第417話 作戦会議と代表選手

 選抜トーナメントは、本番の大会を意識したルールになっていた。

 野球場ほどの広さがあるバトルアリーナのフィールドを東西に分け、相手チームの指揮官リーダーを倒せば勝ちというシンプルなルールだ。

 しかし、相手チームのリーダーが誰かは互いに報されないため、読み合いが必要となる。

 そこに戦略の入り込む余地があるのだが、


「このメンバーなら下手に小細工するよりも、正面から挑んだ方が確実じゃない?」


 優勝間違いないしと言われていた生徒会パーティーが解散となり、雫が自分たちの仲間に加わったのだ。学生レベルの試合で負けるとは思えないことから、明日葉は作戦会議なんて必要ないのではないかと疑問を口にする。

 学生の大半はCランク以下だ。そして、明日葉たちは全員がBランクだ。夕陽のような例外を除けば、本来ランク差を覆すのは簡単ではないと分かっていての発言だった。

 しかし、


「油断は禁物よ。足元をすくわれかねないわ」


 雫は油断は禁物だと、明日葉を注意する。

 探索者のランクとは、探索者の実績を評価したものだ。

 しかし、大会で競う相手はモンスターではなく同じ人間だ。

 モンスターを相手にするのと同じようには行かないと考えた方がいい。

 それに――


「殺傷能力の高い攻撃は禁止されているのよ」

「それって、あかりんの〈神鳴り〉は使えないってこと?」

「それだけじゃないわ。上級以上の攻撃魔法は全部つかえないわね」

「あかりんが役立たずになると……」

「少しは言葉を選びなさいよ……」


 Cランク以下であれば、特に気にすることのないルールだ。

 しかし、Bランク以上。ユニークスキル持ちとなると、制限の厳しいルールとなる。高ランクの探索者の攻撃は、どれもが必殺の破壊力を秘めている。ちょっと力を入れるだけで、簡単に大会のレギュレーションに違反してしまうからだ。

 学生レベルの大会。選抜トーナメント程度なら気にするほどのことでもないのだが、夕陽たちは全員がBランクの探索者だ。当然、全力をだすことは出来ないと考えた方がいい。

 特に攻撃魔法を得意とする朱理には不利なルールと言える。


「でも、前回の大会では個人戦にツッキーが出場したんだよね?」

「ツッキーって……」 

「知らないの? 月宮冬也の愛称だよ。甘いマスクで人気があって、雑誌のモデルやテレビにも出演してるから、ついた愛称がツッキー」

「知ってるけど……もう、いいわ。明日葉にそれを言っても無駄だろうし……」


 仮にも日本を代表する探索者に対して、ツッキーなどと愛称で呼ぶ明日葉に呆れる朱理。とはいえ、それを注意したところで無駄だとも諦めていた。

 実際の問題、冬也が『ツッキー』の愛称でファンから親しまれていることは事実なのだ。今回に限っては、明日葉だけが特別おかしいと言う訳でもなかった。

 それに夕陽の姉の朝陽も男女を問わず人気があり、雑誌やテレビに引っ張りだこになっている。最近はテレビへの出演を控えているようだが、こんな風に注目を浴びるのは人気者の宿命と言う奴だろう。

 ギルドも探索者を増やすため、イメージアップに必死と言う訳だ。


「制限は受けますが、Aランクの出場が禁止されている訳ではありませんからね。〈氷帝〉が得意とするのは氷結魔法です。相手の動きを鈍らせたり、封じるすべに長けていますから」


 雫の言うように冬也のスキルは殺傷能力の高い攻撃ばかりではなく、相手の動きを封じたり、行動を制限するのにも適したスキルだった。そう言ったスキルであれば、大会の制限は受けにくい。

 そもそも殺傷能力の高い攻撃が禁止されている理由は、死亡に繋がる重大な事故を防ぐためだ。それ以外のスキルの使用であれば、問題はなかった。

 

「んっと、それだと……アタシのスキルや夕陽のスキルなら制限を受けないってこと?」


 明日葉の〈幻影使いファントム〉や夕陽の〈魔女神キルケー〉は直接的な攻撃手段を持たないスキルだ。こう言ったスキルは大会でも非常に使い勝手が良い。

 そのため――


「ええ、だからそれを前提に作戦を立てるわ。まずは――」


 考えてきた作戦を、朱理は三人に説明するのだった。

 


  ◆



 四人で作戦会議をした翌日――

 夕陽、朱理、明日葉、雫の四人は理事長室に呼び出されていた。


「え? 冗談ですよね?」


 聞き違いかと思い、ロスヴァイセに聞き返す夕陽。

 夕陽が戸惑うのも無理はない。


「冗談でこんなことを言うと思いますか? もう一度言いますが、代表選手はあなたたちに決まりました」


 と、ロスヴァイセから告げられたのだ。

 まだ一度も試合をしていないのに代表選手が決まったと言われれば、困惑するのは当然だった。


「……どうして、そんなことに?」

「エントリーしたパーティーが、あなたたちしかいなかったからです。心当たりはあるでしょ?」


 ないと言えば嘘になる。

 優勝候補筆頭と言われていた生徒会のパーティーが解散し、夕陽たちのパーティーに雫が加わったことで、全員がBランクの最強パーティーが誕生したと生徒たちの間で噂が持ちきりだったからだ。

 しかし、まさかそれが原因で他に誰もエントリーしないなどと思ってもいなかったのだろう。

 とはいえ、選抜トーナメントに出場するかどうかは本人の意志に委ねられている。出場しなくても成績に影響がある訳でもないことから、勝ち目がないと分かっている勝負に参加しないと言う選択も頷ける。学生の試合と言えど、怪我をすることはあるからだ。

 大会で怪我を負った場合でも基本的にはダンジョンと同様に自己責任であるため、高価な回復薬ポーションを用意できない学生には痛い出費となることも少なくない。怪我をすればダンジョン探索にも影響を及ぼすため、出場を避ける生徒も少なくないと言う訳だ。

 それに先日の事件でトラウマを抱え、学校を休んでいる生徒もいる。

 そのことも影響しているのだろう。


「ですが、いまから大会をキャンセルしようにも、既に告知はされていますから……」


 今更、選抜トーナメントを中止することは出来ないとロスヴァイセは説明する。


「代表選手を決める選考会ですから公平性を保つために、試合はテレビやネットで中継される予定になっていましたからね。なのに試合をすることなく代表選手を決めることになれば――」

「裏工作を疑われても仕方がありませんね」


 ロスヴァイセがなにを悩んでいるのかを、雫は察する。

 勿論、裏工作などないと言うことは、夕陽たちの実力を知っている者たちであれば分かることだ。事情を話せば、政府やギルドの理解を得ることは難しくないだろう。しかし、それ以外の人々は話が別だ。

 代表メンバーには〈戦乙女〉の妹や一文字鉄雄の孫娘。更にはギルドマスターの妹と、錚々たる顔ぶれが名を連ねている。試合をせずに代表を決めれば、忖度があったのではないかと、おもしろおかしく書きたてる記者も現れるだろう。

 無視をすればいいと思うかもしれないが、一般の人々にはなにが真実かなど分からない。

 面倒臭い騒ぎになることは目に見えていた。

 だから――


「こうして私たちが呼ばれたってことは、なにか考えがあるんですね?」

 

 ただでさえ先日のスタンピードの一件がある以上、学校としてもこれ以上騒ぎを大きくしたくないはずだ。

 いざとなれば政府やギルドの力を借りてマスコミを押さえ込むと言った真似も出来るだろうが、強引なやり方は反発を招きかねない。だから、なにか考えがあって自分たちが呼ばれたのだと朱理は察したのだ。


「ええ。なので、あなたたちには実力を示してもらいます」


 代表に相応しい実力を――

 そう、ロスヴァイセは告げるのだった。

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