第431話 迷宮の指輪
ユミルに渡した指輪は〈
何度でも使えて同時に五人まで転移できる便利な魔導具なのだが、三つしか用意することが出来なかったのだ。そこで一個は自分用に、もう一つは楽園のメイドたちを統括するユミルに渡しておこうと考えた。これが、屋敷に戻った理由の一つだ。
最後の一つについては、レギルに預けておこうかと思っている。
商会の仕事で地球と楽園を行き来して、彼女が一番忙しく奔走しているからな。
少しでも仕事が楽になるようにと考えてのことだ。
「ご主人様、レギル様がお越しです。こちらへお通ししてもよろしいでしょうか?」
噂をすれば、なんとやらだ。レギルも帰ってきたらしい。
報告にやって来たメイドに、部屋へ通すようにと伝える。
すると、数秒と置かずメイドに案内されてレギルがやってきた。
波打つセミロングの銀髪に、胸元の開いた漆黒のドレス。レギルはメイド服よりも、ドレス姿でいることの方が多い。商会の長として、人と接することが多いからだ。
ビジネスは第一印象が大事。メイド服で商談と言うのも変な話だしな。
「主様、ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。さっきユミルとも挨拶したところだ」
「ユミルと? では、丁度良いタイミングだったようですね」
この感じからして、ユミルに用事でもあったのだろう。
楽園の運営なんかは、二人で情報交換や相談を行っているみたいだしな。
二人には本当に助けられている。ユミルとレギルがいなければ、国どころか都市の運営すら素人の俺に出来るはずもないからな。
「ユミルなら、まだ玉座の間にいるはずだ」
なので、二人の仕事の邪魔だけはしないように心掛けていた。
ぶっちゃけ踏ん反り返っているだけで、俺の仕事など微々たるものだしな。
主らしく振る舞うことが仕事だと言ったが、それくらいしか出来ることがないと言うのが本音にあった。
「その前に主様に相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
俺に相談?
レギルの方から、こんな話をしてくるのは珍しい。
「ああ、構わない」
全然、構うのだが、主らしく振る舞うことが俺の仕事だからな……。
彼女たちの期待を裏切ることは出来ない。
でも、商売のこととか相談されても、的確なアドバイスが出来る自信がない。
ましてや楽園の運営に関することなど相談されても、さっぱりだ。
できるだけ簡単な相談であって欲しいと願っていると――
「相談と言うのは、八重坂朝陽のことです」
朝陽のこと?
そう言えば、彼女は〈トワイライト〉所属の企業探索者だったな。
「後ほど本人の意志を確認することになりますが、彼女に土地を進呈したいと申し出がありました」
「……土地を?」
「はい。それで、主様の考えをお聞かせ願いたいのですが……」
俺の考えを聞くもなにも、決めるのは朝陽だろう?
貰える物なら貰っておいたらいいと思うのだが、なにか問題があるのだろうか?
土地……土地ねえ。あ、もしかすると前に住んでいた家の話だったりするのか?
朝陽が有名になりすぎて、連日マスコミが押し掛けてくるから引っ越すことになったんだよな。
その後のことは知らないので、住んでいた家が今どうなっているのかは知らないのだが、土地と言うのはその家のことなのかもしれない。いや、たぶん、きっとそうだ。話の流れから察するに土地の持ち主は別にいて、その人物が朝陽に土地を譲りたいと言ってきたのだろう。
良い話じゃないか。あれから三年近くも経っていることを考えれば、マスコミの熱も冷めている頃だろう。タワマンもいいが、やはり思い出の残る住み慣れた家が一番だろうしな。
「いいんじゃないか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、
朝陽は遠慮しがちなところがあるしな。
時には遠慮も必要だが、人の善意は素直に受け取って置くものだ。
でも、ポンッと土地を譲ってくれるなんて、太っ腹な人もいたものだ。
「あ、そうだ。レギル、手をだしてくれ」
「え……はい。こうでしょうか?」
黄金の蔵から取り出した指輪を、レギルの手のひらの上に置く。
ユミルに渡したものと同じ〈
彼女なら友好活用してくれるだろう。
「お前にこれを渡して置く」
「え……あ、あの……主様、これは?」
「その指輪には〈
「それは……凄いですね」
指輪を受け取りながら、レギルは驚いているような残念そうな複雑な表情を覗かせるのだった。
◆
「え……土地を私にですか?」
レギルの話を聞き、戸惑う様子を見せる朝陽。
突然、土地が貰えるなんて言われても困惑するのは無理もなかった。
「〈暁月〉と〈天谷〉のことは、あなたも知っているでしょう? その二家が、あなたに鳴神市の土地を譲りたいと申し出てきました」
「えっと……それって、どこの土地のことですか?」
「二家が所有する鳴神市の土地
「よ、四分の一!?」
街の四分の一が自分のものになると聞いて、驚きの声を上げる朝陽。
しかし、驚くような話でもなかった。ダンジョンが出現した当時、ダンジョン周辺の土地は国によって封鎖され、辺り一帯の住民は退去を余儀なくされた。その時、〈暁月〉と〈天谷〉が外国の介入を防ぐために住民から土地を買い取り、周辺の土地を押さえたのだ。
さすがにダンジョンのある場所は国有地となっているが、その周辺の土地はすべて〈暁月〉と〈天谷〉に押さえられていた。それがすべて朝陽のものになると言うことは、〈暁月〉と〈天谷〉が持つダンジョンの利権がほとんどそのまま朝陽に継承されると言うことを意味している。
「そ、そんなの貰えません!」
「そう言うと思っていたわ。でも、主様は『遠慮しないで貰っておけ』と仰った」
「陛下が……?」
楽園の主からの伝言と言うのは、もはや命令に近い。
そのことから、これは選択を委ねられているのではなく、ただの確認なのだと朝陽は察する。
だとすれば――
「私がSランクになったことと関係が?」
「ええ、あなたは〈
国が放って置くはずがない。そう言うことなのだと、朝陽は理解する。
ただ、本当に土地などいらないのだろう。
そんなものを貰っても持て余すだけだと理解しているからだ。
どうしていいか分からず思い悩む朝陽を見て、小さく溜め息を溢すと――
「安心なさい。あなたは頷いて、必要な書類にサインをするだけ。諸々の手続きや土地の管理は〈
レギルは安心させるように、そう口する。
パッと明るい表情を浮かべ、安堵の息を吐く朝陽。
そんな朝陽を見て、やれやれとレギルは心の中で嘆息する。
こうなることは最初から分かっていたのだろう。
それに――
(主様は
この展開も主の計画の内と言うことだ。
だから、これは朝陽のためと言うよりも、主のためと言うのが正しい。
(ユミルとも話をする必要があるわね)
主から貰った指輪に視線を落とすレギル。
主の考えをすべて理解できないまでも、少しでも役に立てるようにとレギルは思案を巡らせるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます