第435話 社会見学
メイドに案内されて夕陽、明日葉、朱理、雫の四人が部屋までやってきたのだが、
「少し顔付きが変わったか?」
女の子にする例えではないと思うが、逞しくなったように思う。
「お陰様で貴重な体験をさせて頂きましたので」
どことなく不機嫌そうに半目で睨みながら、そう話す朱理。
目つきが悪いのは前からだが、顔つきが精悍になったと言うか、瞳の奥に覇気のようなものを感じる。〈狩人〉の仕事についていって、実戦を経験することで一皮剥けたのかもしれないな。
良い
機会があれば、他の部署の仕事にも参加させてみるか。
錬金術を学ぶのであれば、〈庭園〉や〈工房〉の仕事も役に立つはずだ。知識を得るなら〈書庫〉の仕事もいい。〈商会〉でアルバイトをするのも良い経験になりそうだ。
今度、ユミルに相談しておくか。
学校もあるし、ロスヴァイセにも話を通しておく必要がありそうだ。
それよりも、まずは――
「お前たちを呼んだのは他でもない。はこぶ……浮遊都市に同行しないか?」
方舟と言いそうになったが、一般的には浮遊都市で通っているそうだからな。
こっちの方が分かり易いだろう。
「浮遊都市……それって、グリーンランドのことですよね?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「……私たちパスポートを持っていませんけど」
あ……夕陽の指摘で気付かされる。
そう言えば、普通はパスポートが必要だったか。自分がパスポートを使った記憶がないから失念していた。
でも、レギルに相談すれば、どうにかしてくれそうな気がする。それにグリーンランドなら飛行機など使わずともダンジョンを経由することで、一瞬で行って帰ってくることが出来るからな。
ちょっとした旅行のようなものだ。
「そこは問題ない。なんとかなるだろう」
「まあ、先生ならどうにかできるんでしょうけど……」
どうにかするのはレギルだけどな。
「でも、どうして急に浮遊都市へ?」
「ちょっとした用事があってな。それで、お前たちも一緒に行かないかと思って声をかけた訳だ。社会見学のようなものだと思ってくれ」
日本や月面都市以外のダンジョン都市を知っておくのも、良い経験になるだろう。
訓練ばかりでなく見識を広げるのも、彼女たちのためになると考えていた。
少し悩む素振りを見せる教え子たち。
突然、外国へ一緒に行こうと言われても戸惑うのは当然か。
「出発は明後日を予定しているから返事は明日聞かせてくれ」
なので考える時間をやる。
俺も別に嫌がる生徒を無理矢理連れて行こうとは思っていなかった。
浮遊都市に行くのが嫌なら嫌で――
「行かないなら、その時は〈狩人〉の仕事に夏休み一杯参加できるようにオルトリンデに頼んでおくから」
「行きます! 是非ご一緒させてください!」
狩人の仕事に参加させようと思っていたら、朱理から即答が返ってくるのだった。
◆
「あかりん……アレは格好悪いと思うよ」
先生の弟子になったことを後悔した?
と、煽る夕陽に対して「上等じゃない。このくらいで諦めると思ったら大間違いよ」と啖呵を切った後すぐに、椎名とのあのやり取りだ。〈狩人〉の訓練に参加するのが嫌で浮遊都市の方を選ぶなんて、格好悪いと明日葉が呆れるのも無理はなかった。
とはいえ、
「あの場合、仕方がないでしょ!? 地獄から命からがら生還したと思ったら、次の地獄を用意しているみたいなこと言われたら、誰だってあんな反応になるわよ!」
「言いたいことは分かるけどね……」
朱理の言い分にも一理あることを明日葉は認める。
椎名のお陰で強くなっている自覚はある。
しかし、命が幾つあっても足りないと言うのは同意だった。
そんななか、ふと考え込むような仕草を見せる雫が目に入り、明日葉は首を傾げながら尋ねる。
「しずりん、どうかしたの?」
「いえ……どうして、私たちを浮遊都市に誘ったのかと思って……」
「先生も言っていたように社会見学じゃないの?」
「それだけとは思えなくて……。大森林でのことは陛下もご存じのはずでしょ? なら、朱理さんの反応も予見できていたはずよ」
「ああ……実際、あかりんが釣られたしね」
「ぐ……」
なにも言い返せず、唸るだけの朱理。
思わず釣られてしまったが、自分でも迂闊だったとは反省しているのだろう。
しかし、それだけ大森林でのサバイバルがギリギリだったのだ。
「雫の言うとおりだと思うよ」
三人の話に割って入る夕陽。
雫の言うように、上手く話を誘導されたと考える方がしっくりと来る。
だとすれば、どうしても自分たちを連れて行きたい理由があるはずだと夕陽は考えていた。
「社会見学って、物は言いようだしね」
狩人の仕事も「職業体験に参加してみないか?」と椎名から誘われたのだ。
職業体験の域を越えた命懸けのサバイバルだったことを考えると、今回も社会見学の範疇に収まるとは夕陽には思えなかった。
「浮遊都市って、実際どんなところなの?」
浮遊都市がどういう場所なのか、夕陽に尋ねる明日葉。
雫と夕陽の懸念は理解できるが、大森林よりも危険な場所と言うことはないだろう。
そのため、浮遊都市がどう言った場所なのか、イメージが湧かなかったのだ。
「私も行ったことがある訳じゃないから詳しくはないけど、先生が魔法で島ごと浮かせたって言う話は聞いているわ」
「島を浮かせると言う時点で、先生が非常識なのは分かるけど……」
「島と言うより、グリーンランドは大陸に近いしね」
グリーンランドはオーストラリア大陸の凡そ三分の一の面積を持つ世界最大の島で、日本と比較しても凡そ六倍近い国土を誇る。オーストラリアが大陸として認められる国際的な基準となっているため、大陸として扱われていないが、それだけの面積を持つ巨大な島と言うことだ。
そんな島を空に浮かせたと言うのだから〈楽園の主〉がどれだけ非常識な力を持っているのかが分かる。
「浮遊都市と呼ばれるようになってからのことは知らないけど、グリーンランドについては少し知っているわ。元々はデンマークを宗主国とする自治領だったけど、ダンジョンの出現でいろいろとあってギルドの管理下に置かれたそうよ。欧州連合にとっては欠かすことの出来ないダンジョンで、島で生活する人たちのほとんどが探索者の資格を持っていると言う話よ。そう言う意味では、月面都市に近いわね」
雫が、浮遊都市――正確にはグリーンランドについて補足を入れる。
あくまで知識として識っていると言う程度のことだが、月面都市に近いと言うのは例えとして間違っていなかった。
グリーンランドは各国のダンジョンと違って、少し特殊な立場にあるからだ。
そのため、厳密には欧州連合のダンジョンとも言えない。
基本的には、どの国に対しても中立。あくまでギルドの管理下にあるためだ。
「いまは楽園の庇護下にあるから、楽園が宗主国みたいなものだけどね」
夕陽の言うように、いまグリーンランドの宗主国はどこかと問われると、誰もが〈
ギルドの管理下に置かれている状況は変わらないが、島を浮かせているのは〈楽園〉の力だ。即ち、楽園が島を守っているとも言える状況で、他の国が島の権利を主張すると言うこと自体、不可能な状況だった。
「うーん、なら安全ってこと?」
「治安はそこまで悪くないと思うわ。でも、探索者の街だしね」
ギルドが管理している以上、治安が極端に悪いと言うことはないだろう。
しかし、ダンジョン都市と言う時点で、安全かと問われると微妙だった。
「だけど、夕陽はダンジョンよりも危険なことが待ち受けていると思っているんだよね?」
「危険と言うか、厄介事がありそうな予感がしてるんだよね。社会見学って、たぶんそう言う意味じゃないかなって……。これまでの先生の行動を振り返って、なにもないってみんなは言い切れる?」
夕陽の問いに誰一人として否定できないのであった。
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