4. 屋敷ツアー
遅めの朝食を食べて、千里に屋敷の中を案内してもらうことになった。
「そういえば、千里ってこの屋敷では偉い付喪神なの?」
「ええ。一応そうですね。宵様の右腕といえばいいのでしょうか」
うわぁ。そんなのが私に付いているとは。
「他にもいるんでしょ?さっきの旬とか」
「ええ。衣服担当、掃除担当、庭担当など色々おりますよ。案内のついでに会いに行ってみましょう」
他の付喪神とも仲良く出来ると良いな。
「まず、小夜様は初見の場所でもあんまりないお人ですか?なにせうちは広いので」
「そうかも。基準になる場所が分かれば案外平気」
「なるほど。ではわかりやすく玄関からご案内しましょう」
さぁ、屋敷ツアーの開始です。
◇ ◇ ◇
早速玄関に来た。
「広っ…流石はお屋敷」
「こちらは本館ですから。本館は生活の場で、別館は宵様の仕事の場となっているのですよ」
玄関はちょっとした旅館みたいな感じだった。私がいた部屋も旅館の客室みたいだったから、統一感を感じる。
「お出かけですか?」
「ああ。ちょうどいいところに。こちらはうちに嫁がれることになった小夜様だ」
千里がさらりと紹介していく相手は、ひょろりと背の高い十五歳くらいの少年だった。
「おぉ!これはこれは。お初にお目にかかります、僕は屋敷の掃除担当の穂高と申します。箒の付喪神ですので、いつもピカピカにさせていただいてます」
箒の付喪神。なるほどそれは掃除担当になるわけだ。
「穂高は四六時中掃除をしておりますので、何か用があれば伝言役にでも」
「はい!たまには掃除以外のこともいいですから!」
いいのか…あとその言い方だと本当にずっと掃除してることになるよ…?
「本人がいいって言ってるので、大丈夫ですよ。箒は掃除してこその箒ですから」
千里が私の心の中の疑問に答えた。本人がいいならもういいです。
◇ ◇ ◇
それから平屋建ての屋敷の茶の間やら他の部屋やらを案内してもらった。歩いていくたびに脳内地図ができていく。構造は案外簡単らしい。
「で、それでここが私の部屋なんだ。戻ってきたね」
「はい。実はこの屋敷自体も一種の結界となっておりますので、部屋の増減も可能なのですよ。こちらは小夜様のために用意されたものですね」
「え!」
部屋を空けるのはわかるけど、わざわざ部屋を作ってしまったとは。
「調度品なども宵様が選ばれたのです。小夜様のために」
確かに、床の間には竜胆の花が飾られていて、全体的に華やかすぎず、地味すぎずの私好みの部屋。しかもかなりいい景色の場所。これは適当に選ばれたわけじゃない。
「…後で、お礼を言わなくちゃ」
「律儀な方ですね」
「当たり前でしょ。こんな部屋を丸々用意してもらったんだから」
結界というのがどれくらいかかるか分からないが、物を選ぶのには確実に時間がかかるだろう。これで「嫁」という言葉に信憑性を感じた。あの死神はどうやら本気で私を嫁にしたいらしい。
「それで、あちらに見えるのが離れでございます。あちらは仕事関係の方の出入りもありますので、勝手に入らないように、とのことです」
「情報漏洩対策だね」
ここでも出ました社畜の癖。ブラックな会社は情報漏洩でもしてさっさと潰れてしまえ。
「小夜様のお年は確か十九でしたよね?それなのに働いていたのですか?」
千里はいかにも不思議だというように聞いてくる。
「まあそうだね。そう思うよね。色々あって高校を出たら働くしかなかったんだよ」
私は、人に馴染めない人間だった。
昔から身体が弱くて、しょっちゅう入退院を繰り返していた。だから友達ができたとしても、すぐに疎遠になってしまった。
それからやっと丈夫になってきたと思われた高校時代。
私はそこで現実を思い知った。
入退院を繰り返していたから、今までちゃんとした勉強をしたことがない。それに、学生といえど集団や社会の常識も知らない。
勉強はやればできたけど、集団に属するのはできなかった。
いじめとかではなかったと思う。仲間やグループに分かれる周りがいて、私はどこにも所属できないぼっち状態。話しかければ返してくれるけど、最低限の内容だったし、その人には仲間がいるし、結局は一人でいるしかなかった。
学校に行けば友達ができるだなんて、そんな簡単なことはなかった。
そして社会というものは思っていた以上に残酷だった。
高校を卒業して、今までの私にかかった費用を考えれば大学に行きたいなんて言えないし、実際そんな余裕もなかった。
アルバイトも身体の弱さがあっていい仕事がないし、何かの集団の中に入ることはできないと知っている。
だから親戚の伝手で就職をした。色々な人が集まっていて集団の中に入るわけじゃないからと。さっきも散々言ったけど、そこは家族経営で上下関係の歪んだ、ブラックな企業だった。
そんなことを思い出してちょっとブルーになる。
だからトラックに撥ねられた時にはいっそ死んでも構わないと思ったし、ここに来てもどこか夢見心地なままでいる。
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