第436話 ノアの開発者
異文化交流を建て前に、ノルンの許可を貰って漫画コーナーを〈書庫〉に作ってみたのだが、これが意外と好評らしい。
「追加の本を?」
「うん。〈商会〉に頼もうと思って、王様の意見を聞かせてくれるかなって」
ノルンから追加の本が欲しいと相談されて、目を丸くする。
秋葉原で仕入れたお勧めの漫画を二千冊ほど置いてみたのだが、それでは足りなかったようだ。
まだ一週間しか経っていないと言うのに正直驚いた。
そこまで好評とは思っていなかったからだ。
「レギルからの通達もあって、みんな熱心に研究してたからね。〈狩人〉の子たちには、少女漫画が人気みたいけど」
なるほど、レギルが一枚噛んでいるのか。
俺の意図を察して、手を回してくれたのかもしれないな。
しかし、少女漫画か。俺自身、少女漫画については詳しくないと言うのも理由にあるが、朱理の祖父さんに譲ってもらった古い漫画やアニメのなかにも、それほど数がなかったんだよな。
「そっちは明日葉にでも訊いてくれるか?」
「アスハって、王様の生徒だよね?」
「ああ、こう言った本に詳しそうだしな。相談に乗ってくれるんじゃないかと思う」
「なるほど……あとで相談してみるよ」
現役の女子高生だしな。俺よりも良いアドバイスが貰えるだろう。
特に明日葉は、そう言うのに詳しそうな気がする。
ギャルぽい見た目だが、あれでオタクなところがあるからな。
古いアニメや漫画に興味があるみたいで、教え子たちのなかで一番趣味があうのが明日葉だった。
「ノルンは読んでみたのか?」
「うん。全部、目を通したよ」
さすがは司書長だと褒めるところなのだろうか?
漫画本とはいえ、二千冊もの本を一週間で読破するとは驚きだ。
「なかなか興味深かったよ。地球の歴史や文化を研究する上で、新しい視点を得られたしね。王様が漫画に目を付けた理由もよくわかるよ」
そう言うつもりではなかったのだが、楽しみ方は人それぞれだしな。
ノルンの場合、漫画から得られる知識や発想の方が気になるのだろう。
それなら――
「漫画だけじゃなくて、アニメも見てみるか?」
「あにめ?」
「分かり易く例えるなら、絵を動かして声を吹き込んだ映像作品だな」
「映画とは、また違うのかな? この世界の人間は面白いものを考えるね」
興味を持っているようなので、アニメも推してみる。
古いアニメは内容も分かり易いものが多いので、入門には丁度良いだろう。
俺おすすめの作品を幾つか見繕っておくか。
そうだ。良いこと思いついた。
「手の空いているメイドにも声をかけて鑑賞会でもするか」
俺がそう言うと〈書庫〉にいるメイドたちの視線が一斉に集まる。
このあと、一昼夜に及ぶ大規模なアニメ鑑賞会が催されることになるのだった。
◆
「このおすすめのザッハトルテを人数分もらえますか? 飲み物はコーヒーで。みんなはどうする?」
「アタシは、このドライアドの果実水にしようかな」
「私は紅茶にするわ。この〈庭園〉の特製ハーブティーを」
「では、私は緑茶をいただけますか?」
夕陽、明日葉、朱理、雫の順で各々好きな飲み物を注文する。
巨大な世界樹が見えるテラスで寛ぐ四人。
彼女たちがいるのは、楽園都市の商業区画にあるカフェだ。
「なにこれ、美味しい!」
「さっきレストランで食べたシーフードも絶品だったけど、これは凄いわね」
「ええ、こんなに美味しいケーキは初めて口にしました」
切り分けられたケーキを一口食べて、驚きの声を上げる明日葉、朱理、雫の三人。
ザッハトルテはオーストリアのウィーンを発祥とするチョコレートケーキで、濃厚なチョコレートにジャムの酸味がアクセントになっているのが特徴のケーキだ。
本来、杏のジャムが使われるのだが、楽園のケーキには〈庭園〉で栽培されたダンジョンの果物が使われていた。それも大森林でしか採取できない果物だ。
地球で注文すれば、間違いなく一ホールで七桁の値が付くほどの代物だった。
それが、
「ずっと、ここで暮らしてもいいかも……」
すべて無料で堪能できるのだ。
明日葉がずっとここに住みたいと言うのも、よく分かる。
しかし、
「でも、ここってダンジョンの〈深層〉なんだよね」
問題はそこだった。
夕陽の言うように、この城塞都市はダンジョンの〈深層〉にあるのだ。
しかも各国のゲートから街に辿り着くには、あの大森林を越える必要があった。
簡単に来られるような場所ではない。
「〈トワイライト〉に就職すれば、また来られるかもしれないけど……」
「前から気になってたんだけど〈トワイライト〉って、夕陽のお姉さん以外にも地球人っているの?」
「それほど多くはないけどいるみたいだよ。ただ、経営の中核はメイドさんたちが担っているし、AIを使っているみたいだけどね」
トワイライトは世界に名だたる大企業ではあるが、経営はすべて楽園のメイドたちが担っている。〈商会〉は楽園の部署のなかで、もっとも多くのメイドを抱えているが、それでも凡そ四百名ほどだ。
たったそれだけの人数で、アメリカだけでなくダンジョン加盟国すべてに拠点を置く企業を運営するには人手が足りない。そこで〈トワイライト〉は
「そう言えば、
そう言って、朱理が取り出したのは〈
携帯電話と便利なサポート機能を合わせもったもので一部機能を制限した一般向けの製品も出回っていて、モンスターの情報検索やマッピング機能なども備わっていることから探索者の必需品と呼ぶべきものになっていた。
この機能を十全に扱うために〈
「〈
「それって、いろんなところで使われてる奴だよね? 地下鉄とか、公共サービスなんかでも」
「それは〈
なにが違うのか分からず首を傾げる明日葉に、雫は補足を入れるように答える。
「すべてのAIの雛型となったものが〈
だから〈
雫の説明に感心しながらも、更に疑問を口にする明日葉。
「じゃあ、〈トワイライト〉にあるのが原型ってこと?」
「うん。オリジナルは〈トワイライト〉が回収して使ってるみたいだよ」
「回収? 〈トワイライト〉が開発したんじゃないの?」
「開発者は別にいるらしいよ。私たちが生まれる前、大きなニュースになってたそうだけど……あれ、なんて会社だったっけ?」
詳しくは知らないらしく、そこで夕陽も言葉に詰まる。
なにせ、四人が生まれる前の話だからだ。知らないのも無理はない。
だが、
「夕陽が言っているのは〈アトラス〉ね。〈トワイライト〉の前に〈
「そこが〈NOAH〉を開発したの?」
「いいえ、開発者は別にいるわ。なのに自分たちが開発したと偽っていたことが発覚して、世論からバッシングを受けたのよ。それで倒産にまで追い込まれて〈トワイライト〉に吸収されたって話よ」
「よく知ってるね。あかりん」
「クランに当時の記事のスクラップがあってね。目を引く事件だったから覚えてたのよ」
朱理は知っていた。
祖父が代表を務めるクランに、事件のことを記した資料が保管されていたからだ。
祖父は魔導具以外には興味を示さないため、どうして関係のない資料がクランの資料室に紛れていたのかは分からないが、それだけに朱理は事件のことをよく覚えていた。
それに開発者の名字が、お世話になっている人と同じだったからだ。
「このAIの凄いところは、開発から三十年以上が経過しているのに未だにオリジナルを超えるものが作られていないことにあるのよね。だから〈トワイライト〉でも現役で使われてるんだろうけど」
「ふーん、凄い人がいるもんだね。で、その開発者って、なんて言う人なの?」
「えっと、確か……」
明日葉の問いに「暁月椎名」と朱理は答えるのだった。
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