第425話 大森林とサバイバル

 深層の森に激しい轟音が響く。

 森の中でモンスターを相手に大立ち回りをするパーティーの姿があった。

 八重坂夕陽、一文字朱理、久遠明日葉、天谷雫の四人。椎名の教え子たちだ。

 モンスターの注意を引きながら、森の中を疾走する明日葉、朱理、夕陽の三人。

 明日葉たちを追いかけているのは深層に生息する魔狼の上位種――デスハウンドの群れだ。

 深層のモンスターのなかでは下から数えた方が早い雑魚だが、それでも下層のモンスターに匹敵する戦闘力を持つ。群れで行動することから、Aランクの探索者でも油断のならないモンスターだった。

 そんななか、少し離れた場所で別のモンスターと死闘を演じる雫の姿があった。


「雷鳴一閃」


 鞘から神速の一撃を抜き放つ雫。

 刀から迸る雷光が木々を薙ぎ払い、モンスターを弾き飛ばす。

 しかし、


「浅い――」


 胸に傷を付けられ、弾き飛ばされながらもソレ・・は生きていた。

 赤黒い肌を持つ鬼。オーガ系モンスターの上位種、レッドオーガだ。

 咆吼を上げ、足音を響かせながら雫との間合いを詰めるレッドーオーガ。

 その巨大な腕を雫の頭上目掛けて振り下ろすも――


「残念。それは幻影ニセモノなんだよね」


 攻撃は宙を切る。

 レッドオーガが雫と思って攻撃したものは、明日葉の稀少スキル〈幻影使いファントム〉によって生み出された幻影だった。

 雫だけではない。三人に追いつき、襲い掛かるデスハウンドの群れ。

 しかしデスハウンドの牙と爪も届くことはなく、三人の姿は蜃気楼のように掻き消える。


「二人とも上出来よ」


 すべて、作戦どおり。デスハウンドとレッドオーガを同じ場所に誘導することが狙いだった。

 朱理が両腕を天高く掲げると、黒い雷雲が召喚される。

 雫と明日葉が敵の注意を引き、その間に溜めた魔力で一網打尽にする。

 それが――


「――裁きの雷霆ジャッジメント・ヴォルテクス」 


 このパーティーの必勝パターンだった。



  ◆



「さすがだね。三人とも」

「一番の功労者がよく言うわ」


 傍目から見れば、活躍しているのは朱理、明日葉、雫の三人だけに見える。

 しかし〈深層〉のモンスターと戦えているのは、夕陽のサポートのお陰だった。

 夕陽の〈魔女の大釜ウィッチーズコルドロン〉と〈魔力譲渡マナトランスファー〉によって魔力の消耗を気にすることなく全力で戦える上、〈魔力探知〉で把握したモンスターの位置を〈念話〉で共有しているからだ。

 そんな真似が出来るのは、夕陽以外にいない。その上、いざとなれば魔法薬や魔導具で戦闘のサポートも行えるのだから、このパーティーの要は夕陽と言っても過言ではなかった。

 そのため、


「やっぱり、あなたがリーダーをやった方がいいんじゃない?」


 パーティーのリーダーは夕陽が務めるべきだと、朱理は主張する。

 自分がリーダーに選ばれたことに納得していないからだ。

 そもそも、いまの朱理では最上級魔法を連続して発動することは難しい。一発使えば、魔力のほとんどを使い切ってしまうからだ。夕陽のサポートがなければ、戦闘で使用できるような魔法ではなかった。

 だから余計に思うのだろう。夕陽の方がリーダーに相応しいと――


「もう、その話は済んだよね? 民主的な方法で」

「……みんなで口裏を合わせただけでしょ?」

「それも民主主義だよ」


 多数決は立派な民主主義だと言われれば、なにも言い返せなかった。

 しかし、それでも納得の行かない表情を見せる朱理を見て、明日葉が口を挟む。


「あかりん、往生際が悪いよ」

「……幾らで買収されたのよ?」

「学食のスペシャルデリシャスランチ十食分?」


 スペシャルデリシャスランチは、ダンジョンの素材を使った一日限定五食の高級ランチだ。学外のレストランで食べれば最低でも数万円する料理を、たったの三千円で食べられるとあって人気のメニューだった。

 学生からすれば、それなりに高価な対価ではあるが、学食で売られたことに朱理はショックを受ける。


「本当に仲が良いわね」


 そんな三人のやり取りを見て、微笑む雫。

 どことなく羨ましそうに見えるのは、まだ自分から絡んでいけるほどパーティーに馴染めてはいないからだろう。

 夕陽たちの問題と言うよりは、雫の性格の問題だった。


「夕陽のお陰でなんとかなってるけど、先生スパルタ過ぎない?」


 三ヶ月後に日本で開催される大会。ギルドマスターズトーナメント――通称〈GMT〉の学生代表に選ばれたことから、大会に向けて強化合宿をすることになったのだが、スパルタが過ぎると明日葉は愚痴を溢す。

 椎名に相談をしたのは自分たちだが、まさか〈深層〉に連れて来られるとは思ってもいなかったからだ。

 下層を飛ばして、いきなり〈深層〉の森に連れて来られたのだ。〈深層〉で活躍しているパーティーなんて、世界でも数えるほどしかいないと言うのにだ。

 どうにかモンスターに対処できてはいるが、それも一戦一戦、全力をだしてギリギリと言った綱渡りの戦いが続いていた。決して余裕がある訳ではない。こんな気の抜けない状態が続けば、いずれ体力と気力は限界が来る。

 しかも、オルトリンデの話では一週間、森に籠もると聞かされていた。

 モンスターの徘徊する森で一週間もサバイバルを強要されれば、愚痴が溢れるのも無理はなかった。

 

「相談した相手が悪かったとしか……だって、下層まではチュートリアルだって言うような人だよ?」


 しかし、相談する相手が悪かったと、夕陽は諦めるように諭す。


「それにレミルちゃんと楽園都市エリシオンに寄ったついでに〈深層〉で素材の採取をよくしてたから、もう今更かなって……」


 もう、そういうものだと諦めてしまっているからだ。

 狩人の仕事と聞いた時点で、こうなることを察してもいたのだろう。

 実感の籠もった夕陽の言葉から、諦めるしかないと悟った明日葉の口からは溜め息が溢れる。

 それはそれとして、


「エリシオンって、月面都市のことだと思ってたんだけど……」

「そうよ。なんでダンジョンのなかに、あんな立派な城塞都市があるのよ?」


 もう一つ、疑問があった。

 揃って疑問を口にする明日葉と朱理。楽園都市・・・・のことだ。

 ファンタジーのような街並みが、ダンジョンのなかに広がっている光景は衝撃が大きかったのだろう。これまでは月面都市が〈月の楽園エリシオン〉のことだと思っていたからだ。


「やはり、あの城塞都市がエリシオンなのね」


 しかし、雫は違った。

 薄々と楽園の本拠地が他にあることに気付いていたからだ。


「雫は気付いていたの?」

「楽園の存在が公表されたのは二年半前だけど、月の魔女の話は二十年以上も昔から噂されていたでしょ? だから、本拠地は別にあるんじゃないかって……」


 夕陽の問いに、そう答える雫。

 言われて見れば、確かに納得の行く話だった。

 月面都市の完成式典が執り行われたのが二年前だ。なら、それまで〈楽園の主〉とメイドたちはどこで生活をしていたのかという疑問が浮かぶ。他に本拠地があると考えるのは自然だった。

 だから、もしかしたら――と言う予感はあったのだろう。

 実際、中国には上層と中層の間に探索者の街がある。そのため、楽園の本拠地がダンジョンのなかにあっても不思議ではないと考えていたのだ。

 とはいえ、まさか〈深層〉に街があるとまでは想像が及ばなかったのだが――


「先生、こんなところでよく暮らせるよね……」

「先生からすればダンジョンのモンスターなんて、どれも錬金術の素材・・でしかないからね。むしろ、錬金術の研究に最適な環境くらいにしか思ってないんじゃないかな?」


 夕陽の話を聞き、ありそうだと納得する明日葉。

 自分たちの先生の実力はよく知っているが故に、モンスターに苦戦するところを想像できなかったのだろう。


「あかりん、どうかしたの?」


 話に入って来ず、考え込むような仕草を見せる朱理を見て、首を傾げる明日葉。


「ダンジョンのことなんだけど、みんなはなんとも思わないの?」

「どういうこと?」

「ダンジョンのなかに街があると言うことは、楽園がダンジョンと共にこの世界に現れたという説は濃厚になるわ。そこに加えて、月面都市の一件。先生が……〈楽園の主〉がダンジョンを造ったのだとすれば、三十五年前のダンジョン事変のことで思うところがないのかなって」


 朱理がなにを気にしているのかを察して、ああ……と複雑な表情を見せる明日葉。

 凡そ十万人がダンジョンに呑み込まれ、その大半が帰らぬ人となった大災害。

 四人が生まれる前のこととはいえ、記憶が風化するほど大昔の話ではない。

 実際、朱理も祖父がダンジョンに呑み込まれながらも生還した帰還者だった。

 だから気になるのだろう。しかし、


「んー。なにも思うところがないと言えば嘘になるけど、楽園が認めたのって月面都市のダンジョンの件だけだよね? 三十五年前の災害については憶測の域をでない話だし……」

「そうね。それに関係があるのだとしても立証ができない以上は、悪魔の証明にしかならない。なにか事情があったのかもしれないし、憶測でものを言うのは良くないと思うわ」


 少なくとも現段階では、なんとも言えないと明日葉と雫は話す。

 楽園とダンジョンに関連があることは察せられるが、ダンジョンが出現した原因については、なにも分かっていないからだ。

 

「それじゃあ、先生に聞いてみる?」

「え……」


 夕陽からの提案に戸惑う朱理。それが出来ないから悩んでいたからだ。

 普通に考えれば、国家の重要機密のはずだ。

 幾ら先生と生徒と言う関係だからと言って、教えてもらえるとは思えない。

 しかし、


「なんとなく答えてくれそうな気がするんだよね」


 どこか確信めいた表情で、夕陽はそう答えるのだった。

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