それなら嫁入りはどうでもいいじゃない」
「いや。身元が保証できるからね。この世界で私以上に力のある者はいない。例え付喪神が人好きな性質でも、安全が保障されるわけじゃない。私の嫁という立場があれば無下にはされないだろう」
彼は淡々と言った。どうやら本気らしい。この世界で楽しく幸せに暮らすこと(?)が彼の望みだという。
「じゃあ私は何をすればいいのよ」
「好きにすればいい。この世界には何でもある。全てとは言わないけどね」
「そう言われても特にすることがないんだけど?屋敷でも街でもそれぞれ誰かがやることをやっているじゃない」
きっちり歯車が組み合わさって完成されたこの世界で、私はどこにも入る隙間がない。付喪神相手だから尚更で、この世界の歯車は交換不要。
人間はこの世界にとって本当に異質なものなのだ。
「こちらにも慣れてきたようだし、屋敷の仕事を手伝うのでも構わないさ。外で働くのは心配だけどね」
とりあえずうちの手伝いくらいはいいらしい。それぞれ担当がいるから私は手出しがしにくかった。屋敷の主人の許可が出たならいいだろう。
「じゃあ明日からは適当に声をかけていくわ」
「そう。また話が聞けるのを楽しみにしているよ」
布団に入って考える。
本当に目的はそれだけなんだろうか。
今更だけど取って食うとか?いやそれは無いか。それならもうとっくに食われてるだろうし。この世界は普通に食べられるものがあるからわざわざ人間を食べるわけはないか。
私がただ楽しく幸せに暮らすだけ?それで宵様自身に何のメリットがあるの?
別に今まで結婚してたとかそんな話は聞かないし、結婚しなくてもいいはず。それなのにどうして私が?
答えは提示されたけど、さらに疑念が募るばかりだ。
「そう言うわけで、よろしくお願いします。桃ノ木さん」
「あらまかわいい弟子ー!」
いきなりむぎゅっと抱きしめられた。柔らかい身体だけど、この方は櫛の付喪神です。
「いやいや、かわいいだなんてそんな…桃ノ木さんの方がかわいらしいですよ」
やや桃色がかった髪に桃色の瞳。顔ちっさいし手足も細い。さらに着物を着ていてもわかる身体のライン。この人をかわいいと言わずに誰をかわいいと言うのだろう。
「中身までかわいいのはいいわぁ…」
「ですね!」
そうやって横で頷くのは千里だった。
「なんで千里もいるのよ」
「小夜様のお目付け役ですから当然です」
とてもいい笑顔でサムズアップしてくる。本当に、どこで学んだんだろうね。
「千里が増えても構わないわよー。人手が多いと助かるからね」
「はい!働きます!」
いっそ潔いな千里は…。お目付け役ってこんなんだっけ。あ、それとそもそもお目付け役だったんだ。
「それじゃあ、やるわよー」
「「はい!」」
桃ノ木さんは屋敷の洗濯担当だ。あとは服選びや散髪とかもやってくれているらしい。
「いい服は洗濯からなの。それからいい寝心地も洗濯からね。フカフカのお布団とかきれいなシーツとかっていい感じでしょう?きちんとすれば気持ちよく眠れるわ」
「いつもありがとうございます」
ただいま三人で布団干し中です。数が多いから日当たりの良い縁側に干していくスタイル。布団を運ぶのはいい運動になる。
屋敷にはすごいことに、コインランドリーみたいなガチ仕様の洗濯乾燥機がある。普通の服は普通の家庭用洗濯機で洗っているけど。それからクリーニングにあるようなガチ仕様のスチームアイロンとかもあるらしい。うちの屋敷は文明を先取りしていることを知った。
それから普通の洗濯物も干す。着物だけどいいらしい。帯とかは別だけどね。
「手際がいいわね」
「ありがとうございます。このくらいできて当然ですよ」
桃ノ木さんに褒められてちょっと嬉しい。そしてまた干して洗濯バサミで留めてを繰り返す。秋晴れの爽やかな空気だからすぐに乾くだろう。
「洗濯物干しちゃいましたけど、取り込むまでどうするんですか?」
「そうね…休憩にしてもいいけど、ちょっといじらせてくれない?」
…いじるって何を!?
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読んでいただきありがとうございます!
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