第445話 大剣と乙女心
「ここにもねえか……」
残念そうに肩を落としながら、店を後にする女性。
百九十センチを超える身長。服の上からでも分かる鍛え上げられた褐色の肉体。そして、風になびく赤い髪。〈
そんな彼女が浮遊都市のダンジョン街で露店巡りをしているのは、理由があってのことだった。
いまから三ヶ月ほど前のことだ。イギリスの首都ロンドンで、街中の魔導具が消失するという事件が起きた。いまだに原因は分かっていないが、その時に愛用していた装備一式を失ってしまったのだ。
騎士服に関しては〈円卓〉の支給品なので、まだいい。いや、オリヴィアが電卓を弾きながら頭を抱えていたので良くはないのだろうが、まだ金で解決する問題ではあるからだ。
しかし、ヴァレンチーナが愛用していたオリハルコンの大剣はそうはいかない代物だった。
オリハルコンは稀少素材だ。ミスリルよりも数が少なく、市場に出回ることは滅多にない。そのため、オリハルコンが欲しいのであれば、ダンジョンに潜って入手する以外に方法はない。
そして、これが一番厄介な問題なのだが、オリハルコンを武器や防具に加工できる職人が限られるのだ。
ましてや大剣を鍛えられる魔導具技師となると、片手の指で足りるほどしかいない。特級技師――生産職のSランクと呼ばれる職人に依頼するしか、オリハルコンの大剣を手に入れる方法はなかった。
しかし、こう言った職人に武器を造ってもらうにはギルドの紹介状が必要で、何年も順番を待つ必要があった。
そのため、こうして代わりになる武器がないかと、武器を置いている店を見て回っていると言う訳だ。
既にイギリス国内の生産クランや魔導具店は、すべて見て回った。それでも納得の行く武器が見つからず、ダンジョンの街なら掘り出しものが見つかるのではないと一縷の望みを託したと言う訳だ。
しかし、
「やっぱり見つからねえよな。〈トワイライト〉にも断られたって話だし……」
オリハルコンの大剣に代わる武器など、そう簡単に見つかるはずもなかった。
楽園の主に頼んでもらえないかとオリヴィアに相談したのだが、それも無理だったのだ。一応、〈トワイライト〉に掛け合ってはくれたようなのだが、にべもなく断られたらしい。
しかし、当然と言えば当然だった。
頼んで作ってもらえるのであれば、世界中から〈トワイライト〉に依頼が殺到している。〈楽園の主〉とは本来、イギリスの女王やアメリカの大統領ですら会いたいと思って会える相手ではないからだ。
なのに装備を作って欲しいなんて図々しい願いが叶うはずもない。可能性があるとすれば、オリヴィアがメイド服を譲り受けたように偶然と幸運に期待するしかなかった。
楽園の主は実力と才覚に秀でた者に、魔導具を与えていると噂話もあるからだ。
噂の根拠は〈戦乙女〉だろう。そのため、
「偶然ばったりと〈楽園の主〉と遭遇するなんてことねえかな」
ダンジョンで
噂話に縋るしかないくらい八方塞がりの状態にあるからだ。
「折角、ローズとクリステルに連れてきてもらったってのによ……」
レッドグレイヴの凋落とニュースにもなっている事件の捜査が終わっていないことから、いま〈円卓〉に所属する探索者たちはイギリスからの出国が制限されており、ヴァレンチーナも動けずにいた。
そんな時、偶然ローズとクリステルの会話を耳にしたのだ。
二人がオリヴィアに内緒でイギリス王室からの依頼を受け、代表理事に会うためにグリーンランドへ向かうと聞いて、黙っている代わりに自分も連れて行けと強引に迫ったのだ。
しかし、結局は無駄足だった。そのため、焦っていた。
「こうなったら、このまま月面都市へ向かうか? でも、〈
月面都市であれば、代わりの武器が見つかるかもしれないと考えるヴァレンチーナ。
しかし、〈
それでも、諦めきれないヴァレンチーナは――
「しゃあねえ。一旦、街に戻って二人と合流するか」
ダメ元でギルドの代表理事に直談判するのも悪くないと考え、ヌークに戻ることを決める。
来た道を戻ろうと踵を返した、その時だった。
「な、なんだ? 地震か?」
急に地面が揺れたのだ。
地震かと焦り、周囲を見渡すヴァレンチーナ。
すると、露店通りを抜けた先にある広場に探索者たちが集まっていた。
「おい、どうかしたのか?」
「レ、
「人の顔を見るなり、驚くんじゃねえよ。それより、さっきの揺れはなんだ? 地震か? それとも――」
探索者の肩を掴み、声をかけるヴァレンチーナ。
ただの地震なら、それでいい。しかし、ここはダンジョンの近くだ。
ヴァレンチーナの問いに探索者が答えようとした、その直後だった。
再び起きる地鳴り。
「なんだ。こりゃ……」
そして、目を瞠る。
「なんなんだよ。あの壁は……」
巨大な壁が突如、目の前に現れたからだ。
その壁は天に届かんほどの高さにまで成長し、景色を覆い隠してしまう。
「う、後ろもだと!?」
それも前だけではなかった。
後ろにも壁が出現し、広場にいる者たちを閉じ込めるように、巨大な壁が街を分断したのだ。
なにが起きているのか分からず、呆然と壁を見上げていると、
「すげえな。これが〈黄昏の錬金術師〉の力か……」
一人の探索者が漏らした言葉が、ヴァレンチーナの耳に入る。
再び目を瞠るヴァレンチーナ。
確かに聞こえた。黄昏の錬金術師と――
そう口にしたのを、ヴァレンチーナは聞き逃さなかった。
「おい、いま〈黄昏の錬金術師〉って言ったか!? それって〈楽園の主〉のことだよな!」
「あ、ああ……」
「来てるのか!? ここに〈楽園の主〉が!」
ヴァレンチーナの勢いに気圧され、コクコクと無言で頷く探索者。
思いもしなかった偶然。予想だにしなかった幸運にヴァレンチーナは歓喜する。
興奮を隠せないまま探索者を押し退け、走り出すヴァレンチーナ。
この機会を逃せば、もう二度とチャンスは巡ってこないかもしれない。
そう考え、魔力探知を使いながら〈楽園の主〉の姿を捜して走る。
そして、
「この壁の先に〈楽園の主〉が――」
大きな魔力を探知する。その魔力は壁の向こう――いや、壁の上から感じ取れた。
魔力探知は得意と言うほどでもないが、はっきりと感じ取れるほどの強大な魔力だ。
人間が放てる魔力ではない。この壁を登った先に〈楽園の主〉がいる。
そう確信したヴァレンチーナは覚悟を決めて、跳び上がった。
その大きな身体からは想像もつかない軽やかな動きで、壁を駆け上がる。
しかし、
「は?」
なにが起きたのか分からなかった。
頂上まで僅かと言ったところで、なにかに足を取られたかと思うと身体が宙を舞っていたのだ。
百メートル近い高さから、空中に投げ出されるヴァレンチーナ。
「くッ!」
全身で風を受けながら、襲い来る衝撃に備える。
頭を庇うように防御の姿勢を取り、目を瞑るヴァレンチーナ。
しかし、
「大丈夫か?」
いつまで経っても衝撃がやってくることはなかった。
空中で黒い外套を着た男に抱きかかえられていたからだ。
「え? は?」
それは、まさにお姫様抱っこの体勢だった。
夢にまで見た――いや、思わぬ状況に頭が混乱するヴァレンチーナ。
フードから覗き見える男の顔に、心音が高まるのを感じる。
「本当に大丈夫か? どこか怪我でもしているのなら――」
「は、はい! だ、大丈夫です! あ、あなた様は……」
高まる鼓動に耐えながら、ヴァレンチーナは慣れない敬語で男の名を尋ねる。
少し考えるような仕草を見せながらも男は――
「シーナ・トワイライトだ」
と、名乗るのであった。
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