アイ・マイ・義妹?

 家に帰ると、リビングの大型テレビの前で妹の六花りっかが『カラバト』をやっていた。

 大小様々なカラーボムと呼ばれるペンキ入りの水風船をマシンガンやバズーカ砲に詰めて打ち合う、4人対4人のオンラインバトルゲームだ。

 

「ごめーんお兄ぃ、C帯にまた落ちちゃったー」


 カラバトは初心者でも気軽にオンラインバトルを楽しめるようにランキング制度が用意されている。初心者はE帯からスタートし、対戦成績が良いとD帯、C帯へとランクアップする。

 六花は小学四年生にしてはゲームの腕が立つものの、あくまでも年齢の割にはという注釈付きだ。

 ガチ勢の集まるB帯ランクにあっては歯が立たない相手も増えてくる。さらにその上のランクともなれば、まさに群雄割拠の戦国時代を彷彿させる殺伐とした世界となる。

 六花と大牙は二人で一つのアカウントを共有しているため、六花が遊んでいるうちにランクが下がり、大牙が交代すると元のランクに戻るという行ったり来たりを繰り返している。

 大牙にとって、この状況は都合が良かった。とことん突き詰めたくなる思いにブレーキをかけることができるからだ。


「あ。お兄ぃー。ラギさんが来たよ? はい交代」

「お、おう……サンキュー……」


 学校では沙羅とあのような別れ方をした後ということもあり、大牙は正直あまり気分が乗らない。しかし何かと勘の鋭い六花に、あれこれ詮索されるのは遠慮したいという気持ちがまさった。

 六花は兄にコントローラーを渡すと、ソファーをズリズリと滑べるように場をあけた。

 大牙がそこに腰を沈めると、六花はすぐ隣で鼻歌を歌いながら楽しそうに画面に目を向けている。


 六花は妹とはいえ血の繋がりはない。父の再婚相手の連れ子である。だが大牙は『お兄ぃ』と懐いてくる六花を本当の妹のように可愛がっている。

 委員会サーバーのハッキング事件と父の再婚が重なり、自暴自棄となり家中の情報端末を破壊したあの日、ゲーム機だけは残したのはこの可愛い義妹のためである。


 六花の前では現在いまでもゲームが得意な兄でいることができる。


 画面左上にはフレンドの『Ragi』がログインしたことを知らせる通知が表示されている。コントローラーでメーセージを送るとRagiがチームに加わった。

 遠距離砲の名手で、近接武器を得意とする大牙との相性がすこぶる良い。

 援護が欲しいタイミングで理想的な方向から援護射撃が決まる。

 ボイスチャットもメッセージのやりとりもできないカラバトだが、互いの動きで意思が伝わる。

 だが以心伝心とは何かが違う。その証拠に大牙が立ち回りに失敗したときは一切の援護はない。その刺激と緊張感がたまらない。


 気乗りせずに始めた大牙だったが、いつの間にかゲームに夢中になっていた。

 今日の戦績は10戦10勝。

 不確定要素の多い対人戦においてこの勝率は奇跡に近い。

 『ありがとうございました』と簡単なメッセージを送り、ゲームのコントローラーを置く。

 時刻は6時47分。ゲームを始めてからもう1時間半近く経っていた。


 隣で見ていたはずの六花は、ダイニングテーブルに座ってプリンを食べていた。

 六花の母親がパートから帰ってきていたのだ。


「お帰り、義母かあさん」 

「うん、ただいま大牙くん。ねえ、高校はどうだった? 新しいお友達はできた?」

「あー、えっと……うん。二人できたよ義母かあさん」

「そう、それは良かった。お母さん心配していたのよ? 大牙くんは格好つけ過ぎて、なかなかお友達ができないタイプだと思っていたから。お友達が二人もできて本当に良かったわ」

「あー、うん。心配かけてごめんね、義母かあさん……」


 大牙は頬をかいて苦笑した。


「お兄ぃー、ラギさんとのバトルはどうだった? 今日もぜんぶ勝った?」

「もちろん、全部勝ったさ!」

 

 大牙はグッと親指を立てて笑顔を見せた。


「さっすがーお兄ぃ、ゲームの天才! じゃあ続きはリッカがやっていい?」

「だめよりっちゃん。学校の宿題があるでしょ? 音読と暗唱を先にやりなさい」

「はーい」


 ガクリと肩を落とす六花を見て、大牙はクスッと鼻を鳴らした。


「じゃあ、俺も学校の課題をやるかー……」

 

 独り言にしてはやや大きめな声でつぶやいて、ソファーの脇に置いたカバンを肩にかけて2階へと上がっていく。

 行き先はPCはおろか、スマホもタブレットもない部屋。

 勉強机とベッド、そしていくつかの物入れがあるだけのシンプルな部屋。

 壁にはいくつもの穴を塞いだ補修痕が残っている。


 部屋に入るとカバンを床に放り投げ、ベッドに仰向けになる。


『ねえ伊勢木、eスポーツに興味ないかしら?』


 沙羅の言葉が耳から離れない。ずっと抑えていた想いがあふれ出しそうになるのを必死に堪えている。


「興味ねーよ! だから黙ってろ!!」 


 うそぶいても、駄目だった。

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