第427話 神の視点
「思ったよりも釣れたな」
二十メートル超えの
あとは大小様々な魚系のモンスターが百余りと、なかなかの大漁だった。
最初は苦戦していた朝陽も、途中から慣れたみたいで楽しんでいたように思う。
魔導船よりも巨大なクラーケンを釣ったのは彼女だ。
結局、俺の方は最初に釣った
「はあ、はあ……これって……訓練だったんですね。複数のスキルを発動しながら、モンスターの動きを読みつつ〈重力制御〉を行う。同時に体幹とバランスも鍛えられるよく考えられた訓練だと思います。油断をすれば海に引きずり込まれますから、危険な訓練ではありますけど……」
いや、普通にバカンスだけど?
随分と頑張っていると思ったら、訓練のつもりで全力をだしていたのか……。
遊びにも本気なのは構わないが、肩で息をするほど全力をだすとか、どれだけ真面目なんだと呆れる。
「それじゃあ、釣った獲物でバーベキューでもするか」
「あの……モンスターって倒したら消えるんじゃ?」
朝陽の言うようにモンスターは倒すと消える。
正確には、魔石と身体の一部を残して魔素へと分解されるのだが、
「海に生息するモンスターは、
これが、俺が海を選んだ理由だ。
正確には魚肉なのだが、これがなかなかの美味なんだよな。
ちなみに、海のモンスター以外にも食べられる部位がドロップするモンスターは存在する。例えば、霊薬の材料に使われる〈竜王の血〉だが、血液がそのまま素材としてドロップする訳ではない。
竜王の身体は魔素に分解されることなく、大部分がドロップ品として残る特徴があった。正確には放置してると魔素へと分解されるのだが、ダンジョンに吸収されるまでの時間が長いのだ。
だから、その間に回収すれば、余すこと無く素材にできると言う訳だ。
「そう言えば、クラーケンの足が消えずに残っていたような……」
随分と釣りに集中していたみたいだし、ドロップ品にまで気が回らなかったのだろう。
ちなみに釣った獲物は片っ端からスピカとカペラが輪切りにしていた。
モンスターの素材はテレジアが回収して、〈黄金の蔵〉に仕舞ってくれている。
「モンスターの素材と言うのは、情報集合体だからな」
「情報集合体?」
「モンスターの情報を記録した魔力結晶。
強い魔力が宿った部位が、ドロップ品とし残りやすいのだろう。
だから強力なモンスターほど、多くの素材をドロップする傾向にある。
上層では、魔石以外にたいした素材を得られないのは、それが原因だ。
まあ、天使や神獣と言った例外もいるのだが……。
こいつらは倒しても特定の素材しか落とさないことが分かっている。俺は幻獣種と呼んでいるが、基本的に魔石しかドロップしないアストラル系のモンスターと同じなのだろう。
天使や神獣は霊的存在に近いと言うことだ。
だから不死身に近い再生能力を備えている。再生と言うか、あれはもう〈復元〉だな。核を潰さない限りは、半身を失おうが数秒で元通りになるしな。
まあ、〈分解〉が通用する以上、俺からすれば格好の獲物でしかないのだが――
「
「言い方を変えるか。魔法薬は普通に飲んでるだろう? あれと同じだ」
「え……」
食べることも出来るが、基本的には魔法薬の材料に使われるものだしな。
薬の材料になるのだから、食材に使えない道理はない。
「魔法薬で怪我が治るのは、肉体に作用する魔法が液体に溶け込んでいるからだ。トロールの再生能力も紐解けばスキルの一種だからな。モンスターのドロップ品には、そう言ったスキルの情報が込められている。だけど、それそのものでは効力を発揮できないから、アイテムに加工する必要がある訳だ」
所謂、天然の魔法石だな。しかし、魔法石だけでは効力を発揮できないように、素材のままでは本来の力を引き出せない。だから魔法薬や魔導具に加工してやる必要があると言う訳だった。
朝陽は錬金術師じゃないしな。知らないのも無理はない。
「そういう仕組みだとは知りませんでした。なんだか、ゲームみたいですね」
悪くない例えだと思う。実際、魔法と言うものはプログラミングに近い。
以前、スキルは魔法を誰でも扱えるようにしたマクロやメソッドのようなものだと話したことがあると思う。魔法式がプログラミング言語で、スキルはそのプログラムを使って作られた
朝陽の言うように仕組みはゲームに近い。
スキルも、魔法も、そしてモンスターさえも――
すべてが
解析で情報を読み取り、分解でデータを紐解き、情報を再構築する。
それが〈
「ああ、この世界はゲームのようなものだ」
究極的には解析さえ出来てしまえば、世界さえも構築できてしまう。
それが恐らく錬金術の最終到達点だと、俺は考えるのだった。
◆
楽園の屋敷に用意してもらった客室のベッドで仰向けに寝そべりながら、昼間のことを朝陽は思い返していた。
――この世界はゲームのようなものだ。
何気なく口にした言葉から返ってきた〈楽園の主〉の言葉が、どうしても頭から離れなかったからだ。
「あれって、どういう意味なんだろう」
質問すれば、答えたもらえたかもしれない。
しかし、躊躇ってしまった。答えを聞くのが怖かったからだ。
この世界は現実だ。ゲームのはずがない。
でも、もしかすると――
「私たちがゲームの世界をゲームと認識しているように、陛下から見たこの世界もゲームの世界と同じなのだとすれば……」
以前からずっと疑問に思っていたことが、確信へと変わる。
楽園の主はこの世界の存在ではなく、別の世界。
それも上位の次元からやってきた神なのではないかという考えが――
神の視点を持つことが、なによりの証明となるからだ。
しかし、
「仮にそうだとしても、陛下が私たち姉妹の恩人であることに変わりはない」
絶望の淵から救い出してくれたのは〈楽園の主〉だ。
いま、こうして自分が生きているのも、妹の足が治ったことも〈楽園の主〉のお陰だと朝陽は感謝していた。
本当に〈楽園の主〉が神と呼ばれる存在なのだとしても、恩を受けたことに変わりはない。本当に辛い時に手を差し伸べてくれたのは他の誰でもない。〈楽園の主〉だけだった。
だから――
「この先、なにがあっても私は陛下を信じる」
その結果、世界を裏切ることになったとしても――
それが、自分に出来る唯一の恩返しだと信じて。
朝陽は密かに決意を胸にするのだった。
◆
テレジアは気配を消したまま、そっと客室の前から立ち去る。
「テレジア様。彼女のことは如何なさいますか?」
「問題ありません。すべて、ご主人様にお任せします」
物陰からかけられた声にテレジアがそう答えると、気配が消える。
自分たちの主のすることに間違いなどあるはずもないと頭では理解しているが、やはり気になるのだろうとテレジアは察する。
しかし、テレジアはそれほど心配していなかった。
椎名が朝陽を誘った理由。あんなこと口にした理由は察しがついているからだ。
(彼等と重ね合わせたのでしょうね。ご主人様はお優しい方ですから)
朝陽を過去の世界に残して来た教え子たちと重ね合わせたのだと、テレジアは考えていた。
そうでなければ、あのようなことを口にする必要はないからだ。
恐らくは、朝陽の覚悟を試したのだろう。
朝陽の選択によっては、遠ざけるつもりだったのかもしれない。
だとすれば――
「ご主人様が危惧されているのは、やはり……」
もう一度、あの
しかし、
封印が解けない限りは、地上に〈奈落〉のゲートが出現することはない。
「封印が解けることを危惧されている? だとすれば……」
考えられるのは、天使たちが攻めて来る可能性だ。
ガブリエルが復活していると言うことは、他の
「この楽園が攻め落とされるとは考え難いですが……」
万が一の可能性はある。
主の不安を取り除くためにも、備えは必要だ。
それに――
「ご主人様が不安に思われていると言うことは、
主を不安にさせている原因は、自分たちにあるとテレジアは考える。
現状に満足するのではなく、もっと強くなる必要がある。
主を不安にさせないくらい強く――
そのために出来ることを、テレジアは考えさせられるのであった。
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