13 メイクアップのお時間です


 床にビニールシートを敷いて、その上に椅子を置いて、座るのはてるてる坊主みたいになった私。そして鏡越しに見える櫛とハサミを持った桃ノ木さんの姿。


「やっぱり櫛としては気になるのよー。髪は女の命だからー。綺麗なんだからしっかり整えないともったいないわよー?」

「は、はぁ…」

「前に切ったのいつなのー?」

「夏前くらいですかね」

「伸ばすのはいいけど切り揃えるのも大事よー?せっかく綺麗なんだからねー」


 そう、散髪です。只今髪を切られております。

 桃ノ木さんは喋りながらチャキチャキとハサミを入れていく。特に注文はしていないけど切り揃えてくれる感じらしい。触られてる感じが完全にプロのそれだ。


「それと千里も追い出しちゃったけどいいんですか?」

「いーの。屋敷にいるならお目付け役がいなくて平気でしょ?」


 確かに。ずっといたよね。過ごした時間は宵様より長いくらいだ。

 ちなみに彼は今、布団をひっくり返したり洗濯物を取り込んだりしている。桃ノ木さん、ここまで考えていたのか…。


「そういえば付喪神って髪は伸びるんですか?」

「一応ね。何か食べていると伸びやすくて、食べていなければほとんど伸びないわ。うちの屋敷では食事が出るから時々切ることにしてるわね」


 そしてドライヤーで切った髪を吹き飛ばされる。ドライヤーまで使えるんだよね。そういえば電気ってどこから来てるんだろう。


「切るのは一旦これでね。あとは結ぶのみねー」


 またさらさらと髪を梳かされる。


「平気?引っかかったりして痛くない?」

「大丈夫です」


 髪を結びながら、ポツリポツリと話していく。


「何だかお母さんにでもなった気分ね」

「え?」

「わたしは櫛の付喪神。昔ながらの櫛は母から娘に受け継がれるものだったの」


 確かに街で見た通り、櫛は漆塗りだったり金箔を使っていたりした。装飾のないシンプルな物もあるけど、昔は手作りだったから大変。だからそれでも値が張るから、受け継がれてきたのだろう。


「あなたのお母様はどんな方だったの?」

「母は、私が小さい頃に亡くなっているんです。身体の弱い人だったそうなので」

「…そう」


 こんな話をすれば沈んだ空気になってしまうので、慌てて取り繕う。


「本当に顔も覚えてないくらいだったので、そんなにさみしくはないですよ」


 私の母は物心つく前に亡くなってしまった。

 だからどんな人なのか全くわからない。写真くらいは見たことがあるし、話も聞いたことはあるけどそれだけだ。私にとって母というのはいなくて当たり前の存在だった。

 自分の記憶に母という存在がないから、さほどさみしくないのだ。


「でも、あなたを産んだのはお母様なのよ。記憶に残っていなくても、お母様はきっといたわ」

「…そうですね。よく、母に似てるって言われてるんです」

「そう。時々想ってあげてね。きっとあなたのことが気がかりでしょうから」


 私の記憶の中では、母という存在はとても希薄だ。それでも母はいたのである。

 私はどうやって返事をすればいいかわからなくて、ただ曖昧に頷いた。




「全部しまってきました。はぁー…筆にはハードな労働でしたよ…」

「あなたは付喪神でしょう?働いてなんぼじゃないのかしら?」


 桃ノ木さんの鋭い突っ込み。私も千里がそんな風にボケてるだけまだ疲れてないと思う。あとは付喪神って疲れるとかあるの?


「あ!小夜様お綺麗になられましたね!」

「話をそらさないで。あんたひたすらボケたかっただけでしょ」


 私のことなんかそっちのけか。お目付役ってことだったよね?こんなのがだよ?笑顔でサムズアップするような付喪神だよ?


「いえいえ。本当にお綺麗になられて…。素材はいいと思ってましたから」

「じゃあ今まではどうなのよ」

「もちろんよかったですとも!」


 やや嘘くさいが気が済んだから許そう。そんなに見た目は気にしてない性質たちだから。

 そういえば今の私は完全武装みたいな状態だ。髪は銀のかんざしで結い上げて、メイクもばっちりされている。着物だって濃い緑のものに着替えさせられた。


「すごいなぁ…。こんなに綺麗に結い上げて、化粧もして…流石は桃ノ木」

「わたしにかかれば当然よ。筆はあなたの探してきたものだしね」

「私は書き物の筆ですが、化粧用の筆のことも知っておりますので」


 専門分野は敵わないということか。あるいは適材適所とも言う。付喪神だからこそ道具にはこだわっているそうで、桃ノ木さんはプロのメイクボックスみたいなのを出してきた。


「これなら宵様もくらっと来ること間違いなしですね!」

「ええそうね。わたしもそのつもりで仕上げたから」

「はぁ?!」


 いつも通りサムズアップする千里と、腕を組んで完璧に仕上げた作品を見る芸術家みたいな顔をする桃ノ木さん。


「ああ、そろそろ夕飯の時間ですね。いつもの間で待たれていると思いますから、もう行きましょうか」


 私の心臓がどくりと大きく脈打った。



____________________


 読んでいただきありがとうございます!

 何かリアクションがあるとすげー喜びます。

 評価でも♡でも何でもいいのでお願いします!


 近況ノートに宵様と千里のキャラデザ(作画:作者)が置いてあるのでそちらもよしなに。

(2023/10/27追記)

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