第443話 救いの手
日本でも女性に皇位継承権を与えることは度々議論されるが、イギリスでは幾度となく女王を輩出してきた歴史がある。これは文化や歴史的背景の違いが主な理由だが、現在の女王が即位したのは異例の出来事があったからだ。
ダンジョン――いまから三十五年前、突如として世界に出現した異界の門。この未曾有の大災害に当時、遺跡調査のメンバーとしてグリーンランドを訪れていたイギリスの王族が巻き込まれたのだ。
だが、その王族はダンジョンから奇跡的な生還を果たすことになる。そして、奇跡の力を得たことで多くの人々を助け、ダンジョンを巡る欧州連合の対立にも介入し、ギルドに協力することで事態の沈静化を図った。
それが、準S級探索者にして〈奇跡の女王〉の異名で呼ばれる現女王であった。
最初に異例と言ったのは、王位継承権の順位から言えば彼女が女王に即位することは決してなかったからだ。
しかし、イギリスには〈賢人会〉と呼ばれる組織が存在する。国家を裏から支え、歴史の陰で暗躍してきた組織。日本で言うところの〈暁月〉や〈天谷〉に相当する者たちだ。
ダンジョン事変から目まぐるしく移り変わる時代の流れに適応するため、イギリスも変革を求められた。その結果、実力と実績から国民の支持を得ていた〈奇跡の女王〉が選出されたと言う訳だ。
その後、イギリスでは王位継承権を持つ者は積極的にダンジョンへ挑み、力を得ることが求められるようになった。だからシェリル王女も十六歳の誕生日を迎えた日、スキルを得るためにダンジョンへ挑んだのだ。
「もしかして、凄い人?」
「凄いなんてものじゃないわよ。欧州だとギルドの代表理事と同じくらいの超有名人よ」
なんで知らないのよと明日葉に呆れる朱理。
ローズのことを知っている癖に、探索者であれば常識とも言えることを知らないのだから呆れるのも無理はなかった。
そもそも〈奇跡の女王〉に関しては、教科書にも載っているくらいの有名人だからだ。
「Sランクではありませんが、規格外と称されている御方ですね」
「Sランクじゃないのに規格外なの?」
雫の話に首を傾げる明日葉。
規格外とはSランクの代名詞だ。なのに規格外と言われているのにSランクではないと聞き、明日葉は疑問を持ったのだろう。
「ギルドの代表理事と同じ理由です。能力だけを考えればSランク相当ですが、本人の戦闘能力は高くないそうです。高くないと言っても、Aランク相当はあるそうですが……」
チラリと夕陽を一瞥する雫を見て、なるほどと明日葉は納得する。
夕陽のスキルも規格外と言っていい。そこだけを見れば、Sランクに相当するレベルだ。しかし、国家戦力に例えられるほどの力があるかと言うと、そこまでとは言えなかった。
イギリスの女王も同じような力を持っているのだと納得したのだろう。
それだけに気になった。
「具体的にどんなスキルを持ってるの?」
「治癒だよ」
明日葉の問いに答えたのは、夕陽だ。
「……ヒーラーってこと?」
首を傾げる明日葉。
回復魔法を得意とするヒーラーは戦闘能力が低く、パーティーを組まなければダンジョンに潜ることが難しい。そのため、スキルを活かして病院などで働いている者も少なくなかった。
そのため、探索者をしているヒーラーと言うのは珍しく疑問に思ったのだろう。
規格外というイメージからは、程遠いスキルだからだ。
「回復魔法って、どのくらいの効果があるか知ってるよね?」
「熟練の探索者で、中級回復薬くらいだっけ?」
「うん。大体そんなものだね。でも〈奇跡の女王〉の癒やしの力は、手足の欠損を治すことも可能らしいよ」
「え……それって……」
霊薬と同じ効果を持つと聞いて、驚く明日葉。
確かにそれなら規格外と呼ばれるのも頷けると思ったからだ。
「治癒力が高すぎて老化も止まっているらしくて〈不老の女王〉とも言われているらしいよ。でも、
「ああ、だから……」
ローズの相談に繋がるのかと、夕陽の話に明日葉は納得する。
夕陽がローズから持ちかけれた相談。それは万能薬の調合だった。
黄昏の薬神と呼ばれる夕陽であれば、万能薬を調合できるのではないかと考えたのだろう。
確かに夕陽は万能薬を持っていた。
霊薬ほど成功率が高い訳ではないが、最近ようやく万能薬を調合できるようになったのだ。
しかし、
「でも、タイミングが悪かったね」
いまは魔法薬のストックを切らせていた。
大森林で霊薬も、万能薬も、すべて使い切ってしまったのだ。
出し惜しみしていれば死んでいたかもしれないので、こればかりは仕方がない。
「王女様が病気なんだよね? なんとかしてあげられないの?」
「うーん。私も助けてあげたいと思うけど、素材が足りないんだよね」
明日葉の言うように、助けてあげたいと言う気持ちは夕陽にもある。
しかし、それが出来ない理由があった。
万能薬は〈世界樹の実〉以外にも稀少な素材を幾つも使用する。
その上、いまの夕陽では確実に調合が成功するとは言えない代物だった。
世界樹の実が必要なことも考えれば、もう直接〈楽園の主〉に相談した方がいいと思えるくらいだ。
だからローズの相談にも即答できなかったのだ。
「先生に頼めば素材を分けてもらえるとは思うけど……」
「やめておいた方がいいわね。自分たちで使う分ならともかく、相手は王族でしょ?」
朱理は首を横に振り、否定的な意見を口にする。
王女の命に関わることなら、もう〈トワイライト〉には接触しているはずだ。
その上で夕陽に相談したと言うことは、交渉が上手く行かなかったと考えるのが自然だった。
だとすれば、もうこれは国と国の話だ。
自分たちが介入するレベルを超えていると、朱理は言いたいのだろう。
「そうね。責任が持てないのであれば、手を貸すべきではないと思うわ」
雫も朱理と同意見だった。
天谷の家に生まれたからこそ、こう言った時に個人の感情だけで動くのは危険だと分かっているのだろう。
しかし、
「でも、それで死んじゃったら寝覚めが悪いよね?」
覚悟の決まった表情でそう話す夕陽に、やっぱりと朱理は溜め息を吐く。
こうなる予感がしていたからだ。
「その結果、もっと大変なことになってもいいの?」
霊薬だけでなく万能薬まで調合できると噂になれば〈黄昏の薬神〉の価値は更に跳ね上がる。現状でも大変なことになっていると言うのに、これまで以上に面倒臭いことになりかねない。
それでも――
「私の我が儘だから、みんなまで付き合う必要はないよ」
困っている人をみんな助けられると考えるほど、夕陽は傲慢ではない。しかし、自分の手が届く範囲であれば手を差し伸べたい。自分がそうしてもらったように、自分のような人を助けられる探索者になりたい。
なにがあっても、その信念だけは曲げないと夕陽は決めていた。
そうでなければ、〈黄昏の錬金術師〉の弟子だと胸を張れないからだ。
「夕陽がそう決めたなら付き合うよ」
明日葉の言葉に迷いはなかった。
最初から夕陽ならそう言うと分かっていたからだ。
大人の事情とか、国がどうとか、難しいことは分からない。
しかし、困っている人がいて、助けたいと親友が言っているのなら反対する理由はない。楽しいことも、面倒なことも、みんなで分かち合えば良いだけの話だ。それが、明日葉の答えだった。
「そこまで覚悟が決まっているのなら、私から言うことはないわ」
仕方がないと言った表情で、苦笑する雫。
ダメだとは言えなかった。甘い考えだとは思うが、その甘さに救われたのは雫も同じだからだ。シェリル王女だけダメだとは言えない。
だから、いざとなれば姉に頭を下げようと思う。
天谷の力を使ってでも、仲間は守って見せる。それが、雫の覚悟だった。
そんな仲間たちを見て、
「はあ……分かったわよ。好きになさい」
「いいの?」
「ここまで来たら一蓮托生よ。それに
溜め息を漏らしながらも、朱理も覚悟を決めるのだった。
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