第5話 行方不明
「まだ居場所が特定できないのか!」
「申し訳ありません」
イライラする! ロイ、どこに居る? 無事でいてくれ。神よ、どうかロイにご加護を。ロイが急な帰国のため国境で別れて一週間が経過している。
ロイには虫型の偵察機をつけていた。常に状況把握が出来ると思い安心していた。ところがリーベントの城に着いた当日、ロイにつけていた偵察機が停止した。虫型偵察機は光エネルギーを動力とする。室内光でも太陽光でも光があれば活動できる。昨今は全く光のない闇など無いため偵察機が停止する可能性は考えていなかった。
リーベントに着いてすぐ、ロイの執事が話した内容にゾッとした。ロイはリーベント国の唯一の王位継承者だったのか。それは国王も渡すのに渋るわけだ。執事の告白にロイが今この時にも命を狙われている状況だと分かった。必死に逃げるロイ。見ていて悲鳴を上げてしまった。こんな状況想定していなかった。今すぐ助けたいのに、手が届かない。悔しくて手が震える。ロイ自身に発信機をつけてしまえば良かった。ロイに何か機器を仕込めばスパイ行為としてロイが逮捕される可能性があり、ロイには何もつけていない。ロイが地下通路に逃げ込んだが、そこは光のまったくない場所だった。そこでロイを尾行していた偵察機からの映像も音声も全て途切れた。少しでも光が届けば再始動する。しかし、偵察機は動かないままだった。先にリーベントに忍ばせていた偵察機で城内を捜索するがロイは見つからない。行方が分からないことに心臓が痛いくらいに悲鳴を上げる。ロイを、失いたくない。ロイに何かあったら。リーベント国を潰してやる。不安と怒りが織り交ざって気持ちが混乱する。
あらゆる偵察機をリーベントに向けて飛ばす。きっとロイは俺のもとに来るはずだ。ロイを助けられるようリーベントとの国境付近に人を配置する。一般人に見せかけた軍人たち。ロイの救出を命じている。頼む。どこかでロイを見つけてくれ。
ロイを失ったらどうしよう。不安で涙がこぼれる。生きていてくれ。もう一度俺の腕の中に戻ってくれ。神様、俺は発情期をひとりで過ごします。だからロイを救ってください。ロイを助けてくれるなら、番じゃなくていい。発情期が怖くてロイをオメガにしてしまった。俺の都合で番さえできればいいと考えていた。だけど、今は違う。生きる力に満ちたロイが傍にいてくれればいい。あの笑顔を、失いたくない。
「殿下、リーベントからの親書です」
王族貴族院の緊急会議。ロイの失踪についてと今後のリーベントとの国交について議論中。親書のコピーを無言で受け取る。親書には、ロイ殿下が不慮の事故で行方不明であり友好国として親交の証に第一王女を貴国にお預けしたいと書かれている。ロイについては一文のみ。その後は数枚にわたり第一王女の人柄、血筋、褒めたたえる言葉の数々。丁寧に写真まで数枚添えられてお見合いかと笑いたくなる。頭にきて破り捨てた。
「リーベントに返書を。アドレアとの友好契約はロイ王子の預かりを親交の証として調印している。ロイ王子は一時帰国にすぎない。ロイ王子をアドレアに戻せないのであればリーベントの一方的な条約違反となる。ロイ王子の全てにおいてアドレアに委ねると明記してある! 我が国が所有した者を守れなかったなら、我が国を蔑ろにしているとみなす! 以上親書としてリーベントに高速飛行機で届けよ。軍事力の差を見せなければわからんのなら、戦闘機も数機上空を飛ばせ」
「おい、ディモン。それではやりすぎだ。戦闘機はやめておけ」
父王陛下に釘を刺される。ここのところ眠れなくてイライラする。
「リーベントは周辺国と繋がりが深い国だ。全てを敵に回せば大戦争になる。こちらも火の粉をかぶることになるぞ。国民を苦境に巻き込むことは許さん」
正当な意見に言葉が出ない。
「だが、ディモンの気持は分かる。我らアルファにとって番のオメガは何より大切だ。自分の半分であり全てでもある。ディモンの意向をくんで親書を私が作ろう。任せてもらえるか? 親書については軍用高速浮遊移動車の車列で届けよう。相手に合わせて馬で届けていたが、こちらの本気を見せたほうが良いからな」
国王の意見に貴族院の同意が得られる。
「ロイ王子がいないと城の中が寂しいですな。あの活気に満ちたクッキー販売を心待ちにする使用人や城下町の人々。皆に幸せを運ぶ妖精のようでしたから。何を隠そう私もあのクッキーのファンなのです」
「おや、私もですよ。こっそり使用人に買ってもらっています。あの味は癖になりますね。早くお帰りになる事を願っております。殿下、お心を強く持ってください」
貴族から様々な声がかかる。そうだ。ロイを待つのは俺だけじゃない。皆が心待ちにしている。ロイ、早く帰ってこい。皆に礼を言いながら、こぼれ落ちる涙を止められなかった。胸のペンダントを強く握りしめる。
ロイの行方が分からなくなって、すでに半月が過ぎていた。
夜になると夢を見る。ロイがどこかで泣いている。倒れて死にそうになっている。一人で震えている。大ケガで助けを求めている。飢えに苦しんでいる。毎回悲鳴を上げて飛び起きる。震える自分の身体を抱き締め、夢であったことに安堵する。眠るのが怖い。ロイに会いたい。
移動浮遊車の性能を上げた。高度を上げて人や動物にぶつからない位置を超高速で走る。一人用に小型化。落下対策や衝突安全装置にも改良を重ねた。高速になるとかかる重力緩和も成功した。これでリーベント国境までを半日で行くことが出来る。二日に一回はリーベントの国境に向かう。リーベント国を見つめロイが今にも戻ってくる妄想に浸る。考えると静かに流れ落ちる涙。ペンダントをそっと握る。心臓が痛いよ、ロイ。
リーベントからの親書は毎週届いている。「誠心誠意ロイ王子殿下を捜索しておりますが手がかりが掴めません」白々しい。変わらない内容にため息が漏れる。
ここまでくると黒い気持ちが俺を飲みこむ時がある。ある日、憎しみのままにリーベント国を一撃で破壊する爆弾を設計してみた。鉱物エネルギーを利用した兵器。出来る。コレで粉々にしてやる! 三日かけて設計図を作成し、即実弾化するために軍部に持ち込んだ。それを見た軍幹部は青ざめた。父王陛下に呼び出され殴られた。アルファの力を破壊に使うな! 目を覚ませ! と叱責された。目の前がチカチカした。父の言葉に、みっともないくらい声をあげて泣いた。ロイとクッキーを焼いていた侍女が、ロイの味に似せて作ったクッキーを出してくれた。食べると、ほんのり懐かしい味がした。ロイの笑顔が頭に浮かぶ。はっと気がついた。ロイが育った国だ。母と思い出のある国。神の恵みであるアルファの知能を破滅に使ってはいけない。俺は悪魔になるところだった。自分が情けない。握りしめた拳に涙が落ちた。
あっという間の三か月だった。
ぼんやりとリーベント方面を見つめる。国境の高台。もうそろそろ寒さが来るよ。ロイ、どこにいる? ロイが空に居るなら俺もそこに行く。俺を一人にするなよ。最近は何をしていても涙が頬を伝う。王室お抱えの医師からは精神安定剤を勧められている。やんわりと拒否している。俺だけ楽は出来ない。
俺には罰が下っているんだ。ロイを勝手に番のオメガにして、発情期に薬で記憶をあやふやにして犯した。あの獣のような衝動を全てロイにぶつけていた。ロイの悲鳴が響いていた。止められなかった。俺の発情に合わせるように甘い匂いをまき散らすロイ。オメガの発情。その匂いに誘われるように俺もさらに発情した。ロイの奥がグチャリと拓く瞬間の快感。内壁が絡みつく愛おしさ。痙攣する細い身体を思うままに貪りつくした。俺の発情期は一年に一回。回数が少ないため期間が長い。通常五日程度で収まるが七日以上。
発情期が終わると意識のないボロボロのロイを見て悲しみに明け暮れた。全身の噛み跡や痣が消えるまで鎮静をかけて治療してもらった。避妊処理もした。オメガになると男性も妊娠するから。鎮静をかけて寝ている数日、苦しそうに呻き声を漏らすロイ。痛々しくて申しわけなくて今後一生をロイに尽くすから、愛していくから許してくれ、そう願っていた。
覚醒すると許しを請う俺に「いいよ」と弱弱しく一言を返してくれるロイ。いつもそうだった。俺を優しく許すロイ。ロイのその一言で心がふわりと軽くなっていた。俺はロイに甘え切っていた。許してもらえることに安心していた。
自然豊かなリーベントの土地を眺めて涙を流す。ペンダントをぎゅっと握る。
「ディモン殿下。休息中のところ失礼します」
この地区を任せている支部隊長。何度か顔を合わせている。一瞬だけ顔を見て、またリーベント国を眺める。
「何だ?」
「もしよろしければ、焼き菓子などいかがでしょうか?」
焼き菓子? 心にピンと何かが引っかかる。支部隊長の顔を見る。
「こんな僻地に焼き菓子か?」
「はい。先月より先住民たちが駐留部隊に売りに来ております。貧しい地域の者たちであり、哀れに思い買っておりましたがコレがなかなか美味でございます」
笑ってしまった。ロイのクッキーかと期待した。そんなわけない。乾いた笑いがこぼれた。
「そうか。ひとつもらおうか」
小さな袋を受け取り、心臓がドキリとした。持つ手が、震える。ドクドクと高鳴る心臓。この四角い形は。このクルミを織り込んであるクッキーは、ロイの、クッキーじゃないか。
「これをどこで手に入れた!?」
「え? あの、週に二回ほど山の中腹あたりから子供たちが売りに来ておりまして……」
「いつだ!?」
「今日の午前中に来ました。殿下?」
生きていた。きっとこれを焼いたのはロイだ。ロイ。クッキーを抱き締めたあと深呼吸して一口かじった。間違いない。塩バターのナッツクッキー。懐かしい味に熱い涙が頬を伝った。
「すぐにクッキー売り販売元を特定せよ! これはロイのクッキーだ!」
生きていた。会える! 喜びに心が舞い上がった。
部隊の者が購入していた全ての焼き菓子を俺が買い占めた。その全てを胸に抱き締める。温かいものが心に満ちる。久しぶりに感じる喜びだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます