第428話 特区と特権
『遂に日本にもSランクが誕生したな!』
『ああ、これで他の国に大きな顔をされなくて済む。〈戦乙女〉バンザイ!』
『私は〈勇者〉様がSランクになると思ってたのに……』
『なに言ってるのよ! ツッキーに決まってるでしょ!?』
テレビや雑誌だけでなく、ネット上でも大きな賑わいを見せていた。
日本に六人目となる新たなSランクが誕生したのだ。この賑わいも無理もない。
若者たちが書き込んでいるのは、ダンジョンに関連した情報を取り扱うソーシャルネットワーキングサービス〈ダン街〉だ。ギルドと〈トワイライト〉が共同で運営するサービスで、ダンジョンに興味のある若者だけでなく現役の探索者も利用しているサービスだ。
みんな、それぞれ推しの探索者がいるようで、誰が一番だという話題で賑わっているが、やはり話題の中心にあるのは〈戦乙女〉八重坂朝陽のことだった。
『でもよ。喜んでばかりもいられないんじゃね?』
『どういうこと?』
『〈戦乙女〉は〈トワイライト〉所属の企業探索者だろ? なら、アメリカに引き抜かれてもおかしくないんじゃないかと思って』
『はあ? ありえないだろ。そんなこと』
『なんで、ありえないって言い切れるんだよ。世界に六人しかいないSランクだぞ? 自国に招き入れるためならアメリカも好条件をだしてくるだろうし、より条件の良い方になびくのは普通だろう?』
『いやいや、そんなの日本政府が許可しないだろう。大体、金になびいて日本を裏切るなんて世論が許さない』
『なんで許してもらう必要があるんだよ。相手はSランクだぞ? お前、ちゃんとSランクのことを理解してるか?』
と言ったように、それぞれの考えをぶつけ合い、議論がヒートアップしている
これまでSランクのいなかった国に、新たなSランクが誕生したのだ。Sランクがどういうものかと言うこと自体、理解していない国民も少なくない。こう言った議論が飛び交うのも無理はなかった。
それに探索支援庁がマスコミと結託して長年行ってきた世論操作の弊害だけでなく、国民性もあるのだろう。
日本は単一民族による国家だ。そのため、同族意識が強い傾向がある。
海外で活躍する日本人がいれば、日本人だと言うだけで持てはやし、まるで自分のことのように盛り上がる。仲間意識が強く情に厚いと言えばそうだが、現実に沿ったものとは言えなかった。
探索者はスポーツ選手ではない。常に死と隣り合わせの戦いに身を置く者たちだ。
一世紀以上、戦争の起きていない平和な国で生まれ育った人々には分からないのだろうが、探索者が報酬に拘るのは自分たちの命を対価にしているからだ。各国が高額な報酬だけでなく特権を与えてまで高ランクの探索者を囲い込むのは、そのことを理解しているからだった。
しかし、日本では探索者の報酬を高額だと罵ったり、彼等の力を危険だと騒ぎ立て
それでは国を捨てて、より良い条件の国に移籍してもおかしな話ではない。
「総理も苦労するわね」
掲示板の書き込みを見て、やれやれと言った表情で溜め息を漏らす夜見。
ギルドの力だけでなく〈トワイライト〉や賛同する企業や団体の協力を得て、テレビやネットを通して世論に働き掛けることで少しずつ国民の意識改善を行っているが、簡単には行かない難しさを痛感しているのだろう。
一度根付いた常識や価値観は、簡単に変えられるものではないからだ。
そう言う意味でも、ダンジョン特区の件は進めるべき話だと夜見は考えていた。
現状、こう言った価値観を持つ人々に理解を促すのは無理がある。強引に自分たちの考えを押しつけようとすれば、反発を招くだけだろう。だから日本そのものを変えるのではなく、国のなかに別の価値観・常識を持った異なる制度の街を造ってしまった方が早いと考えた訳だ。
ダンジョンの街と言われるだけあって、その下地が鳴神市にはあるからだ。
それに――
「いまを逃すと、本当に後がないだろうしね」
新たなSランクの誕生。ギルドマスターズトーナメントの開催。そして、楽園との異文化交流。風向きは日本に向いていると言ってもいい。
これだけ後押しする好材料が揃っていながら特区の設立を実現できないのであれば、日本はこの先もずっと変わることが出来ないだろう。世界に取り残され、緩やかに衰退していく未来しかない。だから、これが最初で最後のチャンスだと夜見は考えていた。
勿論、このまま流れに身を任せて静観するつもりなどない。
日本支部のギルドマスターとしてだけでなく、天谷の当主としても打てる手は打つつもりでいた。
そのために――
「ダンジョン特区ね。それで
東の天谷、西の暁月と古くから呼ばれ、この国を裏から支えてきた二家。
それが、夜見と真耶が生まれ育った家だった。
「日本の未来を左右する話だからね。
だから、そう言われると真耶もなにも言えなかった。
いまは〈迦具土〉に身を置いているとはいえ、暁月の役目は理解しているからだ。
それに、この話が日本の命運を左右すると言うことも理解していた。
特区の話が流れれば、恐らくギルドは日本から手を引く。そうなったら〈戦乙女〉は他国に引き抜かれ、〈トワイライト〉も日本から撤退する可能性がでてくる。日本にとっては最悪のシナリオと言っていい。
そんな状況で再び
「特区に協力するのは構わないわ。でも〈戦乙女〉をこの国に繋ぎ止めるには、それだけでは足りないわよ?」
ギルドが協力を確約しているとはいえ、それでも弱いと真耶は警鐘を鳴らす。
周りがどうこう言ったところで、最終的に決定権があるのは朝陽だ。
そして、Sランクを止めることなど誰にもできない。
それが出来るのであれば、彼等は規格外などと呼ばれてはいないからだ。
「そこは〈トワイライト〉が話を付けてくれるって話だよ。彼女は〈トワイライト〉に所属する企業探索者だからね」
国やギルドにも無理なことを普通なら一企業がどうにか出来るとは思わないが、〈トワイライト〉なら可能だと夜見は考えていた。
朝陽が〈トワイライト〉に所属する企業探索者だからと言う理由からではない。
それだけの力が〈トワイライト〉に――いや、その背後にいる国にあるからだ。
――
しかも、そのメイドたちの主に至っては、人間ではなく本物の神だと言う噂が広まっていた。
先日、月面都市のギルドから発表されたダンジョンの件が本当なら、〈楽園の主〉は神と讃えられるだけの力を所持していることになる。ダンジョンを創造できる存在など、人とは呼べないからだ。
「一つだけ聞かせて頂戴。〈楽園の主〉は本当に……神様なの?」
「〈
「代表理事の側近にして、ギルドを裏から操っていると噂される人物。この国に来ていることは聞いていたけど……」
シキが動くと言うことは、ギルドも本気と言うことだ。
即ち〈楽園の主〉をギルドが神と認めたと言うことに他ならない。
「神人ね……。でも、神であり、人でもあると言うのは救いかもしれないわね」
価値観の相違や宗教的な問題から〈楽園の主〉を神と認めない人々も当然いるだろう。しかし、神と見紛う力を持っていることだけは間違いない。そんな存在と力で渡り合おうとするのは愚かな話だ。
だから、必要なのは相手を知ることだと真耶は考えていた。
そうすれば、対話の余地も見えてくるからだ。
「いいわ。暁月は全面的に協力すると約束する。お母様……当主も反対はしないでしょう。でも、さっきも言ったけど、特区だけでは〈戦乙女〉を繋ぎ止めるのは弱いと思うわ」
「〈トワイライト〉の協力を得られてもかい?」
「それが問題なのよ。このままでは〈トワイライト〉に借りを作り過ぎてしまう。主導権はすべて〈トワイライト〉に――楽園に握られてしまうわ。それでは、この国のSランクとは言えないでしょ?」
それで朝陽を繋ぎ止めることが出来たとしても、日本のために力を振るってくれるとは思えない。
必要なのは、この国を守ってくれる存在だと真耶は考えていた。
各国もそのために、高ランクの探索者を好条件で囲い込んでいるのだ。
「無理矢理従わされるのと、自分から協力したいと思える関係を築くことのどちらが大切か、あなたなら分かるでしょ?」
だから〈トワイライト〉に頼り切るのではなく、日本としても朝陽との関係を構築する必要があると真耶は主張する。
そうしなければ、この国は楽園の同盟ではなく属国に成り下がってしまうからだ。
「言いたいことは理解できるけどね。それが出来ないから特区の話が持ち上がってるんじゃないか。他の国みたいに個人に特権を与えるなんて、いまの日本じゃ無理な話だよ」
特区の話以上に大きな反発を招くことは必至だ。
その辺りをどうするつもりなのかと尋ねる夜見に、
「千年続いた二家の古い体制を見直し、新体制を築くことを提案するわ」
「アンタ、まさか――」
「ええ、そのまさかよ」
千年かけて〈暁月〉と〈天谷〉が築き上げてきたものを見直し――
八重坂朝陽を
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