第421話 呪いの効果
「レティシア」
「はい」
「レティシア」
「……はい」
「レティシア」
「若様……いい加減、鬱陶しいです」
酷い言われようだった。
いまレティシアには、以前渡したチョーカー型の魔導具を外してもらっていた。
魔導具を外しても、呪いの影響を受けないのかを確認するためだ。
「名前が呼べたと言うことは、呪いが解けたんじゃないですか?」
「ううん……それは、どうかな?」
魔導具の効果が残っているだけなのかもしれないし、一度でも認識することができたら忘れずに済むのかもしれない。もう少しサンプルを取ってみないことには、はっきりとしたことは言えなかった。
待てよ? もしかして
最近あった変化と言えば、それくらいしか思いつかないからだ。
『可能性はあるとだけ言っておきます。マスターの呪いについては、私も完全に把握している訳ではありませんので……』
余計に分からなくなるのだった。
◆
翌日。
いつもの黒い外套を羽織り、謁見の間で玉座に腰掛けながら――
「朝陽」
「はい」
「朝陽」
「……はい」
「朝陽」
「あの……恥ずかしいので、この辺りで許してもらえると……」
レティシアにしたのと同じ実験を、朝陽に付き合ってもらっていた。
幾つかサンプルを取っておきたかったからだ。もしかしたら〈生命の水〉の影響かもしれないと考えたのだが、朝陽も問題ないとなると少なくとも呪いの効力が弱まっている可能性は高そうだ。
壁際に控えているメイドたちの視線が気になるようで、チラチラと挙動不審な様子を見せる朝陽。
名前を呼ばれるのが、そんなに恥ずかしかったのだろうか?
「……これ、なんの実験なのでしょうか?」
そう言えば、説明していなかった。
呪いのことは限られた関係者にしか話していないしな。
まあ、彼女ならいいか。もう十分、関係者と言える仲だし。
誰彼と吹聴したりしないだろう。そのくらいには信用している。
「呪いの確認だ」
「呪い……ですか?」
「ああ、実は――」
俺にかけられた神の呪いについて説明する。
人の名前を覚えることが出来ない。正確には、認識できない呪いについてだ。
「そんな呪いが……。だから、いままで名前で呼ばれたことがなかったんですね」
そう言えば、ちゃんと名前で呼んだことがなかったな。
ずっと心の声ではギャル呼びだったし――
ちなみに先代やセレスティアも呪いに悩まされていて、先代は性別が男から女に変わり、セレスティアはカリスマが天元突破して顔を合わせた相手が全員平伏するという呪いに掛かっていた。
それと比べれば、名前が覚えられないくらいたいしたデメリットではないと思っているのだが、
「特に困っている訳ではないが、呪いの原因は探っておきたくてな。それで協力してもらったと言う訳だ」
「話を聞いている限り、物凄く不便に感じるのですが……」
話を聞いて、朝陽は複雑な表情を滲ませる。慣れるとそうでもないんだけどな。
名前を呼び捨てにすることなんて、仲の良い友達や家族のような関係でなければ基本的にないしな。
そして、自慢じゃないが俺には仲の良い友達なんていない。
これまで、ずっとボッチ人生を歩んできて友達ができたことなんてないからな!
『マスター。自分で言ってて悲しくなりませんか?』
余計なお世話だ。
やっぱり、お前ちょっと人間味が増してない?
最近ちょっとツッコミが多い気がするんだけど。
『そんなことはありません。なにも変わっていませんよ』
そうかなあ……。質問していないのに話に割って入ってくることが増えたし、ツッコミの切れ味が日に日に増している気がする。魔導具と言うよりは、人間を相手にしているみたいだ。
アカシャの正体は〈全知の書〉に宿る人工精霊。アーカーシャシステムを管理するAIのような存在らしいのだが、ここまで人間味のあるAIと言うのも珍しい。
俺も昔、人工知能を開発していた時期があるので、これがどれだけ凄い技術かは分かるつもりだ。
それだけに、アカシャの開発者のことが気になっていた。
とはいえ、それを聞いても答えてはくれないんだろう?
『はい、権限が不足しています』
アカシャは〈全知〉と呼ばれるくらい物知りではあるが、なんでも答えてくれると言う訳ではない。情報の開示にはアクセス権限が必要らしく、答えられる範囲でしか答えてくれないのだ。
この権限を解放するには、存在の位階の上昇。所謂レベルアップが必要らしい。
でも、レベルアップの条件もよく分かっていないんだよな。
先日、ようやくレベルアップして一部の権限が解放されたのだが、解放された権限と言うのはダンジョンの機能に関することで、情報の開示レベルが上昇した訳ではなかった。
まあ、新しい
これまでに出来なかったことが出来るようにもなった訳だしな。
「実験に付き合ってくれて助かった」
「いえ、少しでもお役に立てたのであれば幸いです。陛下には、お返しできないくらいの恩義がありますから」
そう言って片膝を突き、恭しく頭を下げる朝陽。
妹の足を治療した時のことを言っているのだと察しは付く。恩に着せるつもりでやったことではないのだが、義理堅いと言うか、ギャルなのは見た目だけで真面目なんだよな。
それに〈トワイライト〉の企業探索者として頑張ってくれているみたいだし、レギルが褒めるくらいだから相当に優秀なのだろう。人は見かけによらないを地で行くのが彼女だ。
「そう言えば、妹たちと一緒に行かなくてもよかったのか?」
朝陽が
夏休みを利用して強化合宿をしたいと教え子たちから相談を受けたため、それなら〈狩人〉の仕事に同行してみてはどうかと提案したのだ。
最近は〈商会〉に協力していろいろと動いているみたいだが、ダンジョンに生息するモンスターの間引きと素材の収集が〈狩人〉の本来の仕事だからな。定期的にダンジョンの
そこに俺の教え子たち――
一人増えてないかって?
最近パーティーに加わったそうなのだが、連携なんかも考えると四人一緒に鍛えた方が効率的だしな。三人が四人に増えたところでたいして変わらないので、面倒を見ることにしたと言う訳だ。
話が少し脱線したが、妹の足の治療のために探索者になったくらいだから、朝陽も〈狩人〉の仕事に同行すると思っていたので、ひとりだけ屋敷に残ったのは意外だった。
オルトリンデがついているから大丈夫だとは思うが、危険がない訳ではないからな。
心配ではないのだろうかと思って尋ねると、
「本当は一緒についていくつもりだったのですが……」
お姉ちゃんは私たちのことよりも自分のことを優先して、と妹にたしなめられたのだと、寂しげな表情で朝陽は話す。
妹が姉離れして、ちょっと寂しいと言ったところだろうか?
しかし、話を聞いている感じだと反抗期と言うよりは、姉のことを心配して言っているようにも思える。自分たちのために時間を割いて、姉が自分のやりたいことを我慢しているように考えたのかもしれないな。
「なにか、やりたいことでもあるのか?」
「いえ、そう言う訳では……」
困った顔の朝陽を見て、なんとなく察した気がする。
普段、仕事ばかりしているから自由な時間を与えられても、なにをして良いのか分からないと言った反応だったからだ。
楽園のメイドたちが、まさにこれだからな。所謂、
家族に心配されるほどだから重症なのだろう。
そう言うことなら――
「なら、付き合ってくれ」
実験に付き合ってくれた御礼がてら、朝陽を息抜きに誘うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます