3. この世界も悪くな……い…?
「お目覚めですか小夜様」
「んー…めっちゃ寝たー…」
どうやら魂だけ結界内に移動するというのは大変なことで、私はすぐに寝てしまい、次に目が覚めたのは次の日の昼だった。
まあ、ブラック企業にいたこともあって、思いっきり寝られるって最高だよ。これで仕事行かなくていいんだ…。嫁入りしなくてもあんな会社は辞めてやろうと心に誓った。
「もう朝食のお時間は過ぎてますが…何かいただかれますか?」
「食べられるの?」
「はい」
千里はニコニコと絵に描いたような笑みを浮かべる。
「あとちょっと待って。服は…あんたが着替えさせた訳じゃないよね?」
「もちろんです。他の付喪神が担当させていただきました」
まあそうだよね。随分と丁寧に着付けてあるんだから。今の服装は旅館みたいな浴衣姿に羽織を着たところだ。手触りがいいので、多分上等なものなんだと思う。
それから昨日色々質問した時に聞いたところ、付喪神に性別はないそうだ。ただし、物の用途や使った人によって男性寄りか女性寄りかに変化するんだそう。
「この屋敷には宵様と気に入られた付喪神しかいないので、そのままの服装で大丈夫ですよ。さぁさ、行きましょう小夜様」
千里に促されるまま障子を開けて縁側に出ると、
「わぁ…!」
目の前に広がるのは垣根に囲まれた苔と落ち葉のコントラストが美しい庭。それから奥に見える外の景色は秋らしく色づく木々と、京都のような和風の街並みだった。
「これがこの世界の全貌ですよ。結界内はさほど広くないのですが、ここも住みよいところです」
「下には他の付喪神が暮らしてるの?」
「はい。いずれ街にも行ってみましょう。食べ物の店なんかもあります。付喪神は人が好きなものが多いので、危険は少ないと思いますよ」
変な世界に来てしまったというのに、心が弾んだ。
◇ ◇ ◇
「こちらが食堂ですね。宵様はお部屋でお食事されることもありますが、朝は大抵こちらでいただかれます」
食堂といってもお店のようなものではなく、畳張りの部屋に長机が置かれているくらいだった。奥のすりガラスの引き戸の向こうには台所があるんだろう。
「死神はものを食べるの?」
「あー…食べなくても平気ではないのでしょうか。我々付喪神も食べなくても平気ですから」
「付喪神って実体は物だもんね」
「さようでございます」
神様にはお供え物をするけど、本当に神様は食べていないんだろう。大事なのは気持ちなんだろうな。
その時、すりガラスが嵌まった引き戸が開いてまた別の誰かが姿を見せた。
「何だい?人が来るって聞いたけど…まさか本当だとは」
「本当ですが何か。私は人間ですが?」
とりあえず事実だから言い返しました。
「旬。この方は宵様の婚約者様だぞ?」
千里はどうやらこの家の付喪神の中では偉い方らしい。後でどんなポジションなのか聞いてみよう。
「おっと失礼。俺はここの料理を作っている鍋の付喪神の旬と申す。以後よろしく」
「人間の秋月小夜です。よろしくお願いします」
鍋の付喪神だから調理担当なのか。納得。さっき街に食べ物屋があるって聞いたのも、調理器具の付喪神がいるってことなんだろう。
ちなみに見た目はちょっとがっしりしたお兄さんって感じ。髪の色はいつか見た黄鉄鉱みたいだった。
「で、ここに来たのは朝飯か?昼には早いし朝には遅いが」
「はい。何か味噌汁一杯でもいただければ」
「そんなのでいいんですか?小夜様?」
「時間が掛かるがもう少しまともなものも用意するぞ?」
驚いたように見返す千里と旬。それに対し私はゆるゆると首を振った。
「いいの。私、あんまり食べられないから」
私は少食だと思う。元々あんまり食べられない質だから。別に好き嫌いとかアレルギーではなく、胃の容量の問題だと思う。
それからすぐに味噌汁が出てきた。
「味噌汁は必ず用意されているんですよ」
「へぇ。当然用意してって話になるおいしさね」
シンプルな、豆腐と玉ねぎと油揚げの味噌汁。シンプルだからこそ、その美味しさが引き立つ。旬は腕のいい料理人らしい。付喪神だけど。
「旬は鍋を使った料理が得意なんですよ。冬は鍋も絶品です」
そしてなんやかんやで千里も一緒にいただいている。別に食べる必要はないんだけど、美味しさはちゃんと知っているみたい。
「料理担当は旬だけなの?あと鍋だけで料理してるの?」
「料理は旬に任せきりですね。あと鍋だけで料理はできませんよ、小夜様」
そんなに世間知らずな小娘じゃないわ。
「他の調理器具もしっかり使っていますとも。包丁とかフライパンとか。それから冷蔵庫に電子レンジもありますよ。電子ケトルとかも便利ですよね」
「急に俗っぽいわ!」
昨日も思ったけど、千里は見た目に対して中身が少々おかしい部分があるようだ。
「電気がないけど…まさかそれも付喪神?」
「似たようなものです。思念の集合体ともいいますか。浮世のものはこちらにも伝わっているのですよ。住みよい世界ですね」
案外、この世界も悪くないみたいだ。
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