第416話 仲間の証

 生徒会室での一件から一週間。

 二年生の教室で剛志と大石が揃って夕陽たちに土下座をする事件があったり、広瀬が山田の首根っこを掴んで女子寮へ連れてきたばかりにバスタオル姿の朱理と鉢合わせしたりと、この一週間いろいろと騒動があったのだが――

 いよいよ選抜トーナメントまで残り三日と迫っていることもあって、大会の準備は佳境を迎えていた。


「天谷雫です。これから、よろしくお願いします」


 本来であれば、生徒会長の雫や生徒会役員の夕陽と朱理も大会の準備を手伝うべきなのだが、副会長が「会長たちは大会に集中して欲しい」と言って、その役割を引き受けたのだ。

 解散したパーティーの仲間やミノタウロスから助けられた生徒たちも準備を手伝っているらしく、一年生から三年生まで一丸となって選抜トーナメントの準備は進められていた。


「そんなに畏まらなくて良いですよ、先輩。これからは仲間なんですから」


 みんなの期待に応えるためにも負ける訳にはいかない。

 だから選抜トーナメントに向けた作戦会議をすることになり、椎名の工房に集合したと言う訳なのだが、どことなく緊張した面持ちで挨拶する雫に夕陽は苦笑を漏らす。

 はじめて来た場所と言うことで落ち着かないのもあるのだろうが、まだ新しい環境に慣れていないのだと察したからだ。


「先輩。これからは互いに名前で呼び合いませんか?」


 だから、夕陽はそう提案してみる。

 同じパーティーでやっていく以上、先輩も後輩もないと思ってのことだ。

 そんな夕陽の考えを察して、「ええ、勿論」と雫が頷くと、


「なら、雫。これからよろしくね」

「じゃあ、アタシはしずりんって呼ばせてもらうね。あかりん、仲間が増えたよ」

「その仲間の意味を問い質したいところだけど……でも、そうね。いつまでも先輩と呼ぶのも、先輩に失礼よね。雫……さんでいいですか。なんとなく先輩を呼び捨てにするのは、気が引けるので……」

「フフ、好きに呼んでくれて構わないわ」


 少し緊張が解れた様子で笑みを浮かべる雫を見て、夕陽たちの顔からも自然と笑みが溢れる。

 なんだかんだと、雫のことを気に掛けていたからだ。

 副会長の気持ちも理解できなくはない。しかし、どんな理由があろうとパーティーが解散になって一番ショックを受けたのは、雫のはずだ。

 雫の前だから副会長のことを悪く言ったりはしないが、やり方が不器用だと正直呆れていた。雫のためを思ってやったことでも、それで傷つけてしまったら意味がないからだ。

 広瀬が男たちはバカだと言って、呆れる気持ちも理解できる。

 とはいえ、


「しずりんも食べる? 月面都市のお土産の余りだけど、地球テラ見団子おいしいよ」

「しずりん……」


 明日葉に愛称ニックネームで呼ばれて感動を噛み締める雫を見て、夕陽と朱理は他に手が思いつかなかっただけかもしれないと、ちょっとだけ副会長に同情もしていた。

 不器用さでは、雫も副会長ひとのことを言えないくらい不器用だからだ。


「あ、そうだ。先にこれを渡しておくね」

「え……これは?」


 穴の空いた腕輪を夕陽に渡されて、戸惑う雫。

 よく見ると、夕陽たちが身に付けている腕輪と同じものだったからだ。


「先生に雫のことを話して、私たちと同じ腕輪と装備を用意してもらったの」

「え……」


 夕陽たちの腕輪とメイド服の性能を知っている雫は、戸惑う様子を見せる。

 夕陽たちが身に付けている装備は、国宝級――いや、アーティファクトをも凌ぐ性能を秘めた魔導具だからだ。

 本来は国の管理下におかれるレベルのものだ。

 そんなものを平然と渡されたら戸惑うのも無理はなかった。


「用意してもらったって……先生、帰ってきているの?」


 工房は好きに使っていいと言われているため、こうして作戦会議ミーティングに使わせてもらっている訳だが、最近使用された形跡がないことから朱理は疑問に思ったのだろう。


「ううん。土日を利用して、ちょっと月面都市まで行ってきただけだよ」

「ちょっとって……」

「大丈夫。ちゃんとロスヴァイセ先生に外出の許可は貰ったから。念のため、見つからないように〈認識阻害〉が付与されたローブで姿を隠していったしね」


 そう言うことを心配しているのではないのだが、夕陽の常識からズレた行動に目眩を覚える朱理。

 月面都市へ行くには、ギルドの審査を受ける必要がある。〈帰還の水晶リターンクリスタル〉の管理はギルドが行っており、その使用には厳格なルールが設けられているからだ。

 週末に実家へ帰る感覚で、気軽に行けるような場所ではなかった。

 あと〈認識阻害〉のローブってなんだと、思わずツッコミそうになる。夕陽が魔法薬以外にも、いろいろと魔導具を隠し持っていることは知っているが、 常識が通用しないにも程があるからだ。


「あの……私は八重坂さんから譲ってもらった刀があれば十分だから……」

「このパーティーは全員、メイド服を着ることが決まりになっているから諦めてください。それに今回は私たちが一緒だったから良かったけど、この腕輪がないと工房ここに入れませんから」

「え……?」


 頭を抱えているところに身に覚えのない話を聞かされ、驚く朱理。

 腕輪の件はともかく、メイド服の着用が義務なんてルールは初耳だったからだ。


「夕陽、メイド服の着用が義務って初耳なんだけど……」

「え? 明日葉が言うから先生に頼みに行ったんだけど、朱理は聞いてないの?」


 夕陽に尋ねられるも、やはり覚えがなかった。

 朱理の視線を感じて、「ん?」と首を傾げる明日葉。


「みんなでお揃いの衣装を着ようって、前に決めたよね?」

「確かに言ったけど……」


 いつの間にそれがルールになったんだと朱理は呆れる。

 とはいえ、


「まあ、みんなお揃いの装備なのに雫だけなしって言うのは変に目立ちそうだし、これでよかったんじゃない?」


 夕陽の言い分にも一理あった。

 パーティーの一員に加わったと言うのに、雫だけ別の装備と言うのは逆に目立つ可能性があるからだ。

 実際、有名なクランなどは制服を用意したり装備を統一しているところが多い。


「だから、遠慮なく受け取ってください。用意したのは先生ですけど」

「そういうことなら……」


 話を聞いて断るのは難しいと悟った雫は自分を納得させ、腕輪を受け取る。


「それと、私たちのことも名前で呼んでください。特に私の場合、お姉ちゃんと区別がつかないので」


 八重坂では姉と区別がつかないと言われると、雫も納得するしかなかった。

 それに〈戦乙女〉が有名過ぎるために、八重坂の名は不用意に口にすると注目を集める恐れがある。それは朱理も同じだった。

 日本を代表する特級技師、一文字鉄雄の名は探索者であれば知らない者はいないほどに有名だからだ。


「アタシとあかりんのことは、あすりん、あかりんって呼んでくれていいよ」

「え? え……? あす……りん……あか……」

「明日葉の言葉は真面目に受け取らなくていいですからね?」


 明日葉の言葉を真に受け、羞恥に耐えながら愛称で呼ぼうとする雫を止めに入る朱理。

 雫にまで変な愛称で呼ばれるのは阻止したかったのだろう。


「えっと……それじゃあ、名前で呼ばせてもらうわね? 夕陽さん、朱理さん、明日葉さん……これで、いいかしら?」

「まだ少し固いかな? 雫の方が年上だし、敬称も必要ないんだけど……」

「呼び捨てはちょっと……癖のようなものだし、私にはまだ難易度が高いと思うの……」


 戸惑う雫を見て、苦笑を漏らす夕陽。

 なんの難易度か分からないが、その方が雫らしいと納得したのだろう。 

 

「ああ、もう――しずりんは可愛いな」

「あ、明日葉さん!?」

「気持ちは分かるけど、仮にも先輩なんだから少しは遠慮なさい」


 我慢がたまらず雫に抱きつく明日葉に、呆れた様子で朱理は注意するのだった。

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