第6話 山の民

  気が付いたら良く知らない場所にいた。ここは、どこだろう?

「おや、目が覚めたかな? あんた、川に浮いておった。もう少し見つけるのが遅ければ死んどったわ」

 わははは、と笑う高齢の女性。誰? 訳が分からずその人を見る。

「あんた、この国の人間じゃないね。髪と目の色が違う。隣国から流れて来たか?」

 流れて来たのか。なんで? 

「肩は、弓か? 毒が塗ってなくて良かったなぁ」

 何のことだろう。肩? 動かそうとして激痛が走る。右肩が痛い。顔をしかめて女性を見る。

「まだ寝とりなさい。拾ってやったからには面倒見てやるよ。恩は返してもらうからな」

 わはは、と笑う陽気な女性を見つめて眠った。


 一週間すると起き上がれるようになった。ここは小さな山間部の集落。アドレアという国の僻地らしい。空気が澄んでいる。山からの景色が美しい場所。

「シロ、また景色見ている!」

「シロ、青い目のシロ」

 集落に五名しかいない子供達。

「うん。どうして僕は皆と違う青い目なのかなぁ。考えてぼーっとしていたよ」

 あはは、と笑うと「あほだ」「ばかだ」と可愛く笑う子たち。幼い子は可愛い。心がほっかり温まる。

「おーい、シロ。あんた、キイチゴとキノコいくつか採ってこれるか?」

「うん、行ってくるよ。どのくらい?」

「三軒分か。無ければあるだけでいいよ」

 子どもたちにまたね、と手を振る。「アホのシロ」と笑われる。アホか。そうだよな。自分のことが全く分からないなんて子供以下だよ。僕、どこから来たのかな。ぼーっと考えて、まぁいっかと気持ちを立て直す。僕は助けてもらった恩を返す。キラリと揺れる胸元の赤い宝石。コレを触っていると元気が出る。よし、仕事するぞ。

 右肩は弓矢が刺さっていたらしく、少し切り開いて矢を抜いてくれてある。傷が深くて腕をまだ動かせない。左手だけでも出来る仕事を請け負っている。何しろ僕を拾ってくれたオババは「働け! ただ飯食うな」が口癖だ。


 この集落は助け合いで生きている。物々交換と足りないものを補い合い。時々山向こうの街に若い人たちが買い物に行く。自然のままの生活に心が癒される。

 オババは一人暮らしの変わり者。山ヤギを二頭と鶏を飼っている。僕を見つけた時に厄介ごとが降りかかるから捨てて置けという村の人に、助かる命は助けなければ山の神の怒りを買う、と家においてくれた。引受人が決まれば村人として迎えられる不思議な集落。男の人数人で川から僕を引き上げてくれたらしい。起き上がれるようになって、まず助けてくれた人たちへのお礼と挨拶回りをした。僕は記憶がないから「オババのところのシロ」と呼ばれている。

 まだ動かすと痛む右手をかばいながら籠を背負う。うん、行ける。

「行ってきます」

「気ぃ付けな。クマよけ持ったか? 採れるだけでいいからな」

「うん。クマよけ着けたよ」

 山奥の野生キイチゴの場所に向かう。途中にキノコが生えているから採って持ち帰る。この村では子供のお使いレベル。それでも嬉しい。だって、この村では仕事をもらえることが村の一員である証。僕、ちゃんとオババのとこのシロで受け入れられている。優しいな。お国柄だろうか? そう考えて、あれ? 僕は他にもこの国の優しさを知っているような気がする、と心がざわめいた。よく分からなくて、まぁいっか、と流す。

 キノコの中には毒性の強い物が多く、食べられないものがある。僕には見分けがつかない。とりあえず採取して帰りオババに分別してもらう。「早く見分けくらいつくようになれ」と毎日言われる。すこしかがんでキノコ採取をして、キイチゴを目指してゆっくり歩く。それだけで息が切れる。僕は肉体労働に向かないタイプだ。集落の若者や年配の人たちでさえ僕より屈強で筋肉ムキムキだ。ひょろりとした腕を見つめ、ため息が出る。どうせ男ならムキムキ大男がいいよな。薪をスパって気持ちよく割れるようになりたい。僕はどんな生活をしていたのかな。山道を歩くとガクガクしだす足を休める。多分、山には住んでいなかったかな。足をさすって笑いが漏れる。


 「戻りました」

「おお、おかえり」

 簡素な家。薪のかまどで料理をする。マッチや調味料は山のふもとで購入してきてくれるもの。調味料を見てワクワクする。

「オババ、右手が良くなったら僕が料理していいですか?」

「なんだ? お前、料理なんて出来るのか。どこかの坊ちゃんかと思ったが、そうでもないのか」

「多分料理、出来ると思います」

「へぇ、楽しみにしとるわ。ともかく手を早く治せよ」

 この集落の主食は山芋。育てているイモ類や野菜、山でとれる食材を焼いたり煮たり。男性が狩りをして肉を各世帯に分けてくれる。肉も野菜も分け合って生きる生活。時々口げんかしても意地悪しない人たち。決して豊かではないと思う。でも悪意が飛び交わない素敵な場所だ。意地悪や悪口と考えてズキリと心が痛んだ。

 オババの家は小さな家。木の板や丸太の可愛い家だ。キッチンダイニングと薪炊き風呂。オババの部屋が一つに僕が借りている部屋が一つ。昔はここに旦那さんがいたらしい。狩りをしている途中に足を滑らせて亡くなったそうだ。そういった家庭はチラホラあって集落の皆が支え合っている理由が分かった。


 一か月すると右手は回復した。重いものは持てないけれど、川からの水くみと山芋堀り、野草やキノコ採りは僕が行っている。薪を使って湯を沸かすのも慣れた。本当はヤギや鳥の世話もしたいけれど僕は動物にメチャメチャ嫌われている。僕が近くに行くと興奮するから近づくなと言われている。動物、可愛くて触りたいのに。オババの鶏は卵を毎朝一つか二つ生む。生みたての卵にワクワクする。焼き菓子に使いたいな。その通りにしてみたい気もする。でもオーブンもないこの場所じゃ難しいか。

「今日はパンを焼いたの」

 数軒先の女性がオババを訪ねてくる。え? パン? お裾分けを受け取り聞いてみる。

「パンはどこで焼くんですか?」

「集落の中に共同の薪オーブンを作ってあるの。空いていれば使えるけれど、小麦やバターが手に入るときだけなのよ」

 胸がドキドキする。

「小麦粉やバターを分けてもらえたりしますか?」

「昨日買い出し部隊が大量に仕入れてきているわよ。欲しいものがあるときは山芋でも何でも交換所に持っていきなさいよ。小麦粉は貴重よ」

「分かりました! ありがとうございます」

 胸がドキドキした。ついでに共有の薪オーブンを案内してもらう。料理小屋みたいな小さなところだった。

「中に使っている人が居たら順番待ちよ。前の人が使った後なら少し薪を足して温度上げるだけでいいから楽よ。火事が起きたら困るからシロが使う時には必ずオババか誰か付き添ってもらってね」

「分かりました」

 案内をしてもらった礼を伝える。

 卵はオババにもらおう。その分、山芋焼きをフライパンで焼いて許してもらおう。フライパンの山芋焼きはどの家も作る。山芋にそば粉を練り込んでパン風にしようか。キイチゴかキノコを練り込むのもいい。いや、キノコなら塩ソテーしてサンドしたらいいかな? 考え出したらワクワクした。バターと砂糖と小麦粉。交換してもらえるかな。

 オババの家にあった調味料を見て、どうするか考える。山芋とそば粉を饅頭のようにして中にキノコソテーの具を入れてみようと決めた。キノコだけだと味に深みが出ない。鹿肉の塩漬けをほんの少し混ぜる。これで味のバランスが良くなる。手に取ってすぐに食べられる一口サイズオヤツパンだ。

 出来上がりを一つオババに試食してもらう。

「うまい! こりゃなんだ? お前、何を入れた?」

「今ある食材だけだよ。皆の口に合いそうかな? 僕、小麦粉とバターと砂糖を手にしたいんだよ。クッキー作りたい」

「そりゃ、これなら物々交換してもらえるさ。お前、料理人だったのか」

 オババは卵を数日分と砂糖を分けてくれると約束してくれた。本当に嬉しい。ヤギのミルクも使っていいと言われた。オババは美味しいものが食べられると上機嫌だ。出来上がった饅頭キノコパンを持ち交換所へ走る。

 饅頭キノコパンの威力は凄かった。これなら小麦もバターも砂糖も交換してやる、また持ってこいと言ってもらえた。手に入れた品に心が躍る。やった、クッキーができるよ、そう誰かに声をかけそうになり動きを止める。誰に? そっと首後ろに手を回す。首がスースー寂しい。この虚無感は何だろう。心臓がゾワゾワ騒いでいる。胸のペンダントを握りしめて不安な気持ちをやり過ごす。


 シンプルなバタークッキーとヤギのミルクを使ったミルククッキー。薪のオーブンにドキドキした。一緒にオババが付いてくれた。「旨いものが出来るなら早く食べたいからな」と笑っている。楽しみにしてくれる顔。匂いにつられてくれる子供達。胸が温かくなる。この感覚を、知っている。自然と誰かを見上げて微笑みたくなる。

 焼き上がったばかりのクッキー。温かいうちにキイチゴのジャムをかけて周りに配る。

「ナニコレ! 美味しい!」

「シロ、すっごい旨い~!」

「もっと、もっとちょうだい!」

 大人も子供も頬を染めて食べてくれる。嬉しい。心が温かいもので満ちていく。

「うん。全部食べないでね。クッキーが冷えると今とまた違う美味しさが出るよ」

「え~、食べちゃいたい……」

「我慢、我慢」

 子どもたちの様子が可愛くて笑いが漏れる。

「ね、シロ。これ売り物になるかしら? 私たちこの集落で細々暮らしているけれど、お金って必要なのよ。今まで山でとれた自然のものを街で売って何とかお金を得てきたの。最近では山でとれたものはあまり売れないの。このままじゃ、ここで暮らすのも限界が来る。それが時代の流れかもしれないけれど。自然と共に生きてきたから、出来るならここに居たい。このクッキーも、この間のお饅頭パンも街で売れるか試してみたいのよ」

 急に真剣な顔で若い女性に声をかけられる。

「そりゃいいな。最近じゃ獣の毛皮もあまり売れない。前までは高値で売れたが、今では化学繊維が主流だから」

 数人の男の人も集まってくる。

「僕のクッキー、売っていいんですか? お金になるなら嬉しい!」

「おぉ、食いつきがスゴイな。シロは金稼ぎが好きか?」

 笑いながら聞かれる。

「もちろん! お金が大好きだ!」

 僕の声に驚いた数人がこちらを見る。顔を見合わせた後、大笑いされてしまった。

「こりゃ頼もしい。よし、さっそく三日後にでも売りに行くか」

 売り物になる。その言葉に心がときめく。

「じゃ、売れるような味を考えます」

 ワクワクしてきた。子供たちが「手伝う~」と可愛く声をあげてくれる。僕にできる事がある。それが嬉しかった。


 「じゃ、お願いします」

 今日は朝からクッキーと山芋そば粉パンを山ほど焼いた。午後には街で売れるように日の出とともに作業した。皆が手伝ってくれて、少し後に起きて来た子供たちがラッピングを手伝ってくれた。透明の小さな袋に二枚ずつ。ナッツの塩バタークッキーとキイチゴキャラメル味の組み合わせ。今ある食材で考えた味。それに塩干し肉とキノコの山芋そば粉パン。

 山芋そば粉パンは「山の幸饅頭」として売る。温かいうちに街に届けば、この匂いで人が反応する。僕が売りに行きたいけれど、外見が目立ちすぎるからやめるように言われた。右肩の傷をさすり、僕は殺されそうになったかもしれないことを思い出した。目立ってはいけない。残念だけど、男の人たちの出発を見送る。


 「すごいぞ! 完売だ! シロ、お前すごいじゃないか!」

 夕刻に戻った男の人たちからバシバシ背中を叩かれて褒めちぎられた。照れくさくて恥ずかしくて心がくすぐったい。ちょっと右肩の傷が痛かったけど嬉しかった。販売は成功した。パンの匂いにつられて集まった人に試食品をいくつか配ってもらった。すると瞬く間に人だかりができて、飛ぶように売れたそうだ。想像以上に金になったと皆で喜んだ。売り上げの七割は集落全体に配分。残り三割を僕が貰えた。僕は自分の取り分の内、半分をオババに渡した。助かるよ、と沢山お礼を言ってもらえた。嬉しかった。これから定期的にクッキーと「山の幸饅頭」を売りに行くことに決まった。


 一か月すると集落の収入の半分が僕のクッキーと山の幸饅頭の売り上げになっていた。子供の服や生活用品が買えると皆が喜んだ。その顔が幸せそうですごく嬉しい。誰かにこの喜びを伝えたくて胸のペンダントを握る。

 「なぁシロ。街と反対側の国境付近に国防部隊がキャンプしている。しばらく駐留するらしいからクッキー売りに行こうかと思う。できたら総菜系の山の幸パンもあるといいな」

 集落の男衆に頼まれる。収入を上手く増やすならお客として狙い目だな。

「わかった。街には週三回は行ったほうが良い。人気があるうちに定着させていくほうが賢明だ。それ以外の空いているときに駐留している人に売りに行くのはどう?」

「シロに従う。お前、なかなか商売センスあるからな」

 わしゃわしゃと頭を撫でられて笑う。最近は皆が僕の事を認めてくれて心が温かい。笑いあって計画を練る。今できる事を精一杯しよう。目の前の皆の笑顔が守られるように。ふと、僕が守りたい人は誰だった? そう思い心がズキリとする。ヒヤリとする首後ろをそっと手で覆う。最近、覚えていないことが怖く感じる。どうして時々心が寒いと訴えるのか。どうして誰かを探してしまうのか。分からなくて怖い。右肩の傷に触れる。僕はきっと殺したいと思われるほどの存在だったんだ。思い出さないほうが良い。この集落で小さな幸せと生きているほうが良い。

 駐留している国防軍部隊には女性と子供で売りに行ってもらった。僕は近くまで行って男性陣と見守っていた。国防軍は遠征しているからキャンプ中に寂しさもあるだろう。その中に子供が売り子で入ったらきっと買ってくれる。見守り役として女性にお願いした。軍人だから一般人に乱暴はしないだろう。ドキドキして見守った。結果は見事大当たり。みんなでガッツポーズしてしまった。新たな客の獲得で収益は倍増。山の幸饅頭の味を皆さんに伝授して饅頭パンは任せようと思っている。毎日が楽しい。働いてお金になって笑顔になる。これでいい。何かを訴える心に蓋をする。

 僕がここに来て三か月が過ぎた。僕は相変わらずオババの鶏とヤギに近寄れない。諦めモードも入っている。オババは「シロを拾って良かった。首に噛み跡のある者は神に選ばれし者ってのは本当だった。幸運のシロだ!」と喜んでいる。僕は神どころか人に追われている悪い奴かもしれないのに。こうゆうオババのちょっとズレたところに安心する。

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