7. 死神邸の庭
「宵様は庭にこだわられているのですよ」
「へぇ。確かに綺麗な庭ね」
昨日も屋内から見たけど、日本庭園のようでとても美しい。毎日庭担当の付喪神たちが手入れしているのだと、千里が教えてくれた。
この屋敷が建っている場所は、小高い丘の上という感じだ。そこから下の街を一望できる。街がきれいに見える丁度いいところを選んだんだろう。もしくは、そうやって空間自体をいじったのかもしれない。
「完全に綺麗にしてるんじゃなくて、ちょこちょこ落ち葉が残っているのね」
「ええ。人工的に整えるのもいいですが、ある程度は自然の情緒を感じられるようにしていると言われました」
「…ここの自然は本物なの?」
「結界自体が宵様に作られたものですから、作り物ともそうでないとも言えます。実際、我々付喪神だって人に作られたものですし、あまり違和感はありませんよね」
確かに。近くに落ちていた紅葉を一枚拾ってみると、色づき加減や手触りや重さも本物のようだった。それを落とせばひらりと回転して落ちてゆく。
この世界は作り物の箱庭のようだ。それでもこんなに生き生きしている。
「さぁさ、うちの庭は広いのです。一周したらお昼にしましょう」
慣れない着物と下駄で歩いて回るのにも時間がかかってしまうだろうと思い、私はそそくさと千里についていった。
庭は本当に広かった。枯山水もあったし、小さな川と池もあった。それから上り下りや景色のいい東屋もあり、まるでちょっとした自然公園のようだった。
「全部整えてあるだなんて、すごいのね」
「そんなことはないそうですよ。ある程度自然に任せている部分があります。毎日見回りや掃除はしているそうですが」
完璧に整えない方がむしろ美しいのかもしれない。手を加えるのも美しさを生み出す手だけど、自然そのものの美しさもまたいい。この屋敷の主の死神は、そんなことに気づいているのか。
お昼は豚の生姜焼き定食。私はハーフサイズにしてもらったけど、とてもおいしかった。浮世で過ごしていた頃の出来合いの総菜や冷凍食品が中心の食事を思い出すと、温かい食事が食べられるのはすごく幸せだと思う。
「午後はどうされますか?案内も大体終わりましたし、話し相手にでもなりましょうか?」
「ちょっと疲れたからいいかな。なんか眠くなってきたかも」
「ではお昼寝になさいますか」
「そうする」
身体がこの世界に慣れていない影響もあるのかもしれない。昼寝だというのにわざわざ布団を出して横になると、あっという間に眠りに落ちていった。
◇ ◇ ◇
本館とは渡り廊下で繋がった屋敷の離れ。死神・宵の仕事場である。外観は和風だが、中は大分改装されていて、宵の仕事部屋はデスクトップパソコンとモニターが数台並んだ現代的なものとなっていた。
「で、小夜は今眠っているのか?」
「はい。しばらく起きないと思われます」
社長室にでもありそうな革張りの高級そうな椅子に座る宵と、その手前に立つ千里。
「小夜はやはり、苦労していたのだな。生きていても、生きづらい世の中で」
「そうですね。あの話しぶりは社会というものに期待や未来なんてないと言っているようでした」
それから千里は視線を宵に向ける。
「だからこそ宵様が救いたいと思われるのは、わからなくないですね。毎日限界まで働いて、自分の心をすり減らして…。でも小夜様は、自分だけ救われるのは不平等だと言っていました」
「全員を救うことなどできない。だが、小夜だけでも救いたいと思うのは悪いかい?」
「…難しいですね。誰かを救えば不平等になり、誰も救わないのは心が痛みます」
「そうだろう。私は何もしないよりかは救った方が良いと思っているから、こうしているのだよ」
まるで禅問答のような問いに笑顔で答える宵。
「さぁ、もう戻りなさい。小夜の目が覚めた時に誰もいないと不安になるだろう」
「はい。失礼いたします」
そして宵は、自分以外誰もいなくなった部屋で自分がこちらに連れてきた、線の細い黒髪の少女のことを思い浮かべた。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、机のそばで本を読む千里がいた。
「お目覚めですか?」
「よく寝たけど…どのくらい寝てた?」
「一時間ほどです」
この世界でも時間単位は同じなのかと感心していると、他のことにも気づいた。
「それ、文庫本?」
「はい。昨日ご案内しました、書庫から借りてきたものなのです」
確かに書庫も案内された。ちらっと覗いたけど、本がたくさんあった。図書室というよりはとりあえず本を集めたような、雑然とした感じだった。
「和綴じの本とかじゃなくて、そういうのも現代的なんだね」
「電子レンジなどもありますから、当然文庫本だってありますよ。そうだ、明日は書庫探検に行きましょうか」
「本は借りてもいいの?」
「ええ。借りているのは私くらいですが。屋敷の共有財産ですから大丈夫ですよ。では明日の予定は決定ですね。書庫にはたくさん本があるのですよ」
千里が目を細めて鷹揚に頷いた。本が好きなので明日がちょっと楽しみになった。
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