第414話 新メンバー候補

「レミルちゃんが学校を休んでるみたいなんだけど、夕陽なにか知らない?」


 月面都市から帰国して二日。週明けの月曜日。

 いつものように校舎の屋上にござを敷き、三人で昼食を取る夕陽たちの姿があった。

 ふと思い出したかのように、レミルのことを夕陽に尋ねる明日葉。月面都市のお土産を配っていたら、先週からレミルが学校を休んでいるとクラスメイトから聞かされたからだ。


「ああ、レミルちゃんなら、いま浮遊都市・・・・にいるらしいよ」

「浮遊都市って言うと……グリーンランドの?」

「うん。私たちがいない間、一騒動あったらしくて……」


 レミルが浮遊都市に行っていると言う話をグリムゲルデから聞かされたことを、夕陽は明日葉と朱理に説明する。

 浮遊都市と言うのは、現在のグリーンランドのことだ。〈トワイライト〉の主導で開発が急ピッチで進められていて、ここ日本でもテレビや雑誌で特集が組まれるほど、世界中から注目を集めているダンジョン都市だ。


「自分も月面都市へ行くって、ロスヴァイセ先生を困らせたみたい」

「ああ、うん……なんとなく想像が付いたわ」 


 夕陽の話を聞き、なにがあったかを察する朱理。

 みんなだけ狡いと駄々を捏ねて、ロスヴァイセを困らせるレミルの姿が頭を過ったからだ。


「でも、それでどうして浮遊都市に?」

 

 しかし、それと浮遊都市の話がどう繋がるのか分からず明日葉は首を傾げる。

 レミルなら、そのまま月面都市に押し掛けてきても不思議ではないと思ったからだ。


「私たちがいない間に師匠マイスターが学校に顔をだしたらしくて――」

「マイスター?」

「私に魔導書や魔導具のことを教えてくれたもう一人・・・・の先生かな? ヘイズさんって言うんだけど」


 夕陽には椎名以外に、先生と呼べる存在がいた。それがヘイズだ。

 椎名が楽園を留守にしている間、分からないことはヘイズに相談をしていたのだ。

 レミルと一緒に楽園や月面都市に足を運んでいた理由の一つでもあった。


「本人から聞いた話だけど、先生に錬金術の基礎を教えた先生でもあるらしいよ」

「先生の先生って……え? それ、凄くない?」

「〈楽園の主〉の師匠? どんな人なのよ。それ……」


 椎名の師匠でもあると聞いて、驚く明日葉と朱理。

 椎名の凄さは、教えを受けている二人もよく分かっている。

 だから、そんな人物がいるとは想像も出来ないのだろう。


「その人がレミルちゃんを連れていったってこと?」

「うん。理由までは教えてもらえなかったけど、そういうことみたい」


 ヘイズがレミルを浮遊都市へ連れていったとグリムゲルデから聞かされただけで、夕陽も事情を詳しく知っている訳ではなかった。

 気にならないと言えば嘘になるが、興味本位で首を突っ込む話ではないと思ったからだ。


「聞いたところで、私たちになにか出来る訳でもないしね」

「まあ、それもそうね」  


 夕陽の話に納得する朱理。

 ヘイズの目的を知ったところで、なにが出来る訳でもない。むしろ下手に関わろうとすれば、藪をつついて蛇を出す結果になりかねない。それにレミルなら心配は要らないと思っていた。

 あれでも〈楽園の主〉の娘なのだ。

 なにかしらの役目を担っていても不思議ではないと朱理は考えていた。

 そんなことよりも、朱理には気になっていることがあった。


「それより二人とも、天谷先輩の話を聞いた?」

「先輩の話?」


 なんのことか分からずに首を傾げる夕陽に、朱理は説明する。


「先輩のパーティーが解散したそうよ」

「え?」


 朱理から雫のパーティーが解散したと聞かされ、驚く夕陽。一昨日、雫と別れた時にはそんな素振りは少しも見受けられなかったため、まさかそのようなことが起きているとは思ってもいなかったからだ。


「夕陽……生徒会の役員なのに聞いてないの? もう学校中の噂になってるよ」

「まだ生徒会には顔をだしてないからね。放課後、顔をだそうかと思っていたんだけど……」


 明日葉は知っていたみたいで、弁当をつまみながら話に割って入る。

 生徒会のパーティーが解散になったことは、既に学校中の噂になっていた。

 選抜トーナメントの優勝候補。学内最強と噂される三年生のパーティーが解散したのだ。

 人の口に戸は立てられぬと言ったように、噂にならないはずがない。


「なんで、そんなことに?」

「副会長から申し入れがあったそうよ。例のイレギュラーの件で実力不足を痛感したんでしょうね」

「他の人たちも?」

「ええ。まあ、気持ちは分からないでもないけど」


 大方、自分たちでは生徒会長の実力に釣り合わない。足を引っ張るだけだとでも考えたのだろうと、朱理は話す。

 とはいえ、朱理としては驚きはなかった。

 副会長たちも弱い訳ではないが、余りに雫の実力が傑出している。酷い言い方になるかもしれないが、凡人がどれだけ努力しても努力をする天才には敵わない。その差がはっきりとでるのが探索者という職業だ。

 だから朱理もパーティーを組む相手を見つけるのには苦労したのだ。

 実力が釣り合わない相手とパーティーを組んでも、お互い不幸になるだけだと分かっているからだ。

 それでも幼馴染みや仲の良い友人とパーティーを組みたい言う人はいるだろうが、朱理は上を目指したかった。だから馴れ合うのではなく、切磋琢磨して肩を並べられる仲間が欲しかった。

 しかし、そんな相手に巡り会える可能性は高くない。それも学生の間にそう言った相手を見つけるのは難しいだろう。だからクランがあるのだ。実力を認められた者だけが有名なクランに入り、名のある探索者とパーティーを組む。それが、この世界の常識だった。


「そんなものかな?」

「夕陽はそう言う悩みはなさそうよね……」


 夕陽の実力なら、どこでも引っ張りだこだ。

 と言うか、楽園やギルドを恐れて直接的な行動にでてこないだけで、現在進行系で夕陽の争奪戦が水面下で繰り広げられているのが想像できる。

 むしろ、夕陽に釣り合ってないのではないかと考えるのは、自分たちの方だと朱理は考えていた。


「私だって悩みくらいあるよ。朱理みたいに戦闘に長けている訳じゃないし、明日葉みたいに幻影を生み出したり、気配を消したりできないからね。でも、そういう互いの得手不得手を補ってこそのパーティーでしょ?」


 しかし、それは違うんじゃないかと夕陽は朱理の考えを否定する。

 ユニークスキル〈魔女神キルケー〉は生産だけでなくサポートに優れた便利な能力だ。しかし周りがどれだけ凄いと評価してくれても、自分が単純な戦闘力では朱理や明日葉に劣っていると夕陽は思っていた。

 その代わり、二人に出来ないことが自分には出来る。パーティーとは、そう言った互いにないものを補うためのものだと考えているからだ。

 だからこそ、実力で劣っているからと言って諦めるのは違うんじゃないかと言いたいのだろう。

 確かに夕陽の考えにも一理あった。

 人の何倍も努力をすれば、天才を追い越せないまでも食らいつくことは出来るかもしれない。しかし、


「夕陽の考えも分かるけどね。でも、みんながそう簡単に割り切れるほど、単純じゃないのよ」


 朱理も自分の限界を――壁を強く意識することがある。夕陽と出会って、より一層そのことを意識するようになった。

 天才などと持て囃されても、上には上がいることを思い知ったからだ。

 だからと言って、副会長たちのように諦めるつもりはなかった。夕陽の方が自分よりも探索者としての実力は上だと認めているが、ずっと負けたままでいるつもりはないからだ。

 それに――


「それ、私が単純って言われてるような……」

「そんなことないわよ? 明日葉に比べたら……」

「あかりん? さり気なくディスるのやめてくれる?」


 こんな風に冗談を言い合える仲間と、この先も出会えるとは限らない。

 二人と出会えた幸運に朱理は感謝していた。

 それを口にすると明日葉は調子に乗るので、絶対に口にだすことはないのだが――


「でも、天谷先輩どうするんだろうね?」


 この先、雫はどうするのかと心配する夕陽。

 どれだけ強くてもダンジョンに一人で潜るのは自殺行為だ。

 それに選抜トーナメントの出場には、最低三人のメンバーが必要だった。

 学生に与えられている出場枠は、バトルアリーナの団体戦のみだからだ。

 三年生ともなると、みんな既にパーティーを組んでいるだろうし、これから仲間を集めるのは厳しいだろう。どこかのパーティーに入れてもらうと言う手もあるが、雫の実力に見合うパーティーがあるとは思えなかった。

 下手なパーティーに入るくらいなら、パーティーを解散した意味がないからだ。


「先輩フリーなんだよね? パーティーに誘えばいいんじゃない?」


 そんな夕陽の疑問に「悩む必要ある?」と言った表情で答える明日葉。

 夕陽も考えなかった訳ではないが、一度断られているだけに躊躇したのだろう。

 しかし、


「あかりんも、そのつもりで話を振ったんだよね?」


 雫の話が時点で、そう言う話だと明日葉は思っていた。

 雫なら戦力として申し分ない。

 一緒に共闘して、信頼できる人物だということも分かっている。

 それに――


「あかりんとアタシはどっちかと言えば中衛寄りだから、前衛で戦える人がいた方が安定すると思うんだよね」


 パーティーのバランスを考えてのことでもあった。

 言われて見ると、確かにと納得させられる夕陽と朱理。

 いまは明日葉が敵を撹乱して、夕陽がサポート。朱理がモンスターにトドメを刺すと言った戦法をとっているが、それは専門の前衛職がいないからだ。朱理は剣も使うがどちらかと言うと中衛寄りの魔法職で、明日葉も本来の役割は斥候レンジャーだった。

 前衛がいた方が、明日葉の言うように安定感が増すのは間違いない。


「どうかしたの? 二人とも驚いた顔して?」

「ああ、うん。明日葉も、そういうこと考えられるんだと思って」

「ええ、正直に言うと驚いたわ」


 的確な分析に驚く夕陽と朱理。

 明日葉がそこまで深くパーティーのことを考えていたとは思っていなかったからだ。

 しかし、いまや明日葉も朱理と同じBランクの探索者だ。それに〈斥候レンジャー〉の役割には〈分析〉も含まれている。パーティーの実力を把握していなければ、モンスターとの力の差を見極めることも出来ないからだ。

 日頃の行い。普段の言動が招いた結果でもあるのだが、


「……二人ともアタシのことなんだと思ってるの?」


 不当な評価を受け、明日葉は不満を口にするのであった。

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