第十章 ダンジョン革命

第420話 お土産

 探索者学校が夏休みに入ったことと、月面都市での件が一段落・・・付いたことから、凡そ二ヶ月振りに楽園の屋敷へと帰ってきていた。

 と言うのも、総理に預けておいたマジックバッグが、つい先日ギルドを通して返却されたからだ。

 マジックバッグの中を確認してみると、料理以外にも新鮮な肉や魚。野菜なんかも用意してくれたみたいで、米や酒も産地別に様々なものが用意されていて、レティシア一人では到底、食べきれない量の食べ物がマジックバッグには詰められていた。

 恐らくは全国から特産品を募ってくれたのだろう。お酒の御礼にしては貰いすぎな気もするが、異文化交流を持ち掛けたのはこっちだしな。それで気を回してくれたのだろう。


「ご主人様……これは?」

「日本のお土産だ」


 なので、お裾分けする。

 テレジアに渡したマジックバッグには、総理が余分に入れてくれた特産品が入っていた。

 俺が持っていても調理なんて出来ないしな。

 屋敷のメイドたちなら上手く活用してくれるだろうと考えてのことだ。


「なるほど、そういうことでしたか。異文化交流の話は伺っております。その件ですね?」

「ああ、察しが良くて助かる」


 さすがはテレジアだ。

 詳しく説明せずとも、すべて察してくれるから助かる。

 あ、そう言えば――


「ユミルの姿がないようだけど、どうしたんだ?」


 いつもなら真っ先に出迎えてくれることから気になっていたのだ。

 ユミルが屋敷を留守にするなんて珍しいこともあるものだと思っていると、


「ユミル様でしたら〈方舟〉へいらしています。数日中にお戻りになるかと」


 テレジアから〈方舟〉に出張中だと聞かされる。

 そう言えば、ヘイズがレミルを連れていったみたいな話を聞いたな。

 ユミルまで一緒とは思っていなかったけど、なにかトラブルでもあったのだろうか?


「お急ぎでしたら、ユミル様に連絡をお取りしますが……」

「いや、そこまでしなくていい。しばらくは屋敷にいるつもりだから、ユミルが帰ってきたら直接聞くことにするよ」


 ヘイズには〈黒の原典クロノス〉の写本を渡していた。

 方舟のシステムを〈黒の原典クロノス〉の演算補助に使えないかと考え、その実験テストをヘイズに依頼したのだ。上手くいけば、〈時空間魔法〉のコントロールが可能になるのではないかと考えたためだ。

 もしかすると、その件かもしれない。ユミルから話を聞けば、はっきりとするだろう。

 それに近々〈方舟〉には顔をだすつもりだったしな。

 博士にも、お土産があるからだ。

 あ、お土産と言えば――


「レティシアがどこにいるか知らないか?」


 先に用事を済ませてしまおうと、レティシアの居場所を尋ねるのだった。



  ◆



 レティシアを尋ねて、楽園の地下にある研究施設へとやってきたのだが――


「なにやってるんだ?」

「あ、若様。見ての通り、聖気の訓練です」


 一糸纏わぬ姿の少女が黄金の液体が入った円筒形の水槽のなかに沈んでいた。

 よく見ると、液体に沈んでいるのは褐色美少女――クロエだった。

 しかし、


「……これが訓練?」

「はい。全身で星霊力を感じ取る訓練ですね」


 なるほど、だからここで訓練をしているのか。

 地下の研究施設には黄金の液体――〈生命の水〉を循環させているのだが、この〈生命の水〉と言うのは〈賢者の石〉から精製されたもので、星霊力そのものと言っていいものだ。

 賢者の石が〈星の力〉を結晶化したものだからな。

 だから溺れる心配はない。厳密には、水ではないからだ。

 

「いつから、クロエはこの状態なんだ?」

「もう、二ヶ月以上経ちますね」


 月面都市で別れてから、ずっとってことか。

 いまクロエの意識は〈生命の水〉に混ざり合い、〈星の海〉を漂っているはずだ。この訓練の狙いは星霊力をコントロールして、自力で眠りから目覚めることにあるのだろう。


「で? いつ頃、目覚めるんだ?」

「わかりません。歴代の勇者もこれと同じような訓練を受けてきましたが、数ヶ月で目覚める者もいれば、数十年目覚めなかった者もいるそうなので。本人次第ですね」


 数十年って……。そんなに寝てたら浦島太郎になりそうだ。

 余り時間が掛かるようなら、クロエの家族には事情を説明しておいた方が良さそうだな。

 そう言えば、家族はいないんだっけ?

 祖父がダンジョンで行方不明になり、母親も亡くなったと話していたしな。


「それで、若様。頼んであったものは、ちゃんと買ってきてくれました?」


 実は総理に丸投げした後、マジックバッグが届くまで忘れていたのだが、そのことは黙っておこう。

 忘れていたとか言ったら、絶対に面倒なことになるだろうしな。


「ああ、勿論。もうすぐお昼だし、たくさんあるからみんなで食事にするか」



  ◆



「悪かったな。急な思いつきで、こんな準備をさせて」

「いえ、お気になされるようなことではありません。それに料理の方は、既に準備を進めていましたから」


 まさか、先読みされているとは思っていなかった。さすがはテレジアだ。

 屋敷の中庭にセッティングされたテーブルの上には、日本から持ち帰った特産品を使った料理の数々が並んでいた。

 所謂、ビュッフェ形式の昼食会だ。これなら、いろんな料理を楽しめるしな。


「たくさんあるから皆も食べてくれ」


 遠慮せず、メイドたちにも食べるようにと促す。

 用意したのは俺ではなくメイドたちなのだが、こうでも言わないと給仕に徹して食べてくれないからな。

 

「いろいろとあって目移りします。若様のおすすめはありますか?」

「それじゃあ、いなり寿司をもらうかな」

「いなり寿司……キツネの好物と言う食べ物ですね。日本のキツネは人間社会に溶け込みながら、タヌキと覇権を争っているとか」


 また偏った知識を披露するレティシア。だが、待てよ?

 キツネやたぬきが人間に化けて人里で暮らしていると言うのは、昔話でよくある設定だが、この世界には魔法が存在する。もしかすると、なにか心当たりがあるのではないかと、


「人間に化けるモンスターに心当たりがあったりするのか?」

「若様も会っていますよね? 私が殺した熾天使ウリエルは冒険者でしたし、若様が殺した熾天使ガブリエルも元々は人間だったのでは?」

「ああ……そういう考え方もあるのか」


 レティシアに尋ねて見ると、そんな答えが返ってきた。

 俺のなかでは人間がモンスターに変化したという認識だったが、逆の考え方もあるのか。言われて見ると、確かにそうだ。

 だとすると、御伽話や伝承にも本当の話がまじっているのかもしれないと思えてくる。実際、〈方舟〉は異世界からこの世界へ転移してきた訳だしな。

 世界樹の魔力は〈方舟〉の機能維持に使われていたから、自然に魔物が発生するほどの魔力が世界中に満ちていたとは考え難いが、この世界に移住した異世界人は少なくとも魔法の知識があったはずだ。

 異世界人のやったことが神の奇跡や悪魔の仕業のように曲解されて、現代に伝わっているという可能性は十分に考えられる。不思議な力を持って生まれてきた人たちの話は、世界中に残されているしな。

 欧州で広まった〈魔女狩り〉なんかも、そのことが関係しているのかもしれない。


『マスターが仰るように、魔法が使われていた形跡は現代にも残っています』


 え?

 適当に言っただけなんだけど、そうなの?


場違いな工芸品オーパーツと呼ばれているものが、その名残の一つですね』


 魔導具ってことか?

 でも、それなら誰かが気付いていても不思議ではないのでは?


『魔力がなければ、魔導具は機能を発揮できませんから』


 ああ、そう言うことか。

 魔力がなければ、魔導具は使えない。アカシャの言うように魔導具は魔力がなければ、ただの置物だしな。

 それに地上だと、ダンジョンのなかと違って経年劣化は避けられない。

 出土したオーパーツのほとんどは、経年劣化で機能を停止していたのだろう。

 これまで騒がれなかったのは、それが理由か。

 だとすれば、オーパーツを集めてみるのも面白いかもしれないな。壊れていても〈復元〉を使えば、元の状態に戻すことは可能だ。なかには使える魔導具が眠っているかもしれない。


「そう言えば、若様。例の呪い・・は解けたんですか?」

「ん? どういうことだ?」

「いえ、クロエのことを名前で呼んでいたので」


 天使の素材を使った魔導具をプレゼントしたし、別におかしなことではないと思うのだが?

 魔導具を身に付けていれば、呪いの対象から外れることは確認済みだしな。


「クロエには、魔導具を渡しただろう?」

「いまのクロエは魔導具を身に付けていませんよ? もう二ヶ月以上あの状態ですけど、魔導具の効果って身に付けてなくても、そんなに長く続くものなんですか?」


 ……あれ?

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