ダークソールマスター現る?

 2階の自室に閉じこもっている拓也には、母親と女生徒がリビングで何を話しているかまでは分からない。

 しばらくすると、階段を上ってくる足音が聞こえてきたので、拓也はドアから耳を離して後ずさる。

 すぐにドアをノックする音がした。


『タクちゃん、起きている? 今、東雲しののめさんっていう子がタクちゃんに会いたいって来てくれたのだけれど……。ちょっと不思議な雰囲気のお嬢様なんだけどね、とても気さくで話しやすい子なの。きっとタクちゃんの相談相手になってくれると思うの。だから鍵を開けてちょうだい』


「う、うっせー! 開けねーよバーカ!」

『ま、またそんな汚い言葉遣いを……ママ悲しいわ』

「あーっ、うっせーうっせーうっせーうっせー……」


 拓也は『うっせー』を連呼しながらベッドに潜り込み、両手で耳を塞いた。


 5分ほど経って、そっと布団から顔を出しドアを見やると、ドアの向こうに母親の気配は無かった。

 慎重に歩み寄りドアに耳を押し当てるも、階下から話し声は聞こえない。


「帰ったか……」


 拓也は安堵のため息を吐き、壁の時計に目を向けた。

 時刻は6時を少し回っている。


 机の前に座ると、ゲーム用コントローラーのスイッチを入れ、右側のPCモニターをゲーム機に切り替える。


 暗転したモニターに『カラバト!』のタイトル文字が浮かび上がり、軽快な音楽がモニターの背後に置かれたPCスピーカーから流れ始めた。


 『カラバト』はゲーム専用機でしかプレイできないが、低年齢層からガチ勢まで共通のステージで遊ぶことができる人気のオンラインゲームだ。

 eスポーツの種目にはなっていないものの、プロゲーマーを目指す拓也にとって無視はできない存在である。


「お、やっぱダークソールいるじゃん」

 

 ダークソールとは、最近フレンド登録した『Dark_Soul_Masterダークソールマスター』というユーザー名のプレイヤーだ。


「あー、でもこれはガキの方がやってるな……」


 『カラバト』は全年齢対象という性質上、親子でアカウントを共有しているユーザーも珍しくはない。運営側から推奨はされていないものの、明文化された禁止事項はない。


「あー、そこで前に出るか? そこは味方の援護待ちだろ! ほら、やられちまったじゃん!」


 Dark_Soul_Masterは敵チームにカラーボムを当てられて、リスポーン地点からのスタートとなった。

 操作が下手な感じはしないものの、いつものような拓也を唸らせる的確な動きと瞬時の判断力がまるで感じられない。

 だから拓也はDark_Soul_Masterの子供がゲーム中ということなのだろうと思ったのだ。

 

「タクちゃん、ゲーム始めたの? それ面白い?」


 誰もいないと思っていたドアの向こう側から突然声が飛んできたことに驚き、拓也は思わずコントローラを手から滑り落としてしまった。

 声色を真似てはいるが、明らかに母親の声ではなかった。


「てめぇー、俺をバカにしてんのか?」


 拓也はドアに向かって怒りの声をぶつけた。


「あら、わたくしバカになんかしてなくてよ?」

「お、俺をタクちゃんと呼ぶな!」


 しばらくの間が空いて、


「では、何とお呼びすればよろしくて?」

「えっ……」


 問い返されてから拓也は気にするべきはそこではなかったことに今更ながらに気付いた。

 返答に困っていると、女生徒は一気にまくし立てるように話を続ける。


「うちの学校の入学金と前期の学費そして謎の寄付金。その総額がおいくらかご存知ありませんの? 決して安いものではありませんわ。それをご両親に支払わせておきながら、自身のわがままで意固地になり部屋に引きこもっているのですわよ? そんな貴方にはピッタリな呼称ではありませんか? タクちゃん・・・・・!」


 女生徒はトドメとばかりに『おーほほほ』と高笑いを始めた。


「こ、このやろう……」


 拓也は怒りで顔を真っ赤にし、ドアノブに手をかけたところで動きを止める。


「俺の気持ちも知らないくせに……黙れ……」

「わたくしeスポ部の勧誘に参りましたの」

「……は?」

「eスポーツをやる部活動ですわ。タクちゃんには説明不要ですわね?」

「いや待て。あの学校にeスポ部なんてなかったはずだ……あとタクちゃんって呼ぶな!」

「わたくしが作りましたの。……いえ、ちょっと今のは勇み足でしたわ。ゴホンっ」


 女生徒は仕切り直すように咳払いをした。


「わたくしがこれから作りますの。如月拓也、貴方をeスポ部の第2部員に任命しますわ!」

「アホが!」

「うぐっ」


 間髪入れずに罵倒した拓也の反応に、ドアの向こうから息を思いっきり飲み込んで咽せたような変な声がした。


「俺は一度たりとも学校に通うつもりはない! だから部活には入らねー! このまま家でゲームをして過ごすんだ!」

「タクちゃん……自分で言ってて恥ずかしくないのですか?」

「うるせーうるせーうるせー! 俺の進路の邪魔をすんじゃねー!」

「手を組みませんこと?」

「は?」

「如月はeスポ部を全国へ連れて行くのです。その見返りとして、わたくしは如月をプロゲーマーになるための支援をしますわ。お金に糸目は付けませんことよ?」

「え?」


 拓也は目を見開いた。


「マジか? いや待て! ……そんな都合の良い話があるなんて信じていいのか? いやダメだろ! これは罠だ! 罠に決まっている! そもそも俺以外はカスみたいな素人プレイヤーしかいねーってオチだろ? そうだろ!」

「…………」

「なんも答えが返って来ねェー! クソがー!」    


 拓也はドアに拳を叩きつけ、天井に向かって叫んだ。


「あの……あのですね?」

「何だ?」

「わたくしが如月にゲームで勝ったら、eスポ部に入るという条件ならどうでしょう? わたくしこれでもゲームは得意なのですよ?」

「お前がこの俺に勝ったらだと? アハハハハハハハハハ、そんなことあるわけねーだろ!」

「そんなことやっみないと分からないですわ。まあでも、負けるのが怖いという如月の気持ちも理解できますよ。じゃあ、こうしましょう、もしわたくしが負けるようなことがありましたら、何でも言うこと聞きますわっ! おーほほほほ」


 如月家の廊下に女生徒の高笑いが響いた。




 ――そして現在に戻る。



「かァァァァーッ! 思い出すだけで頭にくるーっ! あの女ーっ、コテンパンにやっつけて、吠え面をかかせてやるからなーっ!」


 俄然やる気になった拓也はキーボードを叩いた。

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