第419話 最強の壁
選抜トーナメントの当日。
そんななか施設内にある控え室で――
「そうそう、今度は少し見上げる感じで。いい! いいよ、雫!」
「お、お姉様……もう、その辺で……」
パシャパシャと〈
興奮冷めやらぬ様子でポーズを指示し、メイド服の雫をカメラに収めていく。
その姿からは、とてもギルドマスターの威厳など感じ取れない。
それだけに――
「しずりんのお姉さんって、もっと怖い人かと思ってたけど面白い人だね」
思ったことが口から漏れる明日葉。
ちなみに雫のメイド服は、スミレ色を基調とした和装メイドと言った感じのデザインになっていた。
雫に似合うように明日葉がデザインしたものを、椎名が再現したものだ。
「しずりん!?」
明日葉の口にした雫の愛称に、食い入るように反応する夜見。
「渾名で呼び合う友達が雫に……まさか、こんな日が来るなんて……」
そして、涙を堪えるような仕草を見せる。
妹の前でしか見せない夜見の意外な姿に、なんとも言えない表情を見せる夕陽、朱理、明日葉の三人。とはいえ、このままでは話が進みそうにないと考え、朱理は話に割って入る。
「ギルドから審判が派遣されるとは聞いていましたが、ギルドマスターがいらっしゃるとは思っていませんでした」
「雫の晴れ舞台だよ? 見に来ないはずがないだろう?」
あ、はい……と思わず頷きそうになる朱理。
これ以上ないくらい説得力があったからだ。
とはいえ、さすがにそれだけが理由ではなかった。
「まあ、雫が出場してなくても覗きに来ることになってただろうけどね」
「それって……」
「大凡の察しはついてるんだろう?
夜見に答えを聞くまでもなく予想は出来ていたのだろう。
やっぱりと、納得した表情で溜め息を漏らす朱理。月面都市での戦いは情報統制が敷かれていると言う話だったが、少なくとも大手のクランや各国の政府機関には夕陽のことが知れ渡っていると予想が付いていたからだ。
「それでも、お偉いさんの大半は半信半疑ではあるみたいだけどね。だからこそ、注目を集めているってことでもあるんだが……」
夕陽の力が噂通りかを確かめるために、これだけの人が集まったのだと言われれば納得の行く話だった。
「総理もいらしているわよ」
面倒臭そうな表情を浮かべる朱理たちに、追い討ちをかけるように総理が来ていることを報せる夜見。
実のところ、日本の総理だけではなかった。
これから行われる試合には、他の国も注目しているからだ。
各国の大使や国外のクランの人間も来賓のなかに紛れていることを、夜見は把握していた。
「目的の一つ……と言うことは、他にもあるんですね?」
夜見の話から大凡の事情を察しながらも、夕陽は尋ねる。
予想できた展開ではあるが、それでも少し大袈裟に思えたからだ。
どれだけ注目を浴びていると言っても、所詮は学生の試合に過ぎない。それに、現状では半信半疑だと言ったのは夜見だ。そんな不確かな情報で、総理までもが学生の試合に足を運ぶとは思えなかった。
となれば、他にも理由があると考えるのが自然だ。
「さすがね。その顔は、もう察しがついているのでしょう?」
「はい。ロスヴァイセ先生は教えてくれませんでしたけど」
この質問は確認に過ぎなかった。夜見の言うように察しは付いていたからだ。
総理が学生の試合に足を運んだ理由。各国の政府が注目する理由。
そんなものは一つしかなかった。
◆
「やっぱり、お姉ちゃんだったんだね」
アリーナの中央で向かい合う姉妹の姿があった。
純白の装備に身を包んだ姉の姿を見て、深々と溜め息を漏らす夕陽。
ロスヴァイセは当日の楽しみにしておくようにと教えてくれなかったが、対戦相手の察しはついていたからだ。
六人目のSランク――〈戦乙女〉八重坂朝陽。
自分の姉が、実力を示すために用意されたエキシビジョンマッチの相手だと――
「私もこんなことになるとは思ってもいなかったわ。でも、ギルドマスターからの要請で断り切れなかったのよね」
「それって、月面都市の?」
「ええ、〈聖女〉シャミーナ。かなりのやり手だから、あなたたちも気を付けた方がいいわよ」
「うん、知ってる」
シャミーナが強いだけではなく、やり手であることは夕陽もよく理解していた。
自分たちのためにシャミーナとアイーシャが根回しを行い、骨を折ってくれたことを知っているからだ。
それが〈教団〉が神と崇める〈楽園の主〉のためであると言うことにも気付いていた。
だから――
「先生も見てるのかな?」
椎名もこの試合をどこかで見ているのではないかと夕陽は考えていた。
「たぶん、ね。今日のために特注の魔導具を用意したと言う話だし」
「特注の魔導具?」
「ヘイズ様のことは聞いていない?」
「そう言えば、レミルちゃんを連れて行ったって」
「学校に立ち寄ったのは、アリーナの改修が目的だったみたいね」
「改修? でも、それは先生が……」
探索者学校のアリーナは秋葉原のものと同様、アダマンタイトによる改修が行われていた。
なのに、どんな改良を更に加えたのかと、夕陽は疑問に思ったのだろう。
興味津々と言った様子で目を輝かせる妹に、呆れながら朝陽は答える。
「受けたダメージを魔力で肩代わりする結界を展開することが出来るそうよ」
驚く夕陽。目を瞠る朱理。
受けたダメージを魔力で肩代わりするスキル。
そんな効果を持ったスキルに覚えがあったからだ。
「それって、もしかして坂元の……」
「ええ、陛下が〈
そんなものを魔導具で再現するなど信じられないような話だが、〈楽園の主〉が用意したと言うのなら納得の行く話ではあった。
「これなら思う存分、戦えるだろうと言われたら断れなくてね」
先生なら言いそうだと、夕陽、朱理、明日葉の三人は納得する。
それは即ち、これまでは禁止されていた殺傷能力の高い攻撃も使用可能になったと言うことだ。
そのことから、朝陽が相手に選ばれた理由を察する。
これは魔導具の有用性を示すための
「お姉ちゃん、本気でやるつもりなんだね」
「ええ。わたし自身、あなたたちの力を確かめたいと思っていたから」
姉は本気でやるつもりなのだと、夕陽は察する。
八百長など出来る性格ではないと、姉のことをよく理解しているからだ。
「ごめん、みんな。私もお姉ちゃんと
すっかりとやる気になった夕陽を見て、やれやれと肩をすくめる朱理。
「まったく……あとが大変よ。それでもいいの?」
実力を示すことが目的なら
一般人は勿論のこと並の探索者では、本気をだそうがだすまいが夕陽たちの実力を正確に見抜くことは出来ないからだ。
むしろ、ここで本気をだす方が不要な注目を浴びる可能性が高い。
大会のことを考えれば、手の内を隠すのが利口なやり方だ。
それでも――
「うん。それでも、本気でやりたい」
「なら、私から言うことはないわ。でも、やるからには勝つつもりでやるわよ」
本気で戦いたいと話す夕陽に、朱理はニヤリと笑いながら答える。
Sランクを相手に勝ちを狙いに行く。普通なら冗談と受け止めるところだが、
「うん、勝とう。この四人で」
朱理は冗談を言わない。
本気で勝つつもりなのだと察した夕陽は仲間に声をかけ、戦闘態勢を取る。
夕陽、朱理、明日葉、雫。真剣な表情で構える四人を見て、朝陽は笑みを溢す。
四人の決意と覚悟を感じ取ったからだ。
だから――
「全力で挑んできなさい。そして、示して見せなさい」
最強の壁として、夕陽たちの前に立ち塞がるのだった。
後書き
これにて第九章は終幕です。後ほど近況ノートの方に総括を投稿予定です。
この章は主に夕陽たちにスポットを当てた話になっていたので主人公はおまけのような扱いでしたが、次章からはまた主人公の活躍(?)が見られると思うので、お楽しみに。
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