ターン2 引きこもりの天才ゲーマー【如月拓也】

どんなマジックを使ったんだ?

 如月拓也きさらぎたくやの家は東京郊外の閑静な住宅街の一角にある。レンガ調の外壁の2階建ての家。ベランダのある部屋が彼の寝室である。

 部屋の中はカーテンが閉められ薄暗い。学習机の幅からはみ出すように21インチのモニターが2つ並べられ、煌々と光を放っている。

 モニターには筋骨隆々の迷彩服姿の兵士がタブレットを片手に階段状の建造物を構築しながら、上へ上へと移動している様子が映し出されている。

 つるはしに持ち替えて障害物を壊し、また増築しを繰り返している。

 パソコン本体からは冷却ファンが唸りを上げ、キーボードを叩く音がリズミカルに鳴り響いている。


Terumasaテルさん、もうすぐストームが来る! 早く射線に誘導してくださいよ! 自分、準備万端っすから!」


 拓也はヘッドセットの口元に伸びるマイクに向かって言いながら、キーボードを叩く手を止めた。

 拓也が操作する兵士は、上空に構築された見晴台に腹ばいになり、狙撃銃のスコープで狙いを定めている。


『くそ! 敵の一体を見失っちまった……そっちのレーダーから索敵できるか?』


 Terumasaテルマサから緊迫した声が届く。眼下にはとんがり屋根の教会が見え、その中では今まさに激しい銃撃戦が繰り広げられている。


「どうやら索敵の必要はないようですよ――っと!」


 次の瞬間、拓也の操作する兵士は腹ばいの状態から回転し、背後に迫っていた敵をノースコープで撃ち倒した。


「えへへ、音を消して近づいていたつもりだろうけど、自分には聞こえちゃうんだよねー」 

『よし! Ragiラギ良くやった! こっちも片づいた。次はCポイントに移動すっぞ!』

了解ラジャ!」


 上空から狙撃するために構築した見晴台は無駄に終わったが、いちいち未練を残していては命取りだ。

 わずか数秒後、灰色のストームが無人の見晴台を飲み込んでいった。


 ゲームのルールは単純。架空の島に50組のペアが上陸し、最後まで生き残ったペアが勝者というバトルロワイヤル。

 定期的に発生するストームによって生存可能エリアが狭められていく。

 時間と共に戦闘が発生しやすくなるゲームシステムとなっている。


 ゲームも終盤となり、拓也とTerumasaテルマサのペアともう一組のペアの一騎打ちとなっていた。


 待ち伏せポイントとした塀の陰からTerumasaテルマサが道路へ飛び出すと、敵の一体がマシンガンを撃ってくる。

 もう一体の敵は丘の上からスコープで狙いを定める。その無防備となっている側面から拓也がヘッドショット。

 続いて道路上に出てマシンガンを撃っている敵に向けてトリガーを引いた。

 Terumasaテルマサのショットガンと拓也のライフルは同時に命中し、これで完全に勝負はついた。


『You Win!』の文字と共にファンファーレが鳴る。


「しゃあぁぁぁぁーっ!!」


 頭のヘッドセットを机に叩き付けるように置き、諸手を天井に向けて突き上げた。

 モニターに視線を戻すと、ボイスチャットの音声レベルメーターアイコンが動いているのに気づき、拓也は慌ててヘッドセットをかぶり直す。


『わりーけど、俺はこれからバイトだから抜けるわ。お前も引きこもってねーでガッコ行けよ?』


 先輩風を吹かしてTerumasaテルマサが言ってきた。

 〝自称〟都立大学に通う2年生ということだが、実際のところはどうだか分からない。大学生が昼間からずっとオンラインゲームに興じているなんてことがあるのか疑わしい。だがリアルで会う予定もなければ、さして関心もない。拓也には相手の素性などどうでも良いことだった。


「はいはい。検討しておきまーす」


 軽口で応答して、ヘッドセットを外す。

 拓也は秘密主義ではないし、そもそも偽りのプロフィールを作るなんて面倒なことは極力避けたいというタイプだった。


 伸ばし放題の髪は肩まで届いている。散髪にはしばらく行っていない。

 1.5L入りのコーラを直飲みし、濡れた唇を手で拭う。

 チラと時計を確認すると、午後3時を回ったところだった。


「あと1時間かぁー、くそ、どうすっかなー。バックレちまおうかなー。でもなー、あの女しつこそうだったもんなー、あー、どうすっかなー……」


 拓也にとって、プロゲーマーになることが唯一の夢だった。今でもその気持ちは変わらない。

 動画配信で名を上げ、プロになった人もいるが、eスポーツの大会で上位に進出することでスポンサーが付くこともある。

 eスポーツは数多のライバルを蹴落とし、一握りの成功者になるための戦場なのだ。

 そこで彼が考えたプロゲーマーになるための最短ルートが、中学校を卒業と同時にeスポーツの専門学校へ通い、そこで名を売ってプロゲーマーになるというのものだった。


 それを父に全否定された。


 拓也は自暴自棄になり、見かねた両親によって半ば強制的に東雲学園第一高等学校に入学させられた。

 そして現在に至る。

 まだ彼は一日たりとも高校へは登校していない。


 全国に展開している通信高校にはeスポーツ部の強豪校がある。通信制の学校によっては9月入学という手もある。

 一年間あるいは半年間を棒に振ることになるが、出席日数不足で一高を退学となったあとは、通信制高校へ入学する。

 それが拓也の考えた第二のルートだ。


「だから困るんだよ、eスポ部なんか作られると!」

 

 昨夜のことを思い出してイライラを募らせる。


 高校のクラスメートと名乗る女生徒が家に押しかけてきた。めったに他人を家に上がらせない慎重派の母親が、あの時ばかりは気を許しリビングで何やら楽しそうに話をしている声が聞こえてきた。


 「どんなマジックを使ったんだ? あの女は!」

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