第418話 天仙
――ギルドが六人目のSランクを認定!
そんな見出しのニュースが全世界を駆け巡っていた。
「クク……俺が見込んだだけのことはあるな」
香港でも五ツ星に数えられる高級ホテル。その最上階にあるスイートルームで足を組み、ソファーに肩を預けるように腰掛け、大きなテレビを眺めながらクツクツと愉しげな笑みを浮かべる男がいた。
ボサボサとした癖の強い髪型に、赤いシャツと黒のジーンズ。一昔前の映画やドラマで見るような丸いサングラスをかけた前時代的な装いの彼の名は
「遂に
テレビでは新たなSランク八重坂朝陽の誕生を伝えるニュースが流れていた。
シュアンは朝陽のことを〈
だから、自分が目をかけていた探索者がSランクに認定されたことが嬉しいのだろう。
「よし、俺も日本へいくぞ」
「ダメです」
いますぐにでも日本へ飛んでいきそうなシュアンを引き留めるスーツ姿の女性。
長いポニーテールの黒髪に眼鏡。如何にも秘書ぽい装いをした彼女の名は
中国を代表するAランク探索者で〈
中国にはダンジョンのなかに探索者の街があって、国やギルドではなく八人の探索者が街を治めていた。それが中国を代表する八人の高ランク探索者――〈八天仙〉と呼ばれる者たちだ。
そして、その〈八天仙〉の頂点に立つのが〈神君〉
「前回の大会でも思いつきで行動して〈氷帝〉と一戦交えたじゃないですか。同じことを繰り返すつもりですか?」
「ちゃんと
「
四年前のことを思い出しながら、溜め息を溢すリーファ。
バトルアリーナの個人戦で優勝した〈氷帝〉とシュアンが一戦を交え、その後始末を押しつけられたのがリーファだったからだ。
Aランクとの戦いですら、アリーナは崩壊。街にまで被害がでたのだ。
シュアンの目的が八重坂朝陽であった場合、Sランク同士が衝突することになれば、どれほどの被害をもたらすか分からない。同じようなことは勘弁して欲しいと言うのが、リーファの本音にあった。
それに――
「四年前とは違います。今回の大会には
いまから四ヶ月後。日本で開かれる大会には、楽園が協力している。
しかも、異文化交流の話も持ち上がっていることから、かなり深く関わっていることが読み取れる。
即ち、いま日本で騒ぎを起こせば、楽園を巻き込む可能性が高いと言うことだ。
「楽園を刺激するのは反対です」
二年前、月面都市で開かれた式典にリーファも参加していた。
いまでも、あの時のことは忘れられない。
玉座に座る神の如き存在。そして、その周りに
目にした瞬間に理解したのだ。
「そういや、お前はその
「……はい」
神は実在したのだと――
リーファの心には、いまでも恐怖が刻みつけられていた。
「あれは……人間の敵う存在ではありません。失礼ながら
思い出しながら身体を震わせるリーファを見て、双眸を細めるシュアン。
リーファがなにを恐れ、心配しているのかはシュアンも分かっていた。
実際に〈楽園の主〉と対峙し、会話をしたことがあるからだ。
雲のように掴み所の無い人物と言う印象を、シュアンは〈楽園の主〉から感じ取っていた。
それに――
(奴は俺と〈聖女〉を前にしても、少しも態度を変えなかった。それどころか……)
視界にすら入れていなかった。
即ち、Sランクですら微塵も脅威に感じていないと言うことだ。
そこに加えて、先日の発表だ。シーナ・トワイライトと言う名と共に、月に新たに出現したダンジョンは神の手によって創造されたものだと、月面都市のギルドから公表された。
なんの冗談だと言いたくなるが、いまなら〈聖女〉が〈楽園の主〉を神と崇拝していた理由にも頷ける。ダンジョンを創造できるような存在が、人間であるはずもないからだ。
まさに神の奇跡と呼べる所業だ。
そんな存在に喧嘩を売るのは、リーファの言うように無謀だとシュアンも理解していた。
「
「ニュースを見て、鍛練場に籠もっています。〈戦乙女〉をライバル視していましたから、大きく差を付けられたことが悔しかったのかと」
リーファと同じく〈八天仙〉に名を連ねており、最速でAランクへと至った記録を塗り替えられたことから朝陽をライバル視していた。
もっとも、いまは〈円卓〉の十二席に名を連ねるウェインが更に記録を塗り替えているのだが、それでもルイにとって最大の宿敵は朝陽なのだろう。シュアンが朝陽に目をかけていると言うのも理由の一つにあるからだ。
「あいつも才能はあるが、〈
「〈戦乙女〉を随分と買っておられるのですね」
「最初に見た時から、面白い奴だと思っていたからな。実際、面白いことになっただろう?」
新たなSランクの誕生を面白いの一言で片付けられるのは、シュアンくらいだと呆れるリーファ。Sランクがなぜ規格外と呼ばれているのかを考えれば、そんな言葉は口から決してでないからだ。
「まあ、実際のところ〈
朝陽の才能を認めているが、こんなにも早くSランクに至るとは、さすがのシュアンも思ってはいなかった。
そのため、月面都市での邂逅から僅か二年でSランクの領域にまで登り詰めることが出来たのは、〈楽園の主〉に才能を見出されたことが理由として大きいとシュアンは考えていた。
だから――
「よし、日本へ行くぞ」
「
「心配すんな。戦いに行く訳じゃない。喧嘩を売ったりしないさ」
「……前も、そんなこと言ってましたよ?」
「あ? そうだったか?」
リーファの呆れた視線に、バツの悪そうな表情で頬を掻くシュアン。
後始末を押しつけているという自覚はあるのだろう。
とはいえ、
「これは決定事項だ。悪いが、譲るつもりはない」
シュアンは考えを曲げるつもりはなかった。
高ランクの探索者が国外へでるには国の許可が必要だが、Sランクに限って言えばそんなものは建て前に過ぎない。災害にも例えられる怪物を止められる人間などいないからだ。
当然、リーファもシュアンの決定を覆すことは出来なかった。
しかし、
「どうして、そこまで……」
シュアンは自己中心的で気まぐれなところがあるが、愚かではない。
その証拠に月面都市で開かれた式典の後、シュアンは国の改革に動いた。このまま国の政治を長老たちに委ねれば、ロシアの二の舞になる可能性が高いと考えたからだ。
そんなにも楽園を警戒していたシュアンが、ただの気まぐれで行動を起こそうとしているとはリーファには思えなかったのだろう。
「ただ、この目で確かめたいだけだ」
「確かめる? それは八重坂朝陽の力をですか? それとも……」
シュアンはなにも答えない。だからこそ、察することが出来た。
(
グリーンランドの浮上。月面都市に出現した新たなダンジョン。
そして、六人目のSランクの登場と――
いま、なにかが起きようとしていることだけは間違いない。
これら一連の出来事には、すべて楽園が関与している。
だからシュアンは自分の目で見極めようとしているのだと、リーファは察したのだ。
「なに、いますぐの話じゃない。楽園が動くのも、もう少し先の話だろうしな。日本へ発つのは、大会の直前でいいだろう。
「畏まりました。他の〈天仙〉は如何いたしますか?」
「ついてきたい奴は勝手についてくるだろう。好きにすればいい」
「では、そのように――」
もしもの時に備え、〈八天仙〉を召集することをリーファは密かに決める。
(リーファの懸念は分かる。だが、敵わないまでも見極める必要はある)
楽園の主が人類に恩寵をもたらす神なのか、それとも災厄をもたらす
シュアンは日本へ旅立つ決意を固めるのだった。
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