第3話 ロイ王子のクッキー店
僕の焼き菓子がアドレア国主城で販売できるようになった。ディーが許可してくれて使用人食堂の一角に「ロイ王子のお菓子店」のコーナーがある。一枚三十円で個包装したクッキーを毎日二百枚置いている。朝から焼き上げるのが楽しい。袋詰めして昼に間に合うように。ディーも手伝ってくれて毎日完売。料金箱には感想や小さな感謝の手紙も入っていて嬉しくていつも泣く。材料はディーが無料提供してくれて売り上げは僕の貯金になる。味付けもこのままで大丈夫そうだった。日に日に貯まるお金と、それよりも食べてもらえる嬉しさに満ち足りた日々。日中のアドレア学習時間も楽しい。歴史を知って国土風習を学ぶとアドレアの人の強さと逞しさに感動した。貧困国からの豊かな現状に、この国の頑張りに心が打たれた。アドレアは立派な国だ。そして将来ディーが治めたら人々の幸せは、ずっと続くはずだ。僕はこの国の端っこでお菓子店を開いてカッコいい王様のディーを見ていたいな。綺麗な王妃を傍に置いて可愛い王子王女に囲まれているディーの未来を考えズキリと胸が痛んだ。この痛みは、何だろう。
幸せに時間が過ぎてアドレアに来て一年。十九歳。アドレアでは成人だ。十九歳のお祝いにディーがルビーのネックレスをくれた。ピジョンブラッドの最高級品。ダイヤも散りばめられている。二カラット程度で大きくないから毎日つけて外さないでと言われている。ディーが安心するなら着けているよ、と伝えると覆いかぶさるように濃厚なキス。すっかり慣れてしまったディーの味。時々僕もディーの厚い舌を甘噛みする。腰が揺れるほど気持ちいいキス。楽しくて可笑しくて幸せに頬が緩む。
この一年で僕は背が伸びた。たくさん食べて適度に運動して身長は百七十センチ。ディーと二十センチ以上の身長差は、十五センチほどに縮まっている。もう少女には間違えられない。筋肉がなかなかつかなくて薄っぺらいけど一年前より断然いい。理想とはいかないが青年になった気がする。
最近僕はディーと一緒にアドレアの正装を着て晩餐会に参加する程この国になじんでいる。僕の首に白いレース編みの薄い首飾りがつけられるようになった。主に首の前を覆うもので、首後ろはリボンで結ぶだけ。僕のは皮じゃないのか疑問だった。だけど僕は外国人だし気にするのはやめた。アドレアの風習に合わせる。
毎月、母への手紙を出している。楽しいことを山ほど書いている。母からの手紙も変わりなく元気そうで嬉しい。
人生でこれほど満たされる日々が来るとは思わなかった。毎日ディーが「綺麗になった。美しいロイ」と言うから照れてしまう。僕は男だ。
ディーは一年前に失恋している。お気に入りの侍女にはすでに恋人がいた。目の前で失恋するのを見てしまった。何も励ますことが出来なかった。きっと辛いはずだ。何も言ってくれないディーを思うと、毎日する濃厚なキスも首への甘噛みも全て許せた。僕は優しいディーを癒してあげたい。僕がディーに支えられているお礼に。
「明日は市場にする? 露店街が良いかなぁ」
「露店街だな。そろそろ夏季休暇に入った子供たちが増えるから甘いクッキーが売れるかもな」
「夏休暇はリーベントと同じだ。一か月は学校が休みになるよ。アドレアは?」
「アドレアも一か月程度かな。乾期が強い地域はもっと長いけど。最近は気候調整もうまくいっていて学校休暇の統一化を考えているところかな」
「へぇ、アドレアは時代に合わせて教育も変動するんだね。スゴイね。リーベントは古風な所があるから驚くことばっかりだ」
すっかり慣れてしまったディーと寝る事。一緒のベッドで抱きしめ合ってキスして眠る。時には抜き合いっこもする。初めてしたときには気持ちよさに震えながら涙が流れた。男の生理現象だから時々しようと言うディーに任せている。ディーなら全て許せる。今日も腕枕されてディーの胸にくっついている。逞しい筋肉が羨ましい。ディーは僕の髪を良く撫でる。コレが始まると気持ち良くてウトウトする。いつの間にか寝てしまう。「ディー大好き……」寝る前に伝えると優しいキス。毎日の恒例行為に満たされる。本当は王妃になる人とこうしたいのかな。そう思うとズキリと痛む心臓の音に聞こえないフリをする。
「コレが子供向け。こっちが大人向け」
「ロイ、いくらなんでも子供用が一個十円は安すぎないか?」
「良いんだ。子供でも買えるのがいいじゃないか。無料は良くないけど十円ならどの子も買えそうだ」
市民の露店街に行くため僕もディーも半袖シャツにスラックスパンツ。外に行くときは王族と貴族は斜めのサッシュを着ける。平服用の細めのサッシュ。貴族は緑色。王族は赤。僕は他国の人質だからサッシュは遠慮したのに、ロイは王族同然だ、と赤のサッシュを準備されている。アドレアでは王族貴族への尊敬の念が高い。強制されている訳ではなく皆が自主的に感謝と敬意の気持ちを向けてくる。サッシュは王族がつけたいから着けるのではなく、国民が望むらしい。ありがたい存在が来ていることを見逃したくない、と。信頼関係の強い国だと思う。ディーに憧れと感謝を向ける市民が僕を見て同じように感謝を述べてくださるのが申し訳ない。僕は隣国の者です、と伝えても敬意の目は変わらない。優しい国民性なのだと思う。
週末には街にクッキーの移動販売に来ている。すっかり有名になった「王子クッキー」。ミニキッチンを備え付けた移動販売浮遊車。ディーが設計して作ってくれた。ボタン一つで移動販売店舗に形態チェンジする様子はカッコよさに皆が見惚れる。こんなものが作れるなんてアドレアの国力はスゴイ。リーベントでは荷馬車や馬車が主流だけど、アドレアは浮遊移動車や沢山の科学力を市民までもが生活に活用して潤っている。
「いらっしゃいませ~。リーベント国ロイ王子殿下のクッキー店開店で~~す」
侍女が大きな声で開店を知らせてくれる。侍女が数名売り子で手伝ってくれて、あとは護衛に近衛兵が五名。皆さんの手を借りて申しわけないけれど、国賓ですから、と快く協力してくれている。皆優しい。
「おいしそう! これ、下さい」
「あたし、こっち二つ」
今日は子供たち用に低い位置に子供クッキーを置いている。単純な砂糖がけ、キャラメルナッツ、イチゴジャム、チョコチップの四種類。一個十円は大当たりだ。目をキラキラさせて選んでくれる様子が可愛い。
「お! 今日はここですか。王子殿下のクッキー大評判ですね」
まとめて十枚を買ってくれる男性。
「とても楽しみにしていましたよ。明日はどちら?」
露天商の花屋の婦人。皆さん買うときに一言かけてくれて嬉しい。大人用は一枚五十円。一人十枚までにしている。侍女に助けてもらい沢山焼くけれどあっという間に五百枚は売り切れてしまう。お金が手に入る事よりも手に取ってもらえて温かい言葉と笑顔をもらえることが嬉しくなっている。移動車にキッチンがあるからパンケーキ販売もしている。注文で手のひらサイズのパンケーキを焼きアイスと好みのフルーツを乗せて二百円。こちらも予定数百個はすぐに完売する。すごく嬉しい。ディーも手伝ってくれて楽しくて仕方ない日々。人の笑顔に囲まれて、優しさに触れていると、ずっとここで生きて行きたいと思う。幸せだ。
ディモン王子の誕生日
ディーの二十歳の誕生日まであと一週間。僕が夕食を作ってケーキを作って二人でお祝する約束。実はサプライズでプレゼントを用意している。リーベントから持ってきた僕の貯金宝石。エメラルドの稀少石レインボーエメラルド。深い緑の石に光を通すと虹色がきらめく。貴族でもめったに手に入らない品。十歳の誕生日に国王陛下からブローチで贈られた。一番大切なこれをディー用にペンダントにリメイクしてもらった。お菓子作りを手伝ってくれる侍女に相談したら大喜びして王室御用達宝石職人を紹介してくれた。勉強時間の合間にこっそりデザイン相談をした。リメイク代金が百万円を超えたけれど、いつも優しいディーのためなら惜しくなかった。
レインボーエメラルドを外したブローチの土台は僕が大切に保管している。石の下の土台には「我が子ロイへ」と刻印があった。その刻印を指でなぞり、じわりと心が温まる思いがした。いつもそっけない国王陛下の顔が浮かんで、リーベントでの日々を懐かしく思った。
リメイクされたレインボーエメラルドはプラチナとメレダイヤに包まれ光り輝いていた。光る角度で虹が煌きダイヤに反射する。素晴らしい出来だった。僕の胸に手を当ててルビーのペンダントに服の上から触れる。お互いに誕生日に贈り合うのか。恋人みたいだ。ディーの喜ぶ顔が楽しみで仕方ない。だけど、誕生日が近づくにつれてディーは元気がなくなっている。ボーっとしたりため息をついたり。何か悩みかな。また気になる侍女でも出来たかな。聞きたいけれど、僕には心配かけまいとするディーを見ると聞いてはいけない気がしていた。
「ディー、おめでとう!」
日中は外せない会議があると出かけたディー。夕方に帰るまでに侍女に手伝ってもらい食事を並べケーキを飾り付けてワクワクして待っていた。疲れた顔で帰ったディーを食卓に座らせる。
「わぁ! すごいじゃないか。全部ロイの手作りなのか?」
「うん。田舎料理でゴメン。精一杯作ったんだ」
「田舎料理なんてことない。すごいごちそうだ!」
久しぶりに見る満面の笑み。良かった。喜んでもらえた。
「それから、コレ」
「なに?」
「二十歳おめでとう。誕生日プレゼント。えっと、王族が持つものにしてはチープかもしれないけど。僕が持っている宝石の中で一番素晴らしい物で作ってもらったよ」
「え? これ、俺に作ってくれたの?」
「うん」
すぐに包みを開けるディー。白銀の輝くペンダントが姿を見せる。中心のレインボーエメラルドが光を受けて不思議な輝きを放つ。ディーが見惚れて静止している。
「ディーの優しさに僕は幸せにしてもらっているから。少しでも何か出来たらいいなって思って」
突然ディーに抱きしめられる。強く、強く。感極まって震えているディー。「ありがとう、ロイ、ありがとう。大好きだ」と震える声で繰り返す。嬉しくて抱きしめ返す。「僕もディーが大好きだよ」耳元に応える。これほど喜んでもらえたことに達成感と満たされた思いで胸がいっぱいになる。恒例の首後ろを甘噛みされてしばらくディーの膝の上でボーっと過ごす。
「さ、料理食べよ」
「そうだな。今日は色々忙しかったからお腹空いている」
「誕生日なのに容赦ないね」
あはは、と笑い食事をする。ディーが「美味しい、美味しい」と食べてくれて幸せな時間だった。首にペンダント。良く見えるようにディーがシャツの前ボタンを外す。僕もまねて前ボタンを外す。ディーの胸元に深緑に光るエメラルド。僕の胸に深紅に輝くルビー。互いを見て微笑み合う。僕の全てがディーでいっぱいだった。
「ロイ、今日はありがとう。嬉しくて心臓が止まりかけた」
大げさに胸に手を当ててソファーに座り込むディー。
「えっ! ちゃんと動いている?」
慌ててディーの胸に耳をつけて心音を確認する。すると腕の中に捕らえられてしまう。いたずらに笑っている顔。
「多分大丈夫だ」
この~、と軽くパンチして笑いあう。そのまま濃厚なキス。舌を吸われて喉から「むぅっ」と声が出てしまう。背筋がゾクリと震える。
「幸せだ」
優しい一声。
「幸せだね」
僕も自然と声が漏れる。同じ気持ちが嬉しかった。
「多分、近いうちに視察で一週間くらい地方に出かける」
「そうなんだ。僕は一緒に行ける?」
「難しいな。今回は俺一人だ」
「そっか。アドレアに来てからディーと離れたこと無いから寂しいな」
「うん。ごめん」
どうして謝るんだろう? 訳が分からずディーを見る。
「俺がいない間は、お菓子屋さんは休業して」
「え? 城内の食堂のも?」
「うん。お願い」
困った顔のディー。ここは問い詰めずに従っておくべきだろう。
「わかった。臨時休業するよ。ここで待っている。時期は決定していないの?」
「急に行かなきゃいけなくなるかも。今日の夜からかもしれないし」
「え? そんなことあるの?」
「今回だけだ。ロイ、許して」
どうして悲しそうな声を出すのだろう? 少し不安になる。
「ディーは無事に帰ってくるよね?」
「多分、大丈夫だ」
「多分じゃ嫌だ。なんか怖いよ。絶対に帰ってきてよ」
僕一人じゃ嫌だ。残されたくない。ディーと離れることを考えたら怖くて身体がガタガタ震える。身体の奥底から恐怖がせり上がってくる。
「うん。分かっている。大丈夫」
僕の頭を撫でながら話すディーも不安そう。
その日は離れることが怖くてお風呂も一緒に入って抱きしめ合って寝た。少しでもディーを感じておかなきゃいけない気がして僕から誘って抜き合いっこをした。初めてディーのモノにキスをした。大きくて立派な起立を見ると胸が高鳴った。ディーの味は脳がしびれるほど美味しかった。そそり立つ起立が欲しくてたまらない欲望が沸き上がっていた。お腹の奥が熱い。僕はちょっとオカシイかも、そう思いながら腰が揺れるのを止められなかった。
キスをしながら互いの起立をこすり合わせて腰を動かし快感を追う。時々カチリとぶつかる互いのペンダント。そんな小さな動きにも興奮する。ディーの吐息が愛おしい。触れ合う肌が気持ちいい。混ざり合って溶け合うみたい。もっと深くつながってみたい。この逞しいディーを全て僕のものにしたい。変な欲望が頭を支配しておかしくなりそうだった。
翌日、目が覚めると僕一人だった。寂しさにディーの姿をキョロキョロ探す。起き上がるとともに「失礼します」と侍女が入室する。裸で寝ていたから慌てて布団で身体を隠す。
「ディモン殿下は視察に行かれました。ディモン様から昨日の疲れを癒すお茶をご用意するよう言伝されております。どうぞ召し上がり下さい」
ベッドに居る僕に甘い香りの茶が渡される。こんなこと初めてで驚く。
「冷めないうちにどうぞ」
侍女に言われて不思議に思いながら口に運ぶ。いつもクッキーを一緒に焼く侍女たち。彼女たちじゃなければ直ぐに口にしなかった。温かいお茶を飲むと頭がふわふわした。これ、おかしい。と思ううちに身体が倒れ込むのが分かった。意識が暗闇に、落ちる……。
夢だ。夢。獣のようなディーが僕を犯している。お腹の奥が熱くて苦しい。お尻に、あの熱棒を押し込んで叩きつけるようにディーが動いている。時々身体を噛まれる。その度に悲鳴を上げる。乳首をいじられると脳までビリビリしびれが走る。僕も必死で腰を動かす。中を喰い締めてディーを食む。グチャグチャと響く音。悲鳴が響く。気持ちいい。お腹が痙攣する。何度も達して狂ったように泣き叫ぶ。気持ちいい。キモチイイ。ディーが僕の中にいる。奥の奥まで潜り込んでグポグポと拓かれる快感。「もっと、ディー、もっとぉ」どこかで甲高い声がする。もっとなんて無理だよ。もう入る場所はないよ。そうどこかで思うけど、ディーはゴチュゴチュとありえない場所まで潜りこむ。身体が壊れる! 恐怖と快感と混乱で何度も絶叫を上げた。突然つながったまま首後ろを噛まれる。強烈な快感に全身を痙攣させて失禁した。目の前がチカチカして呼吸が止まりそうだった。涙もよだれも全て流して荒波のような押し寄せるディーの何かを受け止めていた。その後も僕の中で何かをぶつけ続けるディー。
ディー、泣かないで。悲しそうな苦しそうな泣き顔のディーに時々そっとキスをした。何度も意識が飛んで夢のような獣の時間。ディーと一つにつながる満ち足りた時間。
これは夢。リアルな夢だ。
「あれ? ここは……」
声がかすれて自分の声じゃないみたい。僕の手を握るディーの顔が見える。ちょっとやつれた? もう視察は終わったのかな。
「よかった。目が覚めた。ロイ、ごめん。ロイ」
周りを見るといつものディーの寝室だった。頭がガンガン重い。なんでだ?
「急に起きなくていい。十日以上寝ていたんだ」
「え?」
「ごめん。俺が悪い。ロイに飲ませたお茶が身体に合わなかったみたいで。目が覚めて良かった。本当に良かった……」
僕に抱き着いてディーが泣いている。そうなのか。びっくりした。ところどころ覚えている強烈な記憶は夢か。ほっとした。そして猛烈に恥ずかしくなる。生死の境にあんな夢を見るなんて僕は性欲の塊だ。ゴメンを繰り返すディーの頭をそっと撫でる。動かす腕が重い。体力がかなり落ちている。全身がズキズキ痛い。
「いい、よ」
笑いかけるとディーは泣いた。夢の中のディーの泣き顔が重なる。
「もう大丈夫だってば」
「だめだ。完全回復の許可が出ていない」
意識が戻って三日目には身体を起こして室内を歩き始めた。全身が痛いのは寝たきりになっていたためらしい。動いて体力回復しないと。そう思って歩くと、「安静にしろ、動くな」とディーがやけに過保護にする。
あの日お茶を持ってきた侍女たちが涙ながらに謝罪して辞職を願い出たが、思いとどまってもらった。お菓子店は彼女たちが居ないと回らない。僕が「これからも助けて欲しいです」と伝えると彼女たちは泣いた。温かい人たちだと思う。今回の件は急性アレルギー反応と言われたし毒物じゃないから仕方ないとして不問にしてもらった。ディーが「ロイは優しい。ありがとう」とそっとキスをするから顔面から火が出そうだった。あんな夢の後では心臓に悪い。ドキドキ鳴る心臓の音がばれませんように。
「ほら、口を開けて」
「自分で食べるよ」
「だめだ。俺がやる」
柔らかい軟飯と良く煮た野菜スープ。温かい茶碗蒸し。どれも美味しそう。食欲も出てきてよだれが出る。けれど毎食ディーが僕を膝の上に抱き上げて口に運ぶから恥ずかしくてたまらない。自分で食べたい。でもディーが絶対に譲らない。頑固だよ。諦めて雛のように口を開ける。満足そうに僕に給餌するディー。僕、十六歳成人男性ですけど。突っ込みどころが満載過ぎる……。食べ終えると必ず首後ろを甘噛みするディー。前よりも全身がぞくぞくして下腹部がキュンとする。声が漏れてしまいそうになる。顔の熱が引かない。僕、変だ。
そんな僕たちを侍女たちが柔らかい笑みで見守る。
一週間するとだいぶ元通りになった。思ったより体力の回復が早くて良かった。一週間の間にアドレア国王様がお見舞いに見えられた。この国で最も高貴な方の直接の訪問に驚いた。「なんでも力になるから申し付けてくれ」と温かい言葉をもらい感動した。小さな声で「元気になったら私にクッキーを」と囁かれて笑ってしまった。この国の王様はお茶目な方だ。「はい。必ず」と笑いながら小さな約束をした。
久しぶりに城内を歩く。やっぱり少し息が上がる。陛下にクッキーをお届けした後、使用人食堂に向かっている。心配するディーに「大丈夫だよ」と声をかけて歩く。今日は久しぶりに「ロイ王子のお菓子店」コーナーにクッキーを置く。楽しみで仕方ない。食堂まで行くと、お菓子店コーナーは綺麗に掃除されていた。そして、山盛りのメモ。驚きすぎて手が震える。「早くクッキー置いてください」「孫が待ちきれないって言っています」「ロイ王子、ご無事ですか?」「ロイ王子のクッキーが食べたいです」優しい言葉が溢れていた。手に取りながら涙が落ちる。後ろからそっと抱きしめるディー。
「ロイは国の人気者だな」
優しい言葉に涙が止まらなくなる。リーベントでは死んでも病弱だから構わない、と言われて送り出されたのを思い出す。そんな僕をアドレアは受け入れてくれる。喜びで全身が震えた。
「よし、今日は無料サービスにする!」
「では、ご自由にどうぞ、とお渡しいたします」
「はい。皆さんへ感謝をお伝えください」
侍女に伝えておく。まだ接客は控えてくださいと医師から言われている。今日はとりあえず商品だけ置いて後を侍女にお願いしている。
「あ! やっぱりロイ王子殿下!」
「来ていらっしゃる~~」
「あぁ、良かったです。お元気になられて」
数名の使用人が息を切らせて駆け寄る。頬を染めて「お身体は?」「大丈夫ですか?」と声がかかる。くすぐったくて嬉しくて「ありがとうございます」と伝えてクッキーを渡した。心がホカホカする。ディーを見上げて、目を合わせて微笑み合う。嬉しい気持ちを分かち合えて幸せだ。
ディーと二人で居室に戻る途中、ちょっと甘えたくなった。ディーに抱き着いて「抱っこして」と囁いてみた。そっと僕に触れるだけのキスをしてお姫様抱っこ。ふわりと抱き上げられると安心感でほっとする。すり寄るように首にしがみつく。密着して満たされる。蕩けるような幸福感。ディーは良い匂いだ。抱き上げられると自分が猫になったような気分。夢中で安心する匂いにしがみついて、気が付いたら部屋のソファーだった。半分記憶が飛んでいる。
「あ、ごめん」
すぐにディーの膝から降りる。
「残念。可愛かったのに」
小さく笑うディー。恥ずかしくて顔をそむける。僕何しているのだろう。意識のない十日間から少しおかしい。
ドキドキ高鳴る心臓の音がディーに聞こえないように願った。
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