第424話 釣りとバカンス

「付き合ってくれって、こういう意味だったんですね……」

「ん? なんだと思ったんだ?」

「な、なんでもありません! お気になさらないでください!」


 ほっとしたような残念そうな顔で肩を落とす朝陽を見て尋ねると、首を左右に振って誤魔化される。

 息抜きにへ誘ったのだが、思っていたのと違ったと言ったところかな?

 とはいえ、女性の喜びそうな場所とか分からないしな。

 希望を聞いても「陛下にお任せします!」の一点張りだったので、俺は悪くないと思う。


「ところで、この水着って……」

「メイドたちに用意させたんだが、気に入らなかったか?」

「い、いえ、そんなことはありません!」


 朝陽の着ている水着は〈商会〉で扱っているものらしく、メイドたちに用意させたものの一つだ。腰に白いパレオを巻いた明るい柑橘系の色合いのビキニで、ギャルぽい見た目の彼女にはよく似合っていた。

 メイドたちも、今日はメイド服ではなく水着を着用している。

 見た目は普通の水着だがダンジョンの素材で作られているそうで、見た目以上に丈夫らしい。この前はレストランの経営にまで手を広げていて驚かされたが、レギルの奴どこまで商売の手を広げるつもりなんだか……。

 ちなみに俺もハーフパンツタイプの水着を着用している。

 折角の海だと言うのに、俺だけ暑苦しいローブを着ているのも場が白けるしな。

 当然、素顔を晒すことになるので変装はしている。

 灰色の髪にアンバーの瞳。顔付きもメイドたちに少し寄せてはいるが、髪と瞳の色を変えたくらいで元の面影は残したままだ。

 以前グリムゲルデに手伝ってもらった変装だが、公の場ではこっちの姿で動くようにしていた。

 この顔の時はシーナ・トワイライトを名乗っておけば、暁月椎名が目立つことはないしな。我ながら名案だと思う。


「いまから、なにをされるんですか?」

「見て分からないか? 釣り・・だ。ほら、これはお前の分だ」


 そう言って、釣り竿を渡してやる。

 勿論、ただの釣り竿じゃない。本体には竜王からドロップした竜骨が使用されていて、糸にもミスリルが用いられている捕獲用・・・の魔導具だ。


「釣り、ですか……ダンジョンに海があることにも驚きましたが、この船って……」

「魔導船だな。〈深層〉を探索するなら、船くらいは用意しておいた方がいいぞ」

「普通はそんなもの用意できませんよ……」


 深層は下層までと違って広さが桁違いだからな。

 ユーラシア大陸くらいの広さがある上、海や島もあるのだ。

 昼夜もあるし、星空も見える。唯一ないのは四季くらいか。エリアごとに決まっているようで楽園の周囲は年中穏やかな気候だが、場所によっては年中吹雪いていたり、昼夜の寒暖差が五十度近い場所もあるので注意だ。


「まだ、海を見たことがなかったんだな」

「はい。大森林の攻略をようやくはじめたばかりなので……」


 楽園は大陸の中心部にあって、その周囲を取り囲むように森が広がっているのだが、それが大森林だ。いま、オルトリンデたちと教え子たちがキャンプしている場所だな。

 とにかく広大な森でモンスターがうじゃうじゃといることから危険な森なのだが、見返りも大きい。モンスターの素材以外にも、稀少な鉱石や薬草なんかがたくさん採れるからだ。

 だから探索者にとっても美味しい狩り場だった。

 一方で、


「海にでるには、反対側の山脈を越える必要があるからな」


 海にでるには、山を越える必要がある。

 森とは逆の方向に巨大な山脈が連なっていて、その山を越えないことには海を見ることは出来ないのだ。これは、どの国のゲートから〈深層〉へ突入しても同じ構造となっていた。

 なお、山を越えても、さっき話した寒暖差五十度を越える砂漠地帯があるからな。ここも乗り物なしで進むのは大変だ。

 なので、今回は〈空間転移・・・・〉を使った。

 レベルアップしたら新しいスキルを手に入れたと言う話をしたと思うが、そのスキルを使って〈迷宮転移ダンジョンテレポート〉を付与した新たな魔導具を開発してみたのだ。ダンジョンの中に限定されるが、一度行ったことのある場所に転移できると言うものだ。

 帰還の水晶リターンクリスタルを更に便利にしたものという認識で良いだろう。

 指輪型の魔導具で、五人までなら一緒に転移可能という代物だった。

 しかも、使い捨てでないのがメリットだ。


「先は長そうですね……」


 遠い目でそう話す朝陽。

 大変なことは否定しないが、それでも〈奈落アビス〉に比べたらマシだしな。

 モンスターが強いことは言うまでもないが、とにかく〈奈落〉は広大なのだ。

 いまだに全貌が掴めておらず、そもそも世界の果てが存在するのかも分かっていない。大気中の魔力濃度も非常に高く、魔力適性の低い一般人なら数秒と保たずに意識を失うだろう。

 そのことを考えると、まだ〈深層〉は住めば都と言える。

 実際、三十年以上ここで暮らしているが、不自由を感じたことはないしな。


「ご主人様。飲み物の用意が整いました。朝陽様もよろしければ、どうぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」 


 釣り竿をセットして、テレジアがいれてくれたトロピカルジュースを堪能する。

 しかし、あれだな。ちゃんとテレジアも水着を着てはいるが、頭のカチューシャはそのままだった。

 これが、プロ意識という奴なのだろう。


「今日は息抜きが目的だし、テレジアも俺たちのことは気にせず、のんびりしていいからな。それにスピカとカペラも――」


 テレジア以外にも、屋敷のメイドが二人ついてきていた。

 委員長と言う渾名が似合いそうな三つ編みのメイドがスピカ。

 左眼を前髪で隠したモデルのような体型をした短髪長身のメイドがカペラだ。

 星の名前を冠していることから分かるように、二人は〈工房〉のメイドだった。

 俺の身の回りの世話は当番制になっていて、彼女たちは普段ヘイズの下で働いていた。


「お気遣いは不要です。ご主人様に奉仕することこそ、私たちの望みなのですから」


 テレジアの言葉に同意するように、コクコクと頷くスピカとカペラ。

 テレジアはいつものことだが、楽園のメイドたちも相変わらずだった。

 俺の周りには、どうしてこう仕事中毒ワーカホリックが多いのか……。

 やはり根本的なところから解決していかないとダメだと痛感する。

 方舟で試してみから導入するつもりだったのだが、思い切って〈書庫〉にも漫画を置いてみるか。全員が興味を持つとは限らないが、漫画に嵌まるメイドもでてくるかもしれないしな。

 休日の過ごし方から意識改革しないといけないと言うのは面倒だが、そのくらいしないと休みを取ってくれそうにないしな。俺がなにも言わなければ、三百六十五日二十四時間一言も文句を言わずに働き続けるのが彼女たちだ。

 この先、地球との交流を進めていくのであれば、改善すべき問題だと考えていた。

 ブラック企業ならぬブラック国家だと思われるのは嫌だしな……。


「ところで、陛下。どんな魚が釣れるのですか?」

「ダンジョンだからな。モンスターだ」

「え……」


 ダンジョンなのだから、普通の魚などいるはずもない。

 海に生息しているのは、すべてモンスターだ。

 丁度良いタイミングで獲物が掛かったようで、竿が引いていた。


「よっと」


 竿の柄を握って、海中で暴れ回る獲物をリールで引き寄せる。

 身体ごと持って行かれそうな力だが、この竿は魔導具だ。 

 モンスターの捕縛用に作った〈妖精の鳥籠〉と言う魔導具があるのだが、この釣り竿にも〈捕獲〉のスキルが付与されていた。あとは〈重力制御〉を使ってバランスを取り、引き寄せてやれば――


「海蛇か」


 どんなに巨大な獲物でも釣り上げられるという寸法だ。

 全長二十メートルほどの大海蛇シーサーペントが海面に姿を現すと巨大な顎を開き、襲い掛かってくる。

 釣り上げられて怒っているみたいだが、


「モンスター如きが――」

「ご主様に無礼は許しません!」


 双剣を手にしたカペラと、スピカの円月輪チャクラムに輪切りにされるのだった。

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