いきなり廃校の危機と言われても?

 大牙は周囲の男子生徒全員から殺気のこもった視線を浴びせられた。

 美少女がそこそこレベルの外見の大牙に笑顔で手を振っている絵面は、はたから見ると羨ましくも妬ましい絵面に見えるのだろう。

 右隣の丸山は鬼の形相で、左隣の志乃原はカレシの浮気を目撃したカノジョのような表情で、大牙を見やった。


「ちょ、ちょっと待て、お前ら何か誤解していないか?」

「……大牙氏、ワシら先に帰るわ」

「うふふ、お幸せにねっ」


 二人は大牙の言い訳を聞く耳持たず、正門に向かって走り出す。


「ちょ、待てって……」

「伊勢木ーっ、こっちですわよーっ!」


 追いかけて手を伸ばそうとしたとき、沙羅の声がまた聞こえた。

 思わず足を止め、声のする方をキッと睨む。

 そしてつかつかと早足で近づいていき、沙羅の手首をガッとつかみ、その勢いのまま校舎裏まで引っ張って行った。


「お前いい加減にしろよ! 俺の学園生活を潰すつもりか? 俺こう見えても友達づくりが下手くそなんだよ!」

「承知していますわ」

「……は?」

「その前に、手を離していただけません? 殿方に力任せに握られるとさすがに痛いですわ」

「あ……すまん」


 大牙は慌てて沙羅の細い腕から手を離した。

 心臓がバクバクと音を立てて脈動している。


(またやっちまった……)


 カッとなる自分を抑えきれなくなるのは、大牙の悪い癖だった。

 大牙は空を仰ぎ、深く息を吐き、そしてゆっくり恐る恐る視線を下ろす。

 沙羅はじっと観察するように彼の様子を見つめていた。


「伊勢木大牙15歳。7月13日生まれ血液型はAB型。11歳にして小学校の校務用PCサーバーに侵入。中学ではタブレットPCのセキュリティを解除。そして市内全域の学校関係のサーバーを書き換えた。なかなかのやんちゃ振りね。貴方にとってこの世界のすべてはゲーム……みたいなモノなのですか?」


 大牙の顔は一瞬にして蒼白となり、全身の筋肉が震え、鼓動が激しく呼吸が荒くなっていく。


「な、なぜ……そのことを? ……お前……俺を……脅すつもりか?」

「脅す? あら、どうしてそう思うのです? わたくしが貴方のプロフィールを入手したところで、一体どうして脅しの材料として利用する思うのかしら?」


 沙羅はあごに手を当て首をひねる。それからフッと笑みを漏らし言葉を繋ぐ。


「不幸なことに、日本ではハッカーといえば犯罪予備軍として疎まれる存在。ましてや若くして才能を発揮する者は異端児として社会に警戒される。ハッキングもクラッキングも同率に忌み嫌われる行為とされるそうですわね。本当に生きづらい国です。さしずめここに入学したのも地元の目から逃れるためではなくて?」


「――ッ!? お、俺はっ……逃げてきたわけじゃ……」


 唇をかみしめ、大牙はうつむく。


「貴方に助けて欲しいのですわ」


 沙羅の口から出た言葉に虚を突かれ、大牙は顔を上げる。


「この学園を廃校の危機から救って欲しいのです!」


「……廃校だって!?」 


「そう。来年度の募集を最後に、新入学生の募集は締め切られますの。つまりわたくしたちが3年生に上がる年には新入生は入ってこない……というわけですわ」


 沙羅は歩きながら万歳するように腕を上げ、ストンと肩から下ろした。


「ここは何の特徴もない学校ですもの。これは大人達が伝統という傘の下にあぐらをかき、時代のトレンドに取り残された結果ですわ。でも、今さら愚痴を言っても何も変わりません」


 俯いていた顔をパッと上げ、クルッと回って大牙を正面に見た。


「そこでわたくしはeスポ部に目を付けたのです。第一高校の名を全国に知らしめるために、内部から改革するのですわ! そのためには伊勢木の力が必要なのです!」

「お、俺に不正行為を……ハッキングをしろというのか?」

「わたくしは伊勢木に不正行為をしろ、など絶対に言いませんわ」

「それは命令はしないから勝手に不正しろという……」

「いい加減になさいッ!!」


 沙羅が叫んだ。そして穏やかな口調に戻って言葉を繋ぐ。


「伊勢木は大義なく不正を働くような殿方ではありませんわ。わたくし人を見る目に自信ありましてよ?」


 大牙は目を見開いたまま立ち尽くした。手足が震えているのは怒りでも恐れでもない。言葉にできない感情があふれていた。


 だが――


「悪いが、俺はもう二度とPCに触れないと親に誓ったんだ。だから……eスポ部の勧誘なら他を当たってくれ……」


 カバンを肩にかけ、沙羅の横を素通りしていく。

 10歩ほど離れたところで立ち止まり、振り向いた。 


「あのさ……勧誘、がんばれよ……」


 そう言い残し、走り去っていった。  


 一人取り残された沙羅は、目を丸くしてその背中を見つめていた。


「言われなくても頑張りますわよ……」


 小さく呟く彼女の頬は石楠花しゃくなげの色を写し取っていた。


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