10. 楽しかった


 街歩きは割と楽しかった。近頃あまり歩いていないと思っていたから、楽しかったし疲れた。仕事に行くときにはもちろん歩くけど、それは必要だから歩いているだけ。ぶらぶら歩いてみるのは久しぶりだった。

 与えられたスマホの出番はなかった。街にはデジタルが普及してなくて写真を撮るという文化がないし、宵様がずっと私を気にしていてはぐれることもなかった。


「楽しかったね。街は賑やかだから疲れたかい?」

「そうね。こうしてのんびり街歩きをするのはなかったかも」

「また暇を見つけたら行こうか。今度は裏通りにも行こう。買い物はできなくても、景色がいい場所があるんだよ」

「へぇ」


 私は適当に返す。疲れてるからちょっとそこまでの余裕がない。屋敷までの階段が割と多いから…。歩調を合わせてもらっているのはわかるけど、昔からの運動不足をつくづく実感する。

 頑張って上まで登り切ると、千里が出迎えにきてくれた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ああ、ただいま」


 この台詞を普通のテンションで言って、普通のテンションで返せるという稀有な光景を見た気がする。しかも絵面が美しいままだ。これは動画にでも収めたい。


「小夜様も、おかえりなさいませ」

「ただいま」

「外は寒いからもう中に入ろうか。千里、今日の夕飯は何かな?」

「油揚げと野菜の炒めものです」


 街で食べたものも美味しかったけど、屋敷の料理も絶品だ。疲れて帰ってきても誰かがいて、料理が作られているのはなんて素晴らしいことかと思った。



 そして夕飯を食べ終えたころのことだった。


「何も欲しいとか言われなかったけど、気に入ったらしいから買ってきたよ」


 紙袋に入っていたのは月と桜がモチーフの櫛だった。


「ありがとう、ございます…」


 手に取ってみるとますます高級そうなものだった。それをじっと見ていると宵様はまた言ってくる。


「…気に入らなかった?途中から気乗りしない感じだったけど」


 バレたか、と思いつつも言い返す。


「ただ物を買ってもらうだけでは割に合わないなと。それから『値段は気にしなくていい』って言ってる割に高そう。貰っておいて何なんだって話だけど、それは違うの」


 うまく言えないけど、私は見ているだけで十分だった。好意だっていうのもわかってる。気持ちの押し売りではないし、どちらかと言えば渋っているのは私の方。


「…こちらとしても何かあげたい気持ちがあるんだよ。それはわかっているね」

「もちろんわかってる。でも、何というか…」


 宵様が困ったように見つめてくる。今の状況に丁度いいのは……


「……あ。要は『重い』んだ」


 ああこれだ。この言葉だ。


「まだ会ったばっかりでしょ?嫁とか街の権力者とかその辺は置いておいて、それで高級そうな物を買ってもらうって、いかにも重いでしょ。囲い込むつもりなの?」


 私の我儘だと思う。それでもお互いを見定める期間なら、そのくらいは言わせていただこう。


「高い物を相手に貰わせておくのって、まるで借金のカタよ。純粋な好意だし、そういう関係だってわかってる。確かに素直に貰えない私の心が悪いのかもしれない。でも気が引けるの」


 私はそれだけまくし立ててそのまま部屋を出た。



 ああ、私は何て嫌な人間なんだろう。

 激しい自己嫌悪が襲う。


 そのまま部屋で布団を敷いて突っ伏す。誰か来ても、疲れて寝ているふりをすればいい。

 大体ここはいわゆる異世界だ。日本と価値観が違うし、貨幣価値も違う。もし本当に安くても、私はそれを安いとは思えない。それを貰うのはどうにも気が引ける。

 異世界系の話の主人公はあっさり価値観の違いを受け止めていることが多いけど、実際そうなってみるとそうはいかない。

 敵を倒すとか人を殺めるとかそんな大層なものじゃないけど、生まれてこの方積み上げてきた価値観はどうにもならない部分がある。

 だらだらと布団を被っているとトントンと足音がした。


「小夜さまー?お風呂もいいのですかー?」


 間延びした桃ノ木さんの声。私はそれを無視して寝たふりをする。障子が開いて覗かれたけど、寝ていると勘違いしてどこかへ行った。狸寝入りは得意なのだ。


 疲れているのに眠気は襲ってこず、ぼんやりと考えるだけ。

 私はそうなのだ。期待しておいて現実にがっかりする。現実というのは自分の思う通りではないと知っているのに。それで落胆して、嫌な気持ちのままずっといる。人にうまく馴染めないのも、そういう気質があるからなんだろう。

 明日、なんて言って謝ろうかな。




「「すみませんでした」」


 翌朝、食卓で顔を合わせるとお互い同時に謝った。


「いやいやいや、宵様は悪くないんです。宵様の好意を私が勝手に受け取り拒否しただけなので。完全に私のせいです」

「そんなことはない。こちらに来たばかりで金銭感覚にも慣れていないのに押し付けるような真似をして。浮世と比べてしまうだろうに、その点も考えていなかった私が悪い」


 そう言ってなおも顔を上げる気配がない。


「この世界にいる以上覚悟しておくべきでした。期待してた私が勝手に幻滅しただけなんです。ただの我儘なんです。身の程を知らずに借金のカタとか言ってすみません」

「大体の貨幣価値を教えておかなかった私が悪い。こちらにいる以上、知らないといけないことはまだまだたくさんあるのに」


 でも、と続けようとしたけど、間でニコニコとこのやり取りを見ていた千里の「もうよろしいですか?」という台詞に遮られた。


「お互い悪いところがあった、それでよろしいのではないですか。物事は白黒はっきり分けられないのですよ。宵様はもう少し考えておけばよかったし、小夜様はもらえるものはもらっておけば良かったんです」


 痛み分けってことでどうでしょうか、と千里は締めた。


「…まあ、小夜が許してくれるなら」

「…宵様こそ許してくれるなら」

「はぁー…やれやれ、似た者同士ですね。妙にご自分を卑下するところとか」


 似た者同士とか言ってきたので、私は何だか頬が熱くなった。



____________________


 読んでいただきありがとうございます!

 何かリアクションがあるとすげー喜びます。

 評価でも♡でも何でもお願いします!


 近況ノートに宵様と千里のキャラデザ(作画:作者)が置いてあるのでそちらもよしなに。

(2023/10/27追記)

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