CPUに友情を感じてどうすんだ?

 第5ターンは拓也が守備側である。仮に5分間戦わずに拠点を守り切れば彼の勝利となる。

 だが、そんな甘い考えは彼の頭にははなから存在していなかった。

 これは勝って当たり前の勝負。だからこそ完膚かんぷなきまで叩きのめして、相手の精神にダメージを加える。そして、二度と自分に関わろうとする気を失わせること。

 それが彼の考える勝利への絶対条件だった。


「いっそのこと俺は一切戦闘に参加せずに、CPUに奴らを撃たせるべきか?」

 ふとそんな考えが脳裏をよぎる。


「くっくっくっ……あいつら、俺ではなくCPUにやられたと分かったら、めちゃくちゃ悔しがるだろうなあー」


 ニヤリと笑って独りごちる。

 しかし、その笑顔は続かなかった。


「それじゃ、面白くねーよな…」


 そう独りごちてからハッとして顔を上げる。

 いつの間にかこの対戦に面白さを感じていたことに、彼自身もようやく気づいた。



 第5ターン開始の30秒後には、Bloodyブラッディこと如月きさらぎ拓也が操作する双眼ゴーグルの男と、コンピュータによって自動で動いている軍服の男は、ともに拠点にて潜伏行動をとっていた。

 学校の理科室ほどの広さの部屋には、薬品の瓶が入った棚が壁一面にあり、大きなテーブルの上には割れたビーカーや紙の資料が散らかり、大型の機械が真ん中に置かれている。

 拠点は守備側からすると身を隠す場所には困らない環境が作られている。

 それに対して、敵側の進入口は北側の半開きになっているドアと、東側のドアのない通路の二つ。

 その北側をCPUが、東側を拓也がそれぞれ狙いをつけてアサルトライフルを構えている。

 

 おそらく〝イセキ〟が一人で特攻してくるだろうと拓也は予想している。

 〝イセキ〟はこのゲームに相当自信があるはずだ。

 PCでのゲームをやったことがないというのはおそらく嘘だろう。

 

「そうでなければ……CPUをエキスパートクラスに設定したアイツはただのバカだ……」




 2分経過――




「来ねーのかよ!?」

 

 拓也のイライラはすでに極限状態にまで達していた。


「まさか撃ち合いでは勝ち目が無いと思って、時間切れを狙っているのか? アイツ本当にバカなのか!? 時間切れなら守備側の俺が勝ちだろーが?」


 通話コマンドをクリックすると、思いっきり息を吸い込み、マイクを口元に引き寄せて叫ぶ。


「おめーら怖じ気づいたのか? このままだと戦わずして俺の勝ちになるんだけど? ……おいおい、まさかそっちの女、俺を満足させるための悩殺ポーズの練習でもしてんのか?」  

 

 渾身のあおり文句。

 だが、無反応。

 相手のチャット通話回線はONになったままなので、こちらの声は届いているはずなのに……


「ま、まさかあいつらゲーム中にスピーカーを切ってんじゃねーだろーな? 音の重要さを解ってねーのか? 二人そろって本当にただの初心者だってーのか!?」



 3分経過。残り2分――

 イライラした感情は失望感と混ざり合い、怒りへと変わっていく。


「二人まとめて瞬殺してやるぜー!」


 東側の出口から勢いよく飛び出した。

 本来は敵が潜んでいそうな場所を索敵しながら進んでいくものだが、たとえ敵が潜伏していようとも一向に構わなかった。

 回避行動とエイムを同時にするテクニックは身についている。


 一方、その彼の動きに反応し、CPUは北側の通路へと入っていた。

 チーム戦においては音声チャットで仲間との意思疎通を行うものだが、相手はコンピュータである。チャットの代わりに『○地点へ向かう』や『待機』などのコマンドを選択することが必要なのだが……

 

「さすがはエキスパートクラスのCPUじゃねーか。何の指示も出さずともちゃんと俺の意図を読んでくれるのか?」


 こんな体験はゲームに精通しているはずの拓哉にとっても初めてのことだった。そもそも彼はCPUをプレイヤーの人数合わせのための人形のような物だと考えていた。しかし、こうして見ると、なかなかに使えるものだった。

 こちらの意図をくんで動いてくれる存在。数多のプレイヤーとチームを組んできた彼でも、なかなか出会える確率は低い。


 ふと、ゲーム専用機でしか出会えない『Dark_Soul_Masterダークソールマスター』のことが脳裏によぎったが、すぐに首を振って現実に意識を戻した。


 レーダーマップに表示されているCPUの位置表示は、拓也と同等の速度で動いている。

 そしてとうとう、敵のリスポーン地点の前でCPUと鉢合わせとなった。


「おいおい、マジかよ? あいつら一歩も部屋から出ずに引きこもっているのかよ……」


 嘆息混じりに独りごちる。


 4分経過。残り1分―― 

  

 拓哉がドアの前に立ち尽くしていると、隣に立つ軍服の男もそれに合わせて動きを止めている。

 すべてのパラメーターがMAXに設定された軍服の男も、攻撃側であるはずの敵がスタート地点から出てこないこの状況に対して、困惑の色を見せている――ように拓哉の目には見えていた。


「プッ」

 思わず吹き出した。


「いいさ。あんたは手を出さなくて良い。これは人間側の問題だ。こんなつまんねー対戦はすぐに終わりにしてやんよ……ごくろーさん」


 CPUに『拠点へ戻る』を指示し、その後ろ姿を見送った。


 

 

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