第415話 勧誘
放課後。夕陽たちは生徒会室を訪ねていた。
その理由は――
「……え? 私が八重坂さんたちのパーティーに?」
「はい。先輩、パーティーを解散したんですよね? なら、今度は勧誘を受けてもらえるかなと思って」
雫を自分たちのパーティーに誘うためだった。
元々、夕陽と朱理は放課後に生徒会へ顔をだすつもりだったことから、なら全員で押し掛けて雫をパーティーに誘おうという話になったのだ。
しかし、当の勧誘を受けた本人は戸惑う様子を見せる。
無理もない。一度は誘いを断っておきながら自分のパーティーが解散になったからと言って、夕陽たちのパーティーに加えてもらうなんて虫の良い真似が出来るはずもないからだ。
しかし、それを承知の上で夕陽たちは雫をパーティーに誘っていた。
「会長、迷う必要なんてありませんよ。彼女たちと一緒ならGMTの優勝だって狙えますよ」
「で、でも……あんな啖呵を切っておいてパーティーに加えてもらうなんて、そんな虫の良い話……」
広瀬に背中を押されるも、そんなことが出来るはずもないと視線を落とす雫。
伏せっている表情から、葛藤している様子が見て取れる。
雫は器用な人間ではない。どちらかと言うと、頑固で融通の利かない不器用な人間だ。だからこそ、実直で信用のできる人物とも言えるのだが、いまはそれが足枷になっていた。
夕陽たちが気にしなくていいと言ってくれても、簡単に割り切ることが出来ないのだろう。
だが、こういう反応が返って来ることも夕陽は織り込み済みだった。
「先輩、私たちに感謝してるって言ってましたよね? 大きな借りが出来たって」
雫は夕陽たちに恩義を感じている。
それは命を救われたと言うのも理由にあるが、優衣や悠生の件で借りがあると思っているからだ。
しかし、まさかその話をここで持ちだしてくると思っていなかったのだろう。
目を丸くして、戸惑う様子を見せる雫。
「え、ええ……」
「だから、その借りを返してもらおうかなって。私たちの目的は話しましたよね?
これが、三人で――正確には、夕陽の考えた作戦だった。
普通に誘ったところで、雫が話を受けないことは想定済み。副会長たちへの後ろめたさもあるのだろうが、ミノタウロスの一件で恩を感じていることもあって、自分たちに遠慮していることに夕陽は気付いていた。
だから、いっそのことその借りを返してもらおうと考えた訳だ。
「夕陽って、目的のためなら躊躇しないところがあるよね」
「ええ、弱味を見せたら絶対にダメなタイプね」
「ふたりとも聞こえてるからね?」
こそこそと後ろで話す二人を、半目で睨み付ける夕陽。
とはいえ、自分でも雫の良心につけ込んでいると言う自覚はあった。
しかし、このくらいしないと雫をパーティーに加えるのは難しいと考えたのだ。
この強情なところは、自分の姉――朝陽と似ていると思ったからだ。
「……どうして、そこまで?」
自分に拘るのかと、雫は疑問を口にする。
学内最強などと呼ばれていても、所詮は学生のなかの話に過ぎない。夕陽たちの実力なら自分の力なんてあてにしなくても、十分に優勝を狙えるはずだと雫は考えていた。
だからこそ、自分なんかに拘る理由が分からないのだろう。
しかし、
「絶対に負けられないので。そのために先輩の力が必要なんです」
雫が夕陽たちの実力を認めているように、夕陽たちも雫の実力を認めてた。
優勝を狙ってはいるが、確実に優勝できるとまで断言することは出来ない。大会に出場する他の国の選手も実力者揃いで、なかにはAランクの探索者もいるはずだからだ。
だから少しでも優勝の確率を上げるために、いま出来ることはなんでもやるべきだと考えていた。
雫の勧誘も、そう言った打算があってのことだ。
それに――
「いろいろと悩んでるのは分かるけど、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? いまパーティーを組む相手がいなくて困ってるんだよね? なら、友達が困ってたら手を差し伸べるのは当然でしょ?」
そう言って、ニカッと笑う明日葉。
どちらかと言えば、こっちの方が理由として大きいだろう。
パーティーが解散になって、雫が落ち込んでいることは分かっていた。
だから力になりたいと思ったのだ。
「同じ釜の飯を食べたら、もうそれは
「微妙に違うけど、言いたいことは理解できるわ。まあ、そう言うことです。先輩」
明日葉の言い方では、戦友と書いて『トモ』と読む方の友達になってしまうが、スタンピードを共に乗り越えたのだ。
学年の違いや付き合いの長さなど問題ではない。
大切なのは、背中を預けられる仲間かどうかだと三人は考えていた。
その点で雫は三人にとって、既に信頼できる仲間になっているのだろう。
「私たちは、先輩なら一緒にやっていける。命を預けられると思った。だから、こうして誘っているんです」
そう言って、手を差し伸べる夕陽。これが嘘偽りのない三人の本音だった。
どのみち、パーティーメンバーの補充は必要だと考えていたのだ。
三人というのはダンジョンに潜るのに必要とされる最低人数で、基本は五人パーティーが推奨されている。だから、あと二人。最低でも一人はメンバーを確保する必要があると考えていた。
しかし、夕陽たちの立場は特殊だ。秘密が多いことから気軽にパーティーの募集をかけることも出来ない。夕陽たちの事情を知っていて、一緒にやっていけるだけの実力がある人物を探すと言うのは難しかった。
だから今回のことがなくとも、いずれ雫には声をかけるつもりでいたのだ。
(……本当に、私は幸せものね)
副会長がパーティーの解散を言いだした理由に雫は気が付いていた。
広瀬が背中を押してくれた理由にも、本当は気付いていたのだ。
でも、自分から一歩を踏み出すことが出来なかった。
それは夕陽たちの言うように遠慮があったからだ。
「……あなたたちには、また大きな借りができてしまうわね」
「えっと……借りを返してもらうつもりで誘っているんですけど……」
借りを返してもらうつもりで誘っているのに、そのことで恩を感じられたら意味がないと呆れる夕陽。しかし雫からすれば、一度誘いを断った自分に手を差し伸べてくれた夕陽たちに恩を感じこそすれ、それで借りを返したなどと思えるはずもなかった。
むしろ、感謝することが増えたと考えているくらいだ。
それでも――
「こんな私でよければ、あなたたちの力になりたい。いいえ――」
ここまで後輩にさせて、その手を取らない選択肢は雫にはなかった。
ここで手を振り払えば、夕陽たちだけでなく副会長たちの思いも無下にすることになる。
それこそ借りを返すどころか、恩を仇で返すことになるからだ。
だから――
「私を、あなたたたちの
その思いに応えるため、雫は自分から仲間に加えて欲しいと願い出るのだった。
◆
「ところで、広瀬先輩はどうしてここに?」
解散した生徒会のパーティーは全員が生徒会役員で構成されていた訳ではない。
副会長の剛志と風紀委員長の大石以外は、生徒会の役員ではなかった。
当然、広瀬も部外者だ。パーティーを解散したのに生徒会になんの用事があったのかと、朱理は疑問に思ったのだろう。
「会長のことが心配でね。でも、私の気の回しすぎだったみたい」
その一言で、広瀬の考えを朱理は察する。
自分たちと同じように会長の背中を押すつもりだったのだと察したからだ。
「男ってバカだから自分たちだけ満足して、後のフォローがなってないのよね。その点、あなたたちは信頼できるわ」
散々な言いようだが、言いたいことは理解できるだけに夕陽たちも何も言わない。
それは彼女たちも感じていたことだからだ。
「順序が逆になってしまったけど、あの時の御礼を改めて言わせて頂戴。会長を――みんなを助けてくれてありがとう」
そう言って、頭を下げる広瀬。
照れ臭そうにしながらも、感謝の気持ちを素直に受け取る三人。
もう何度も同じような経験をしているので、少しは慣れてきたのだろう。
特に月面都市では大変だったからだ。いまでも、宴会騒ぎが頭を過る。
「男どもがなにも言って来ないようなら、私に遠慮なく言って頂戴。首根っこを押さえても、頭を下げさせにくるから」
「えっと、そこまでしなくても……」
とはいえ、そこまでする必要はないと遠慮する夕陽。
感謝されたくて、したことでもないからだ。
そんな夕陽たちの反応を見て、謙虚ねと苦笑する広瀬。
恩に着せても罰は当たらないと思っているからだ。
「そう言えば、広瀬先輩は大丈夫なんですか? パーティーが解散になって」
ずっと気になっていたことを尋ねる明日葉。
生徒会のパーティーは雫だけが脱退したのではなく解散になったのだ。
と言うことは、広瀬も含めて全員が所属していたパーティーを脱退したと言うことになる。
この先、どうするつもりなのかと気になったのだろう。
「元のメンバーで再結成するとか?」
だから、雫を除いた四人でパーティーを再結成する可能性を考えたのだろう。
しかし、そんな明日葉の考えを広瀬は否定する。
「それじゃあ、解散した意味がないじゃない。会長をパーティーから追いだしたみたいになるし、そんな不義理はできないわよ」
「私は気にしないわよ?」
「少しは気にしてください。それに、副会長と風紀委員長なら二人で上手くやるだろうし、心配しなくても大丈夫ですよ」
剛志と大石が小学校からの付き合いであることを知っている広瀬は、あの二人なら心配は要らないと話す。
それに――
「私の方も、山田っちと優衣とパーティーを結成したので心配しないでください」
「……優衣? それって長瀬さんのこと?」
「はい。以前から彼女に目を付けてたんですよね。昨日、寮まで押し掛けて承諾をもらいました」
優衣が広瀬のパーティーに入ったと聞いて、安堵する雫。
ずっと彼女のことが気掛かりだったのだろう。
「なんて言うか、広瀬先輩って……」
「私も同じことを考えたわ」
夕陽と朱理の視線に気付き、小首を傾げる明日葉。
なにも分かっていない様子の明日葉を見て、
「ううん、なんでもないよ」
「ええ、明日葉が気にすることではないわ」
二人は感じたことを胸の奥に仕舞うのだった。
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