メイドさんと幽霊さん

牧田紗矢乃

メイドさんと幽霊さん

「ねぇ、ちほたん!」


 授業終了のチャイムが鳴るか鳴らないかという時に、威勢のいい声が飛び込んできた。

 開いていた教室のドアから、顔だけをのぞかせる少女が見える。

 佳乃よしのは、何かいいことを思いついた時特有の笑みを浮かべていた。


「えー、それじゃあ、川端かわばたも来たことだしこれで終わりにしよう」


 まだ少し喋りたそうだった先生が教科書を閉じると、どっと笑い声が広がった。

 佳乃は舌をぺろりと出して小さく肩をすくめる。

 その動作がさらにクラスメイトの笑いを誘い、私だけが恥ずかしさにうつむいた。


「お前らホントにラブラブだよな」


 クラスの誰かが、嘲笑気味に言った。


「だよだよ~」


 先生と入れ違いに教室へ入ってきた佳乃が得意げに返す。

 佳乃は私の席へ来ると、迷うことなく抱き付いてきた。


「こんな事だってできちゃうのです」


 屈託のない幼子のような振る舞いに、私は思わず硬直してしまった。


「よ、佳乃っ!」

「ん? もっと?」

「違うっ!」


 自分でも耳まで赤くなっているのがわかる。


「ちほたんったら照れちゃって。可愛いなぁ、もう」


 甘ったるい声で囁く佳乃を振りほどくと、私は教室を飛び出した。

 休み時間終了まであと五分ある。


「フラれてやんの」


 男子が佳乃をからかう声が聞こえた。

 けれど、佳乃はそんなからかいをものともせずに私を追いかけてくるだろう。


 ――佳乃は、強いから。


 案の定、佳乃は私が女子トイレに入ってすぐに追いついてきた。


「ちほたんったら照れすぎだよ」


 佳乃は苦笑交じりに言う。

 気にしない佳乃の方が変だと思うんだけどなぁ……。


「ちほたんのクラスってさ、文化祭何やるか決まった?」

「メイドカフェになる、かも……」

「まじで!?」


 佳乃の瞳が輝いた。

 私は嫌だけど佳乃が聞いたら喜ぶだろうなという予想の通り。


 やる気満々なのはむしろ男子の方なんだけどね。

 どうして男子って文化祭になると女装をしたがるんだろう?


「佳乃のクラスは?」

「うちはお化け屋敷。特殊メイクばりのやつをやってやるんだ~!」

「佳乃、お化粧上手だもんね」


 私と違って佳乃は可愛いから、化粧をしていても楽しいんだろうな。


「でもさ、もったいないね。お化け屋敷じゃ佳乃の可愛い顔が暗くて見えないじゃん」

「えっ!? どうした!? ちほたんデレ期??」


 いや、ちょっと落ち着いて。

 そんなに抱きつかないで。

 佳乃ってば、今日もいい匂いなんだから……。


「絶っっっっっ対にちほたんがいる時に行くから! 当番の時間教えてね!!」


 授業の始まりを知らせるチャイムに急かされながら、佳乃は何度もそう繰り返していた。

 あの子のことだから自分のシフトと被っても無理やり予定を変更して来てくれるんだろうな。




 それからしばらくの準備期間を経て、ついにやってきた文化祭当日。


「来たよ~!」


 佳乃はなんとお化け屋敷の宣伝係という名の自由の身を手に入れていた。

 前夜祭の花火大会のために用意していた浴衣を着て、綺麗な顔が隠れてしまわない程度に血のり風のメイクをしている。


 本来なら校内をぐるぐると歩き回って宣伝をする役割のはずなのに、佳乃は私が担当する席でドリンクを飲みながらニコニコしている。

 そして、たまーに「二年B組、お化け屋敷やってま~す!」とメイドカフェに来ているお客さんたちに笑顔を振りまいていた。


「いやぁ、特等席だわぁ」


 メイド姿の私を眺めながら幸せそうにミルクティーを飲む佳乃。

 そんなに見られると恥ずかしいんだけど……。

 佳乃専用のメイドになってる間、色んな人相手に「ご主人様♡」とか言わないで済んでるだけマシなのかな?


倉持くらもちさん、交代の時間」


 つんつんと肩をつつきに来たのは同じクラスの男子だった。

 佳乃の相手をしている間に当番の時間が終わってしまったようだ。


「え? じゃあさ、このままちほたんお持ち帰りしていい?」

「お? デートか?」

「もち!」


 男子のからかいをものともせず、幽霊メイクの佳乃は私の手を引いて立ち上がる。


「じゃぁね~! ごちそうさまぁ」


 佳乃に手を引かれるまま、私たちは校内の色んなクラスの展示を見て回った。

 佳乃の可愛いらしさは幽霊メイクをしていても目を引くようで、道中でたくさんの人から声を掛けられた。

 それに対して嫌な顔をすることもなく、佳乃はにこっと笑って「二年B組、お化け屋敷やってま~す!」とだけ返事をする。


「二年A組、メイドカフェ。二年B組、お化け屋敷やってま~す!」


 最終的にうちのクラスのぶんまで宣伝をし始めた佳乃と共に文化祭を満喫した私は、後日になって驚きの事実を知ることとなる。

 数々の趣向を凝らした出し物をしていたクラスを抑え、文化祭の入場者ランキングで一位を佳乃のいる二年B組、二位は私たち二年A組が勝ち取ってしまったのだ。


「川端のせいで死ぬほど忙しかったんだからな! 責任取れよ!」

「んー、わかった。責任取ってちほたんと結婚するわ!」


 え? ちょっとそれは違くない??

 なんの責任??


 混乱する私をよそに、なぜか佳乃は満足げだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メイドさんと幽霊さん 牧田紗矢乃 @makita_sayano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ