第439話 アトラス
仮想世界から帰って来ないのは、レミルだけではないらしい。
姿が見えないと思ったら〈
博士と言うのは白衣を纏った金髪褐色の美女で、この〈方舟〉のシステムに組み込まれた管制人格のことだ。謂わば
ちゃんとした名前? 知らん。〈博士〉は〈博士〉だろう。
そもそも本人は第三のヘルメスのコピーだと言っているが、記憶を継承しているだけで〈博士〉は〈博士〉の人格がある訳だしな。第三のヘルメスがどういう性格だったかは知らないが、俺は第三のヘルメスと〈博士〉を同一人物だとは思っていなかった。
だから〈博士〉と呼んでいる訳だ。
「〈方舟〉に残されていたデータと〈博士〉の
ヘイズの話によると試みは上手くいったそうだ。
その結果、〈方舟〉は転移前の状態にまで復元されたそうだが、実験が終わって〈博士〉を呼んでも返事がなくレミルも目覚めなかったらしい。
仮想世界でなにかあったと考えるのが自然なのだろうが、レミルだしな。
遊びに夢中で実験が終わったことに気付いていないだけとか、普通にありそうだ。
ただ、そうすると〈博士〉がなぜ応答しないのかと言った疑問が残る。
「外から中の様子は確認できないのか?」
「出来なくはないけど……見て貰った方が早いかな」
そう言って、空間に映像を投影するヘイズ。
無数のモニターが展開され、海や山と言った風景が映し出される。
よく見ると、街もあって人間や動物の姿も確認できる。
「これが仮想世界か。よく出来ているな」
「ん……ここまで再現されるとは思っていなかった」
ヘイズ曰く、人間や生き物まで再現するつもりはなかったそうだ。
恐らく〈博士〉の記憶を元に再現したからだろう。そうすると、この世界の人間はオリジナルではなく記憶から生み出された
「だから二人の位置を探れない……」
しょんぼりと肩を落とすヘイズ。
ああ、そう言うことか。記憶を元に再現された世界と言っても、それは異世界と言っても過言ではないからな。広大な世界から特定の二人を捜し出すと言うのは無茶な話だ。それに、これだけ多くの生命体がいると魔力探知で探るのも骨が折れる。
しかし、レミルなら目立つ行動を取っていそうなものだが――
「目立った動きもないのか?」
「ん……この世界のどこかにいるのは間違いないんだけど……」
それは確かに妙だ。
博士はともかく、レミルがじっとしていられるとは思えないからな。
だとすれば――
「眠っている可能性が高いな」
「ん……私もそう思う」
寝ている可能性が高い。ヘイズも俺と同じ考えのようだ。
夢の中でも寝るとか呆れる限りだが、レミルはそう言うところがあるんだよな。
博士の方はよく分からないけど記憶を元に再現された世界と言うことは、ダンジョンによって滅ぼされる前の世界と考えて良いだろう。久し振りの里帰りでエンジョイしている可能性はありそうだ。
「なら、俺も仮想世界に――」
「それは……ダメ。主にやらせるくらいなら、私が行く」
レミルや〈博士〉と一緒にサボって帰って来ないとでも思われているのだろうか?
いや、これは違うな。サボり癖のあるヘイズのことだ。
自分がサボる口実が欲しいのだろう。だが、そうはいかない。
「言ってみただけだ。行くつもりはないから、ヘイズはこのまま監視を続けてくれ。だが、このままと言う訳にはいかないな」
「ん……だから困ってた。放って置いても、そのうち目覚めるとは思うけど……」
どうしたものかと二人で考える。
そうして考えること数分――四人の顔が頭に浮かぶのだった。
◆
「それじゃあ、行ってくる。なにかあったら連絡をくれ」
そう言って、オルタナに先導されながらヘルムヴィーゲと共に立ち去る椎名の後ろ姿をヘイズは見送る。
白の間に取り残されたヘイズは、緊張の糸を解きほぐすように息を吐く。
「主は……やっぱり、すべてを見抜いていた」
それが、ヘイズが冷や汗を滲ませるほど緊張していた理由だった。
楽園の主に誤魔化しや嘘は通用しない。それは分かっていたことだ。
ユミルにも注意された。
それでも、どうしても自分の力で成し遂げたかったのだ。
しかし、
「タイムリミットかな……」
主が仮想世界へ自ら赴くと言った時には正直焦った。
主ならレミルを目覚めさせることは可能だろう。しかし、それでは目的を達成することは出来ない。だから焦ったのだ。
しかし、あっさりと主は前言を翻した。
恐らく覚悟を試されたのだと、ヘイズは考える。
「レミルの力を使えば、仮想世界に撒いた〈
予期せぬ結果をもたらした。〈
嘗て〈
偶然なのかはヘイズにも分からない。しかし、悟ったのだ。
主はすべてを読み切った上で〈
だとすれば、いまのこの状況も主にとっては
「レミルは主の言ったとおり深い眠りについている。〈
レミルがそんなことを願うとは思えない。
だとすれば、恐らく干渉したのは〈博士〉だ。
故意なのか無意識なのかは分からないが、〈博士〉は願ったのだ。
ダンジョンによって滅ぼされた世界の復活を――
そして、その願いをレミルが叶えた。それが、いまのこの状況だ。
「でも、これだけのことが出来ると言うことは、既に精霊は生まれているはず……」
精霊の種から、新たな精霊が誕生しているはずだ。
恐らくイズンに匹敵。いや、それ以上の力を持つ大精霊が――
元々はレミルの力で現実世界に顕現させるつもりだったのだが、精霊は新たな世界を創造し、仮想世界の神となった。
世界樹の大精霊に代わる存在に――謂わば、人工的に造られた星霊のような存在だ。
もはや、ヘイズにどうこう出来る存在ではなくなっていた。
だが、このまま放置も出来ない。
「レミルの能力は夢を現実に反映させる力。だとすれば……」
記憶を元に再現された世界が、現実に反映される恐れがあるからだ。
レミルの能力が及ぶ範囲は島の中だけに限定されているが、既にその影響は現れ始めている。島を覆っていた凍土が溶け、気温が少しずつ上昇をはじめていた。
島の住人は島が空に浮かんだことが原因と考えているようだが、いずれ異変に気付くことになるだろう。いまは気候の変化だけだが、放って置けば地球上に存在しない植物が現れ、生き物――魔物が出現することが予想される。
そして、最終的に世界そのものが
夢が現実と混ざり合い、新たな世界が構築されるのだ。
それが、レミルの
死者を蘇らせ、失われた世界すら再構築する力。
夢を現実へと変える権能。まさに魔王の権能に相応しい規格外の力だ。
「月面都市の件から考えても、主の望みはきっと……」
世界を創造する実験。神のみに許された奇跡を実現すること。
それが、主の望みなのだとヘイズは察する。
「新たな世界の創造。それが、主の望みなら……」
今度こそ主の役に立って見せると、ヘイズは決意を胸に秘めるのだった。
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