ヘッドショットは決まらない?

「東雲大丈夫か?」

「……はい? どうかしましたか?」

 すこし間を開けて沙羅は答えた。


「あともう少しで爆弾を解除できたかもしれませんのに、惜しいところでやられてしまいましたわ」

「お、おう。……そうだな。惜しかったな」


 まるで初心者狩りのような屈辱的な行為を受けたというのに、沙羅自身はそれを気にしていないようだった。

 しかし、沙羅はアゴに手を当てて、しばらく考え込むような仕草をとる。


「ですが……自分の分身が画面の中で力尽き倒れていくのを見るのは、あまり気持ちの良いのではないですわね。伊勢木はわたくしを気遣ってくれたのですね。感謝致しますわ」


 屈託のない笑顔を向けられて、大牙は思わず目を逸らし、それから鼻を鳴らした。


 ターン3 Saraサラの攻撃――


 女兵士はすぐにサブマシンガンを装備し、起爆装置のアタッシュケースを取り、通路を右へ直進する。

 始めの頃と比べて沙羅のキーボードとマウスの操作はかなりスムーズになっていた。


 廃墟となった実験棟の通路を女兵士がダッシュで走り抜ける。

 敵がどこに待ち伏せしているか分からない状態で、無謀ともいえる行動ではあるが、どのみち超初心者である彼女には索敵しながらの行動などできるはずがない。その代わりに大牙が彼女の目となりモニターを監視している。


 女兵士が隙間が空いたドアの前を通り過ぎようとした瞬間、パシッと音がして画面の四隅が赤くなった。


「撃たれた! 敵は通り過ぎたドアの中! 右の壁に寄って反転してドアに向けて撃て!」


 女兵士は右の壁に寄り向きを反転し、サブマシンガンを連射した。

 薬莢やっきょうが放物線を描いて宙を舞い、次々に足元に散乱していく。


「止めろ!」


 大牙の声に数秒遅れて沙羅はマウスから指先を離す。

 反響音はしばらく続き、薬莢が床に落ちる音が最後に残った。

 女兵士の荒い息づかいがモニター内蔵の小さなスピーカーから絶え間なく聞こえている。


「如月のヤツ、こっちがズブの素人とみて油断したか? いくら上位ランカーでも全速力で通過する相手をドアの隙間から狙ってヘッドショットを決めるなんてそう簡単にできるもんじゃないからな」


 通常シューティング系のゲームではショットガンによる至近距離からの射撃を除いては、頭を撃たれないかぎり一発の弾丸で倒されることはない。


「こっちは軽傷を負ったが、ヤツの居場所を特定できたんだ。形勢が逆転したな」


 実際、女兵士の傷は致命傷とはならず、動く分には支障はないようだった。


「エイムをドアに合わせたまま後ろ向きに移動し、角を曲がって相手の射線を切ったら反転し、ダッシュで爆破ポイントまで向かうぞ!」


「オッケーですわ、相棒!」

「もうすぐ曲がり角に着くぞ。3、2、1、ゴー!」

 

 大牙の指示は実にシンプルかつ的確だった。 

 女兵士は向きを変え、その先の角へ向かって走り出す。

 しかしその直後に想定外の事態が発生した。

 曲がり角の直前で、女兵士の背後から射撃され、また被弾したのである。

 すぐに向きを反転させマシンガンを構えるも、既にそこには敵の姿はない。

 女兵士の苦しそうな息づかいが更に激しくなり、赤く染まる範囲が広がった画面は上下に揺れている。


「くそっ、なぜあのタイミングで追いつかれた? ヤツが潜んでいた部屋から曲がり角までの距離と、曲がり角からここまでの距離から考えると、あのタイミングで追い付かれるわけがないのに……まさか如月の野郎はチートを使ってんのか!?」


 大牙は苛立っていた。相手の油断を突いたつもりが、罠にはめられたような気分である。


「ねえ伊勢木。制限時間まであと何秒ですの?」

「え? 残り128秒だけど……ほら、ここにタイマーが表示されているだろ? ああ、そうか……東雲はまだキャラの動かし方の練習しかやっていないもんな。短時間の練習ではさすがにゲームシステムのことまでは手がまわら……」


 そう言いかけて、大牙はハッと目を見開いた。


「東雲、隣に座っていいか?」

「あら、気が利かなくてごめんなさいね。ずっと立ちっぱなしでお疲れになったわよね……」


 大牙は沙羅の返答を聞き終わる前にイスにドカッと腰をかけた。そしてPCの電源を投入し、キーボードを引き寄せ、指をポキポキ鳴らした。

 

「伊勢木? あなたコンピュータを?」


 沙羅は思わず正面のモニターから目を離し、キーボードを打ち始めた大牙の横顔を見つめていた。


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