手のひらで転がされる気持ちが分かるのか?

 大牙のPCモニターに『ブートキャンプ・OSG』に関する資料のウインドウが次々と表示されていく。ブラウザの設定により画像は表示されないようになっているため、秒単位でページが積み重なっていく。

 それらの情報を取捨選択し、必要なデータのみを画面下にしまいこむ作業をすべてキー操作で行っている。

 

 ふと横からの視線を感じた大牙は、作業の手を止めることなく口を開いた。


「安心しろ。これはWeb上に散らばっている情報を集約しているだけだから、不正行為はいっさいしていない」

「いえ、わたくしはそれを心配しているわけではなくて……伊勢木はコンピュータにいっさい触らないと言っておきながら、目にも留まらぬスピードでキーボードを触りまくっていらっしゃるようですから心配になりまして……」


 ギクリとなって手を止め、彼女の顔を見やると、心配という言葉とは裏腹に口元に微かな笑みを浮かべている。

 浅く嘆息してからモニターに視線を戻す。

 

「確かに俺はPCをいっさい触らないと言ったが、それはプライベートなことに限っての話だ。そもそも授業で使わねばならない場面もあるのだから、全く触らないわけにはいかないだろう?」

「それを聞いて安心しました。でも……これは授業ではありませんわよ?」

「ぐっ、お前なぁー……」


 大牙は恨めしそうな目を向ける。


「でも……まあ、部活動もれっきとした学校の教育活動の一環ですわ。授業の延長と考えても差し支えないかと。ただし、わたくしたちが今ここで活動しているこれが部活動であり、伊勢木が部員であるとするならば……ですが?」

「ぐっ」


 思わずつばを気管に詰まらせ咳き込んだ。


「あら、気にさわったのでしたらごめんなさい」

「障りまくりだっつーの! ゲホッ……」


 まんまと彼女の手のひらの上に乗せられ、転がせられていることに気づき、大牙は苦笑する。

 丸山と志乃原を人質にとられ、更には彼女の弱い姿を見せつけられたことによって同情し、つい手を差し伸べようとしたことにより、大牙は完全に外堀を埋められてしまっていた。

  肩をすくめ降参のポーズをとりながら、真顔で問いかける。

 

「だが俺は初心者狩りをするような奴を仲間とは認めないし、あいつ自身もこの部に入るつもりなんてさらさら無いって言っているんだ。お前はどうなんだ? 今でも本当にあいつを仲間にしたいと思っているのか?」

「わたくしは……」


 彼女は目をつぶり、ドリル状にカールした髪の先をくしくしと触りながら考え込む。

 そして、ゆっくりと目を開いて大牙を見る。


「わたくしは伊勢木大牙も如月拓哉もどちらも欲しい……」


 その答えが意外だっのたか、大牙はしばらく無言になった。

 やがて諦めたように肩をすくめて、


「ふっ、そうかよ」


 小さくつぶやき、彼女の目を見据えた。


「1勝だけだ」

「えっ?」

「俺が東雲にしてやれるのはそこまでだ。どんなにあがいても、現状では如月の不意をついて勝てるとしたら1試合だけだ。その1勝の重みを理解して、あとはお前が勝利へのルートを切り開け!」


 それは大牙にとって半ばやけくそ気味な提案だった。

 その一方で部活動には絶対に入る気がなかった自分たち三人の勧誘を一気に成功させた彼女の手腕をもってすれば、本当にできるかもしれないとも思っていた。


 どちらに転ぶにしても大した差はない。

 帰宅部になれなかった損失に比べれば、如月がeスポ部に入ろうが入るまいが大した差違は感じられない。


「1勝ですか? ……ええ、それで充分ですわ。わたくしがその1を何倍にも増やしてみせますわ!」


 自信に満ちた彼女の返答に思わず目を見張った。

 深く息を吐いて、キーボードに手を乗せる。


「今から10分間の猶予をつくってくれ。その間は何もアドバイスはできないが、その間に俺が勝ち筋を見つけ出してやる!」


 そう告げた彼の横顔を目ているうちに、沙羅はほのかに頬が熱くなるのを感じた。


「オッケーですわ、相棒!」

「いや、だからその言い方はハズいから止めてくれ」

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