第444話 女王のシナリオ
「そう、親書の件は引き受けてもらえたのね」
「ああ、ギルドの代表理事が〈楽園の主〉と
楽園とコンタクトを取るには〈トワイライト〉を通すしかない。ましてや〈楽園の主〉に接触するのは、アメリカでさえ不可能に等しかった。
打診するくらいは出来るが、これまで実現したことは一度もないからだ。
しかし、エミリアは少しも迷うことなく親書の件を引き受けた。と言うことは〈楽園の主〉と接触する手段を持っていると言うことだ。クリステルの狙いは、それを確かめることにあった。
普段のエミリアであれば、クリステルの狙いに気付いたかもしれない。
しかし、シェリル王女の件を先に聞いたことで判断を誤ったのだ。
「すべて女王陛下の仰ったとおりだった」
だが、エミリアがクリステルの思惑に気付けなかったのも無理もない。
この筋書きを描いた人物は他にいるからだ。
クリステルは与えられた役割を演じただけに過ぎなかった。
そして、それはローズも同じだった。
「それで、そちらは?」
「
思うところがあるらしく、ローズの表情が陰る。
自分たちが使者に選ばれた理由を察したからだ。
そう、二人に親書を託した人物こそ、この筋書きを用意した黒幕だった。
奇跡の女王――現在のイギリス女王だ。
「ヴァレンチーナは?」
「ダンジョン街よ。彼女なら日帰り出来る距離だしね。遅くとも明朝には戻るそうよ」
「一人で行かせたのか? あいつを一人にするのは……」
「勿論、止めたわよ? でも、あのバカが言うことを聞くと思う?」
ヴァレンチーナを止めなかったローズを咎めようとするも、そう言われるとクリステルも何も言えなかった。ヴァレンチーナが言ったくらいで止まる人間ではないと分かっているからだ。
ヴァレンチーナ。団長のクロエに次ぐ戦闘力を持った〈円卓〉の第三席だ。
そして、世界に数えるほどしかいない準S級の探索者でもある。しかし、脳みそまで筋肉が詰まっていると揶揄されるほどの戦闘バカで、頭で考えるよりも身体が先に動くタイプの人間だった。
「それに、ティナがいない方が計画も上手くいくでしょ?」
ティナと言うのは、ヴァレンチーナの愛称だ。
愛称で呼ぶほどローズはヴァレンチーナと仲が良いが、保護者と言う訳ではない。
止めろと言われても困ると言うのが、正直なところなのだろう。
それに――
「なるほど……それが、狙いと言うことか」
この件から遠ざけるためにヴァレンチーナを行かせたのだとクリステルは察する。
実のところ依頼を受けたのは二人で、ヴァレンチーナの同行は予定外のことだったからだ。
そのため、ヴァレンチーナは依頼の詳細を知らない。
それどころか、副長のオリヴィアにすら依頼のことを秘密にしていた。
「失敗する訳にいかないしね。この件が上手く行けば、〈円卓〉の処分は解除されるわ。そしたら、副長ちゃんを解放してあげられる」
この依頼を受ければ、現在〈円卓〉に対して行われている処分、賢人会による監視と出国制限を解くと女王が約束したからだ。
制限が解かれれば、クロエを追いかけることも可能となる。
オリヴィアを〈円卓〉から解放し、クロエのもとへ送り出すこと。
それが、ローズの願いだった。
クリステルもそんなローズの考えに同調し、この依頼を受けたのだ。
しかし、
「だが、オリヴィアは頑固だぞ? 勝手に依頼を受けたことを知れば、間違いなく機嫌を損ねる……。それに責任を投げ出して、団長のもとへ向かうような真似はしないだろう」
そう上手く事が運ぶとは、クリステルには思えなかった。
オリヴィアのことをよく知っているからだ。
伊達に学生時代からの付き合いではない。
「そんなの無理矢理、追いだせばいいじゃない」
そう言うローズにクリステルは呆れ、眉間にしわを寄せる。
考えがあるようで計画性がない。
こう言うところは、ヴァレンチーナのことを言えないと思ったからだ。
「オリヴィアの代わりはどうするつもりだ? クランの運営は、ほとんど彼女が一人でやっているようなものだ。これまではブラッドが補佐をしていたが、いまはいない。ヴァレンチーナには期待するだけ無駄だぞ?」
となれば、必然的に他のメンバーでクランを回す必要がある。日に日にやつれていくオリヴィアを見かねてローズの考えに同調したものの、オリヴィア抜きでクランが運営できるとクリステルには思えなかった。
組織運営の観点を見れば、他のメンバーが頼りなさすぎるからだ。
「あなたがいるじゃない」
「無理だ。少しくらいなら手伝えるが、オリヴィアと同じ働きを期待されても困る」
「それじゃあ、モニカとか?」
「モニカの〈解析〉を必要とする人々は多い。彼女をクランに縛り付ければ、ギルドや企業からの反発を招くことになるぞ? それにオリヴィアと同じ働きを彼女に期待するのも酷と言うものだ」
オリヴィアの組織運営能力は、並大抵のものではない。
それこそ〈
「それじゃあ、どうするのよ……」
「あれほど自信満々に依頼を引き受けたのだから、なにか案があるのかと思ったぞ?」
「ある訳ないでしょ。勢いよ、勢い」
「自信満々に言うな」
まったく……と呆れるクリステル。
とはいえ、このままオリヴィアに頼りきりと言う状況がよくないのも事実だ。
なにか対応を考えないといけないと、クリステルは頭を悩ませることになるのだった。
◆
ヘルムヴィーゲの話では、教え子たちは首都のホテルに滞在しているらしい。
そのため、四人を〈方舟〉に呼ぼうかと思っていたのだが、一日様子を見ることにした。
ホテルにチェックインしたばかりで、こっちに連れてくるのも可哀想だしな。
いまのところは切羽詰まった状況でもないので、一日くらいは休みをやっても良いだろう。
と言う訳で、俺の方はと言うと――
「思っていたよりも活気があるな」
今日一日、観光をすることにしたと言う訳だ。
首都ヌークの方ではなく、ダンジョンの周りにある街の方をだ。
以前は遺跡の方が目当てだったので見て回る時間がなかったことから、少し気になっていたのだ。
「前に来た時も思ったけど、建物の作りが随分と簡素だな」
「一度、
以前、利用したコンテナハウス以外にも建物があるにはあるのだが、随分と簡素なものだった。
簡素と言うか、素人が日曜大工で造ったような小屋が多い。一泊三十万円以上と聞いている宿も、これならコンテナハウスの方がマシではないかと思う頼りなさだ。
しかし、ヘルムヴィーゲの説明を聞き、納得が行く。
スタンピードが起きたらダンジョンの周りにある街なんて、モンスターに荒らされて壊滅するしな。壊されるなら前提で街を設計すると言うのは分からない話ではなかった。
「あの目立つ建物は?」
「〈
一際目立つ建物を見つけたので尋ねてみると〈
「ううん……」
「やはり、もう少し意匠をこらすべきだったでしょうか?」
逆だ。逆。
簡素な建物のなかに立派な建物が一つだけあると目立って仕方がない。
もう、これは〈
メイドたちのことだ。手を抜けなかったのだろうが――
「もう少しダンジョンから離れたところに街を造るとか、方法はあったんじゃないか?」
「遺跡調査のために米軍が作った基地を再利用したそうですから。他の場所は凍土に覆われていますし、集落を作るにしても重機を運び込むのは難しく条件に適した土地が他にありません。開拓するのが難しかったのではないかと」
そう言えば、そんな話を聞いた覚えがある気がする。
しかし、
所謂、城塞都市みたいにしてしまえば――いや、待てよ?
「試してみる価値はあるか」
「主様?」
最近覚えたばかりのスキルが頭に浮かぶ。
あれを上手く使えば
「この街の責任者のところまで、案内してくれるか?」
頭で練った構想を実現するため、ヘルムヴィーゲに街の責任者のもとまで案内を頼むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます