第438話 変革の兆し
「日本とは全然ちがうわね」
そう話すのは朱理だ。
彼女が日本との違いを実感しているのは、街の景色にあった。
まずダンジョンをでたら、すぐ街の景色が広がっているなど日本では考えられない。日本はダンジョン周辺の土地が国有地になっており、ゲートを管理するギルドの施設以外は何もない荒野が広がっているからだ。
ゲート側の街の出入り口には高さ十メートルの防壁が建設中で、
月面都市でも、ゲートと街の間には距離がある。
なのに、ここ浮遊都市ではダンジョンを取り囲むように街が存在している。
「ここは探索者たちが造った仮の街ね」
「仮の街?」
「ええ、街からダンジョンまでの間には凍土が広がっていて、探索者の足でも数日かかるそうよ。だから、欧州の探索者は一度の遠征で何ヶ月も街に帰らないことが多いと聞くわ」
それで出来たのが、この探索者の街だと雫は説明する。
探索者の足でも数日かかる危険な場所にあるだけあって物価はバカみたいに高いが、ダンジョンの探索を終える度に街へ戻るよりも、ここに拠点を築いて探索を進めた方が効率的と言う訳だ。
「でも、それだと
「ええ、だから二年半前のスタンピードで壊滅的な被害を受けたと聞いているわ。でも、こうやって復興しているところを見ると、壊されることを前提としたものなのでしょうね」
Eランクの探索者でも魔力を持たない一般人と比べれば、比較にならないほどの力がある。そんな探索者たちの力を借りれば、重機を持ってこられないような場所でも開拓し、拠点を築くことは難しくない。実際、そうやって造られたダンジョンの街が中国にはある。
グリーンランドのギルドでも建設や土木工事などの
そんな雫の説明に感心した様子を見せる明日葉。
「一般人がいないから出来る方法だね」
探索者しかいない街だから出来る方法だと、夕陽は付け足す。
ダンジョンまでの道程が凍土で覆われているからこそ、一般の人は辿り着くことが出来ない。それが逆に、この街の強味になっているのだろう。一般人の犠牲者を気にする必要がないからだ。
むしろ、この街がモンスターの氾濫を食い止める防波堤の役割も果たしているのだと推察できた。
「でも、モンスターを倒さないとスキルは得られないよね? 一般の人には厳しい道程なら、探索者の資格をどうやって得るの?」
「そう言えば、そうだね」
「……そこまでは気にしていませんでした」
そこまでは考えていなかったのか、明日葉の問いに黙り込む夕陽と雫。
そこに――
「ギルドから
アクアマリンが割って入るように、四人の疑問に答える。
「ガイドですか? でも、案内人がいても道が険しいことに変わりはないような……」
「はい。ですから当然、脱落者もいます。通称〈
雫の問いに、そう言って微笑みながら答えるアクアマリン。
探索者を志す者の多くが脱落する試練。それが〈
しかし、
「この程度のことも乗り越えられないようでは、探索者としてやっていくのは難しいでしょう。皆様なら、そのことはよくご存じなのでは?」
モンスターに命を脅かされる訳ではない。道が少しばかり険しいと言うだけの話だ。
その程度で音を上げているようでは、ダンジョンを攻略するなど不可能。早々とダンジョンで命を落とすだけだろう。だからこそ、厳しい試練だとアクアマリンは思っていなかった。
それに欧州の探索者たちは、それを誇りにしている。他国の探索者を見下していると言う訳ではないが、〈
「確かに言われてみると、その通りかもしれないわね」
アクアマリンの話に納得する朱理。
夕陽、それに明日葉と雫も思うところがあるようで頷いている。
日本では探索者になろうと思えば誰でもなることが出来る。簡単な適性試験はあるが、重要なのはモンスターを殺すことが出来るかどうかだけだからだ。
しかし、そうやって探索者になっても、よくてDランク止まりだ。
ほとんどは上層で燻っているのが現状で、日本の探索者の質が低い理由にもなっていた。安全な場所で狩りを楽しんでいるだけで、危険に身を置く覚悟もなければ命を懸けると言った気概がないからだ。
「もっとも、これからどうなるかは分かりませんが……」
「え? それって……」
どういうことかと朱理が尋ねようとした、その時だった。
先頭を歩いていたアクアマリンの足が止まる。
目の前には、石造りの立派な建物があった。
周りの簡素な建物と比べて意匠も凝った神殿のような建物だ。
「ここは……」
「まだ一般公開されていない施設です。ベリル」
「はいはい。いま開けますよ」
後ろから、ひょっこりとベリルが顔をだし扉の前へと走って行く。
そして、赤い宝石のようなものをかざすと扉がゆっくりと開き始めた。
「皆様、なかへどうぞ」
アクアマリンに促され、建物の中へと案内される四人。
そこで四人は、この世界の常識を覆すものを体験することになるのだった。
◆
「ここが浮遊都市――グリーンランドの首都ヌークです」
扉を抜けると、そこには別の景色が広がっていた。
緑に溢れた平地。カラフルな屋根が目を引く建物。遠くには海も見える。
「ヌークって……まさか、一瞬で首都まで移動したのですか?」
空間転移は稀少スキルだが使用するには制約が多く、使えないスキルとして知れ渡っていた。スキルを使いこなせる探索者がほとんどいないためだ。
第一に魔力の消費量が多い。そのため、最大でも数キロ程度の転移が限界で、基本的には目に見える範囲の転移に限られる。更に転移を成功せるには転移先をはっきりとイメージすることが必要で、これが〈空間転移〉の難易度を引き上げていた。
人間の記憶など曖昧なもので、転移先の景色を寸分違わずイメージできる者など、ほとんどいないからだ。
そのため、転移の成功率を上げるにはイメージだけでなく空間の認識と座標の計算が必要となるのだが、少しでも座標がズレると地面や水の中に転移すると言った悲惨な事故を招くことになる。
だから〈空間転移〉は稀少スキルでありながら、ハズレスキルと言われているのだ。一部の例外を除いて、使いこなせるような人間がいないためだ。
なのに数百キロの道程を一瞬で転移したなどと聞かされれば、雫が驚くのも無理はない。
「空間転移を可能にする魔導具なんて……」
「正確には〈
アクアマリンは首を横に振り、雫の誤解を解く。
前者と後者では大きな違いがある。〈
「現在、島の主要都市に〈
「それって、凄いことじゃ……」
「そうでもありません。便利ではありますが、使用は島内に限られますので」
いまのところは……と小声で付け加えながら、驚く雫にアクアマリンは答える。
しかし、島内限定と言われても画期的なことに変わりは無かった。
街からの移動時間を大幅に短縮できるようになるだけでも、ダンジョンの探索効率は跳ね上がるはずだ。探索者たちの負担も減り、これからは探索者を目指す若者も増えるだろう。そうなれば、欧州全体の利益に繋がる。
それどころか、もしこの技術を他の場所でも活用できるようになれば、交通や物流に革命が起きることになる。これまで以上に各国は楽園の技術を欲し、依存するようになるだろう。
(まさか、そこまで考えて……)
楽園なら十分に考えられると、険しい表情を覗かせる雫。
そんな雫と違って――
「……三人は落ち着いているのね」
「私は経験済みだしね」
「先生、普通に〈空間転移〉を多用しているものね」
「〈
夕陽、朱理、明日葉の三人は落ち着いていた。
今更驚くようなことではないからだ。
そもそも明日葉の言うように既に〈
ダンジョンを経由する必要があるとはいえ、地球と月を行き来することも出来るのだから、島の中を転移するくらい驚くようなことではないと言われると、そのとおりではあった。
「そうね。今更よね……」
戸惑いと驚き。
頭に過った不安を拭い去るように、雫は反芻するのだった。
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