第643話 奇跡の代償(伍)

「王都との通信が回復し、王都民の無事が確認されたとのことです」

「通信用の魔導具が用いられたそうで、この復旧には〈トワイライト〉による協力と、ギルドとの連携が大きな役割を果たしたと関係者は話しています」

「また、星霊教会も独自に支援体制の構築を進めており――」


 落ち着いた口調で、ニュースキャスターが原稿を読み上げる。

 画面に映るのは、現地の映像。黒い構造体――通称〈孔〉が遠景で捉えられており、周囲にはギルドから派遣された調査班の姿と解析用の機材が並んでいる。

 撮影位置は王都周辺の監視塔。映像はやや粗く、中心部はノイズに覆われていて、構造体内部の様子までは判別できない。

 画面左上には【速報】の文字。

 テロップには、「王都民の無事確認」「通信回復」「星霊教会、代表団派遣」と順に表示されていく。


「王国政府も混乱収拾に向けて動いており、ギルドと連携を取りながら民衆の安全確保と情報発信の準備を進めているとのことです」


 画面には、ダンジョンの周辺に仮設のテントやプレハブが建てられ、物資が運び込まれる様子が映し出されていた。通信復旧により徐々に指示系統の整理が進んでいることが見て取れる。

 ここでスタジオの画面が切り替わり、ダンジョン災害研究の第一人者が解説席に映る。

 キャスターが問いかける。


「ここで一度、状況を振り返っておきたいと思うのですが、やはりこれはダンジョンが出現したと考えてよろしいのでしょうか?」

「はい、過去の事例から見てもダンジョンに王都が取り込まれたと考えて間違いないでしょう。魔力波形の推移、干渉抵抗値、空間の遮断特性も含め、過去の観測データとほぼ一致しています」


 グラフや映像を交えて、黒い構造体が間違いなくダンジョンであること専門家は解説する。


「現地からの報告ですと、隕石の衝突から王都を守るために〈楽園の主〉がダンジョンを出現させたという噂も流れているようですが」

「月面都市の一件もありますので、否定はできませんな。とはいえ、ダンジョンを出現させられるとなると、別の問題が――」


 キャスターが食い下がるように質問を続ける。


「神の奇跡だと讃える声もあるようですが」

「だとしてもです。もし〈楽園〉がダンジョンを自由に操作できるのだとすれば、過去のダンジョン事変も〝災害〟ではなく、〈楽園〉側の〝過失〟であった可能性が浮上します。そうなると、原因の究明と責任の所在が、国際的な問題に発展する恐れも出て来ます」


 コメントは慎重に抑えられていたが、意味は明確だった。

 報道の文言をなぞるように、画面下には「責任の所在」「過去災害との関連」といった字幕が並ぶ。


「現時点では、王都の復旧と人々の安否確認が最優先事項ですが、今後は〈楽園〉とダンジョン出現の因果関係についても整理が必要になるでしょう」


 スタジオの空気が静かに落ち着き、画面はまた現地の映像に切り替わる。

 その奥で、白い礼装を纏った使節団が建物の中に消えていく姿が再び流れた。


「教会の代表使節団が王国政府との対話に向けて現地入りした模様です」


 静かに歩く一団の遠景。

 白いローブの主教らしき人物が、侍従に囲まれて建物へ入る姿がぼんやりと映る。

 その映像には、字幕がこう添えられていた。


「支援の輪、広がる」


 報道はその一文で、現地の動きを締めくくった。



  ◆



 戒厳令が敷かれ、国内の移動が制限される中、教会の使節団は王命を受けて対応に当たった貴族の案内で、予定通りに西の街に到着していた。

 石畳の通路に並ぶ白い衣装の一団。先頭に立つ主教は、顔を隠す深いフードをまとったまま、無言のまま進んでいた。

 迎賓館の入口前には、王国の兵士たちが整列している。

 形式的な迎え入れと、滞在場所の案内。対話は最小限。現状ではまだ、王都への立ち入りと謁見の許可は下りていない。理由は、危険だから。王都は現在ダンジョンに取り込まれている状況で、せめて安全なルートが確保できるまでは、西の街で待機をお願いしたいというのが王国側の主張だった。

 そう言われては、使節団も黙って従うしかない。王国を困らせるのが目的ではなく、あくまで救済と支援が訪問の目的だからだ。

 控え室に通された主教は、椅子に座ることなく、窓辺に立っていた。

 目元まで覆われたローブが、静かに光を受ける。

 室内は無音。周囲の使節団員も、主教の指示を待っている様子だった。

 主教の補佐を務める司祭の男性が、使節団員に向かって小さく声を出す。


「王都の民は、不安と焦燥に駆られています。信仰の柱だった教会が沈黙した今、心の依りどころを見失っている者も少なくありません」


 団員たちは短く頷く。

 先遣隊として王国に入った自分たちが為すべき使命を理解しているのだろう。


「こういう時だからこそ、人々に寄り添い、祈りと支援を届けるべきなのです。教会は、そういう存在であるはずです」


 答えはない。主教は振り返らない。

 ただ、窓の向こうに広がる外縁の黒い構造体を見つめていた。

 その沈黙の中、主教――白の貴婦人は密かに思いを馳せる。


(……ようやく、お目通りできるのですね。我等がよ)


 その呟きは言葉にはならない。ローブの奥で、貴婦人の瞳が僅かに伏せられた。

 ゆるやかに、確実に、新たな舞台ステージへと状況は移り変わっていく。

 別の場所――東京、秋葉原。

 遠い異国の街で、その報道を見つめている者たちがいた。



  ◆



 東京・秋葉原。

 ホテルが統合された複合型商業施設の最上階に位置する〈トワイライト〉のスイートルーム。深夜の街を照らすネオンが、硝子越しに揺れていた。

 調度品は高級感に満ち、深い色味のカーテンと木製の家具が落ち着いた空気を醸している。

 その静けさの中――テレビの音だけが部屋に響いていた。


『星霊教会、支援使節団到着』

『西の街に滞在。王国政府と接触』

『祈りと支援、求められる信仰の柱』


 字幕が滑る。

 映像には白い礼装を纏った使節団が整列し、迎賓館に入っていく様子が映っていた。

 ソファに身体を預ける小柄な女性が、画面を眺めながら息を吐く。

 その姿は、まるで少女。

 だが、見慣れた者なら誰もが知っていた。

 彼女は〈奇跡の女王〉の二つ名を持つ、イギリスの現女王である。


「また、始めたのね。あの女……」


 青い髪が窓から差す光に揺れる。

 どこか呆れた口調で、テレビを見ながら独り言を呟く女王。


「支援の輪ね。まったく、手回しが良いことね」


 隣に控えるのは、〈円卓〉の騎士――クリステル。

 騎士としての礼装を整え、女王との距離を保ちながら、テレビの音量を下げる。


「この様子ですと、事前に準備を整えていた可能性が高いですね。まるで、はじめから結果が分かっていたかのように――これが、噂の〈白の貴婦人〉――いえ、〈白の盟主〉ですか」

「ええ、私の時もそうだったわ。勝手に英雄に仕立てられ、信仰に利用されて……王室にとっても都合が良かったから黙っていたけど、あの女のやり口は昔からこうなのよね」


 呆れと諦め。そして、微かな憤り。

 利用したのはお互い様と思う一方で、白の貴婦人のことが気に食わない――いや、苦手なのだろう。

 それは女王の態度からも、ひしひしと伝わって来る。


「美麗字句を並べ立てて、人々の歓心を買う。あの女の得意技よ」

「楽園に通用するとは思えませんが……」

「楽園には通じなくとも、騙される人間はいる。どっちを信じるかは、受け取り手次第だもの」


 真実など、問題ではない。

 なにを語り、誰を信じるかは――情報を受け取る側の問題だからだ。

 それを、女王は身をもって知っていた。


「あの女がどんな筋書きを描こうと、私たちの為すべきことに変わりは無いわ。それに――」


 女王はティーカップをソーサーに戻し、ゆっくりと立ち上がる。


「奇跡が見たいのなら、彼が見せてくれるわ」


 窓越しに遠くを見ながら、淡く笑う女王。その笑みの奥には、確かな確信があった。

 自分の時とは違う。彼が――〈楽園の主〉が、あの女の思い通りに動くはずがないと分かっているからだ。

 テレビでは支援活動の進展が続報として流れていた。

 画面は再び、教会の使節団が滞在しているという西の街へと切り替わる。


「そんなことよりも、あなたたちの団長とは、まだ連絡が取れないの?」

「はい……。仲間が〈トワイライト〉にも探りを入れてくれているのですが……」

「直接、彼に聞いてみた方が早いかもしれないわね」


 女王の言葉に、クリステルは僅かに姿勢を正す。

 団長の安否に揺れる彼女へ、女王は柔らかく微笑む。

 再会の日が近付いていることを、この時点で知る者はまだいなかった。

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