第422話 ダンジョン特区

 東京都、新宿区にある都庁の庁舎。

 都知事の執務室で、都知事と握手を交わす巫女服の女性の姿があった。


「ようこそ、いらっしゃいました。〈影の支配者シャドウマスター〉様」


 エミリアの右腕として知られる探索者――シキだ。

 影の支配者シャドウマスターと言うのは、シキの二つ名だ。

 グリーンランドのギルドに引き籠もっているエミリアの代わりに動くことが多いことから、傍から見ればシキの方がギルドを裏から動かしているように見えるのだろう。そのため〈影使い〉の能力と合わせて、この二つ名で呼ばれるようになったと言う訳だ。

 しかし、


「どうかなさいましたか?」

「申し訳ありません。その呼び方は余り好きではないので……」


 シキはこの二つ名が好きではなかった。

 エミリアの名代として多くの権限を与えられてはいるが、ギルドのトップはエミリア以外にありえないと思っている。エミリアの意志に反するような行動を取るつもりはないからだ。


「これは失礼しました。では、シキ様とお呼びしても?」

「はい、天城・・都知事」


 シキと握手を交わす女性。白いスーツに身を包んだ彼女の名は、天城あまぎ風花ふうか

 東京都の都知事だ。


「シキ様。本日の用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

「先日、総理にお会いしてきました」

「……やはり、その件でしたか」


 一応、用向きを尋ねては見たもののシキの目的に気付いていたのだろう。

 この二ヶ月ほどシキが密かに政財界の人物と接触して、水面下で動いていたことを掴んでいたからだ。

 最初は自分と同じように〈楽園の主〉の情報を探っているのだと思っていた。

 しかし、いまなら前提が間違っていたのだと分かる。


「ギルドも……楽園と結託していたのですね」


 ギルドも楽園と結託していたのだと、風花は考えていた。

 ギルドの動きを警戒させることで、楽園の行動に目が行かないように動いていた。

 そう考えれば、一連の出来事はすべて繋がっていたのだと察せられるからだ。

 だが、一つだけ分からないことがあった。


「……いつからなのですか?」


 ギルドが創設されたのは、いまから二十五年前のことだ。

 当時、民衆の声に後押しされるカタチでダンジョンが開放され、スキルに覚醒した能力者を管理したい各国の思惑によって、探索者を管理するための組織――〈世界探索者協会〉通称ギルドが設立された。

 楽園から接触があったのは、その二年後だ。

 そのため、いつからギルドが楽園と関係を持っていたのか、疑問に思ったのだろう。


「最初から……いえ、ギルドができる前からエミリア様は予知・・されていました」


 目を瞠る風花。

 ギルドの代表理事、エミリア・コールフィールド。彼女が持つ〈星詠み〉の力は耳にしたことくらいはあるが、まさかそんなにも昔から楽園の存在を予知していたとは思ってもいなかったからだ。

 とはいえ、風花が驚くのも無理はなかった。エミリアの〈星詠み〉が未来を予知する神託のスキルだと言うのは知られているが、実際にどれほど先の未来を予知できるのかについては詳しく知られていないからだ。

 ギルドの最重要機密であることから〈星詠み〉について詳しく知る者は、ギルドの理事や各国の首脳クラスに限られていた。

 都知事に就任して僅か一年。政治の世界に足を踏み入れたばかりの風花では、まだ知り得ない情報と言うことだ。


「では、まさかギルドが設立された本当の理由は……」


 探索者の管理が目的だと考えていたが、ギルドの設立前から楽園の存在を把握していたのだとすれば、話は変わってくる。

 前例のない組織をゼロから起ち上げると言うのは簡単なことではない。しかも、ギルドは国家を跨ぐ巨大な国際組織だ。それを僅か一年足らずで組織の発足にまで話を持っていったのが、エミリア・コールフィールドであった。

 エミリアの〈星詠み〉の力を各国が意識しはじめたのが、この頃からだ。

 未来が視えているのであれば、最適な答えを導きだすのは不可能なことではない。ギルドという組織が僅か三十年足らずで国家を凌ぐ力を持ち、世界になくてはならない存在にまで成長したのは、エミリアのお陰だと考えられていた。

 実際、世界に六人しかいないSランクのうち二人が、エミリアが教え導いた生徒なのだ。これだけでも、エミリアの影響力がどれほど大きなものかが窺い知れるだろう。

 

「楽園と交渉を行うには各国が独自の判断で動くのではなく、足並みを揃える必要があるとエミリア様は考えられたのです」

「だから……そのためにギルドが設立された」

「はい。国家の思惑を超えた組織が必要でした。それでも調整が難航したことは言うまでもありませんが……」


 それは仕方がないと風花は考える。

 ギルドが崇高な理念を掲げようが、国には国の思惑があるからだ。

 だから各国の支部はギルドの管理下にありながらも、所属する国の影響を受けている。それは、日本の惨状を見れば分かるだろう。

 いまは探索支援庁が解体され、正常な運営に戻りつつあるとはいえ、国がギルドに自分たちの都合を押しつけると言ったことは程度の差はあれ、どの国でも行われていることだった。

 実際、風花はそれに嫌気が差して探索者を辞め、政治の道を志したのだ。

 二度と探索支援庁のような組織を生み出さないために、この国を変える必要があると考えたからだ。


「だから、このタイミングで総理に接触を図ったのですね」


 シキの話を聞き、このタイミングで接触を図ってきた理由を風花は察する。

 以前よりマシになったとはいえ、他の国と比べて日本の探索者の扱いは決して良いものとは言えない。

 世間の評価。税制。探索者を取り巻く法律や規制。

 どれを取っても命懸けの仕事に従事している者に対する敬意が感じられない。

 日本の探索者は社会そのものから冷遇を受けていると、風花は考えていた。

 だから、国民の意識を変える必要があると考えたのだ。

 探索支援庁が長い歳月をかけて国民の意識を誘導した結果とはいえ、マスコミの責任も大きい。そして、いまだにダンジョンの生み出す富に群がり、利権を貪ろうとする者たちが絶えない現状にも問題があった。

 そんな国が、楽園とまともに渡り合えると思えない。それどころか、他国との競争に打ち勝つことも難しいだろう。日本にSランクが生まれたことで連日ニュースは八重坂朝陽のことを報じているが、喜んでばかりもいられないと言うのが、この国の置かれている現状だ。

 Sランクが規格外と呼ばれているのは、彼等を法律で縛ることが出来ないからだ。

 災害にも例えられる存在。その力は大国の軍事力に匹敵、もしくは凌駕する。日本は核兵器にも勝る戦略兵器を手に入れたに等しい。そんな存在をどうやって自国に繋ぎ止めるのかが課題だった。

 探索者を取り巻く環境を変えることが出来なければ、朝陽を他国に引き抜かれたとしても文句は言えない。実際、朝陽は〈トワイライト〉に所属する探索者だ。そして〈トワイライト〉はアメリカに本社を置く会社だ。

 このままアメリカに引き抜かれる可能性だって、ない訳ではなかった。


「はい。八重坂朝陽を日本へ留める。そのために協力する用意がギルドにはあります」


 やはり、とシキの――ギルドの思惑を風花を理解する。

 いまの日本では、Sランクを留めることが出来ない。それだけの魅力がないからだ。

 それを為すのであれば、法の枠を超えた優遇措置を検討する必要がある。

 しかし、特定の個人を優遇するような制度は、いまの日本で実現は難しい。

 それを強硬すれば世論は納得しないし、国民の反発を招くだけだろう。

 だからギルドが間に入る提案をしているのだと察する。


「総理は、なんと?」

「前向きに検討すると、お言葉を頂きました」


 それしかないだろうと、シキの話に風花は納得する。

 となれば、自分に求められている役割を察するのは難しくなかった。


「……なにをお望みですか?」


 断れないと分かっていながら、風花は確認を取るようにシキに尋ねる。

 ギルドの目的。シキの狙い。それは――


「ギルドからの要請はただ一つです。新たな特区の設立」


 探索者の街――鳴神市をダンジョン特区・・・・・・・に指定することだった。

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