第423話 先達の忠告
東京の郊外に位置する街――鳴神市。
探索者の街と呼ばれ、ダンジョンを中心に発展してきた街の中心部に、世界探索者協会・日本支部のビルがあった。
そのビルの最上階にあるギルドマスターの執務室で、シキはこの部屋の主――日本支部のギルドマスター
用件は今更説明するまでもなく、総理と都知事にも話したダンジョン特区の件だ。
「国や都との話し合いは上手く行ったみたいだね」
「はい、お陰様で」
ダンジョン特区が設けられると言うのは、前例がない話ではない。
一番有名なのは〈教団〉のホームでもあるエジプトのオアシス都市だが、ロシアのサンクトペテルブルクも実はダンジョン特区の一つだった。
Sランクの一人〈皇帝〉アレクサンドルによる支配が行われた街で、現在は表向きギルドの管理下にあるとされているが、実質的に楽園が街を支配している状況にある。
そして、忘れてはならないのがグリーンランドだろう。
元々、グリーンランドは独立した自治州だったのだが、生活に適さない過酷な環境と言うこともあって、経済的に嘗ての宗主国であったデンマークに依存していた。
それが、ダンジョンの出現によってデンマークと欧州連合の間で諍いが起き、戦争を回避するためにダンジョン特区としてギルドの管理下に置かれることになったのだ。
しかし、いま思えば、そのすべてに楽園が関与していたことが分かる。
(一体どこまでが、楽園の計画なのやら……)
にこやかな笑みを浮かべるシキを見て、本当にどこまでがギルドの思惑で〈楽園の主〉の手の平の上なのかと夜見は冷や汗を滲ませる。いや、或いはその両方こそが正解なのかもしれないと考えていた。
ロスヴァイセからも、シキの計画に協力するようにと言われているからだ。
恐らくギルドを間に挟むことで、楽園はこの街(鳴神市)もサンクトペテルブルクのように裏から支配するつもりでいるのだと察せられる。
現在〈浮遊都市〉と呼ばれているグリーンランドも、実質的に楽園の支配下に入ったと言って良い状況だ。
欧州連合は〈トワイライト〉との交渉でダンジョンから得られる利益を確保したことで、自分たちに有利な契約を結ばせたと考えているようだが、夜見から言わせれば甘かった。
確かに都市の開発は〈トワイライト〉が請け負うことになり、欧州連合の負担は一切無い。それでいて、これまでどおりにダンジョンから得た資源は自分たちのものとなるのだ。
代わりにグリーンランドの独立を約束させられたが、これまでもグリーンランドはどこの国の管理下にあった訳ではない。表向きは自治州として、独立を認められていたのだ。そのため、これまでとなにも変わらないという考えなのだろうが、目先の利益に目が眩んだ愚かな選択だと言うのが夜見の考えだった。
楽園の主が本当に人ではなく神であった場合、人の物差しで考えるのは間違いであるとしか言えない。そもそも物差しの尺度が違うからだ。
政治家たちもバカではない。当然十年、二十年先のことを考えて、それでも自分たちの方が得をすると考え、〈トワイライト〉との契約を結んだのだろう。
しかし、遥か古の時代から月は楽園の領土であると主張する相手だ。それが事実であった場合、〈楽園の主〉や楽園のメイドには寿命という概念すら存在しない可能性がある。
この先、百年どころか千年、一万年先にも――未来永劫〈
欧州連合も存続しているかは怪しいところだ。
アメリカのような大国でさえ、百年先のことは分からない。しかし、地上に根を張った楽園は影響力を拡大し続けていくことだろう。そうやって気付いた時には、この星は楽園に支配されているかもしれない。
だから――
(日本に出来ることは、楽園の同盟国として国を存続させることしかないね)
自分が為すべきことは、千年先の未来に繋げることだと夜見は考えていた。
国が残り続けさえすれば、同盟国として繁栄を続けられる可能性があるからだ。
「そこまで緊張なさらずとも心配は要りませんよ」
そんな夜見の考えを察したように、シキは声を掛ける。
実際、夜見がなにを懸念しているのかを察しての助言だった。
「楽園のメイドたちは注意が必要ですが、
三賢者の一人、セレスティアに長年仕えてきたからこそ、シキには分かるのだ。
神人と呼ばれる者が、どう言った存在かが――
神のようなものではなく、神として扱うべき存在。
だからこそ、こういう言葉が〈精霊の一族〉には伝えられている。
「崇め、奉り、願いを乞う存在」
「……それが、〈楽園の主〉だって言うのかい?」
「決して神人を利用しようとしてはならない」
「シンジン?」
「この国の言葉で言うなら……
現人神――と聞いて、腑に落ちたと言う表情で頷く夜見。
以前から〈楽園の主〉とは、神が人の姿でこの世に降臨した存在ではないかと考えていたからだ。
月に新たなダンジョンが出現した件で、更にその可能性は高まったと言っていい。
シーナ・トワイライトという名の神は聞いたことがないが、そもそも本物の神を誰も目にしたことがないのだ。ダンジョンの存在から考えても、そう言った名の神がいたとしても不思議ではないと夜見は考える。
もしかすると名前が現代に伝わっていないだけで、楽園が主張する古の時代に信仰されていた神かもしれないからだ。それが深い眠りから覚め、ダンジョンと共に現代に出現した。考えられない話ではなかった。
「先程の言葉は、私の一族に伝わる戒めの言葉です。『決して神人を利用しようとしてはならない。崇め、奉り、願いを乞うのだ』――これだけを守れば、人類にとって
破れば、災厄を招くことになる。これは忠告ではなく警告だった。
そうやって〈青き国〉と〈楽園〉は繁栄を享受してきた。戒めを破り、神人の怒りを買った国は滅んできた。
そのことを知っているから、シキは警告する。
こんな警告をするのは、人間の愚かさを理解しているからでもあった。
「この国がどちらを選択するかは分かりません。ですが、
それが、エミリアの意志なのだと夜見は受け取る。
今後ギルドがどういう風に動くつもりなのかを理解し、自分の置かれている立場に溜め息が溢れる。
確かにギルドマスターを引き受けたのは、この国の未来を憂いてのことだった。
それは天谷に生まれた者の責任と言うだけでなく、雫のためでもあったからだ。
しかし、まさか本当に国家の存亡に自分が関わることになるとは思っていもいなかったのだろう。
覚悟しているつもりで、まだ覚悟が足りていなかったのだと思い知らされる。
「今更ながら、ギルドマスターを引き受けたことを少し後悔してるよ」
「お気持ちはお察しします。しかし、諦めた方が楽になれるかと……」
「……なんか、経験があるみたいな台詞だね」
経験があるかのようなシキの話に、夜見は疑問を持つ。
まるで世界の危機を体験したことがあるかのような口振りに聞こえたからだ。
しかし、シキはセレスティアのことを思い出しながら、
「想像にお任せします」
そう言って苦笑を漏らし、夜見の質問をはぐらかすのだった。
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