第413話 それぞれの選択

「はあ……」


 学校の購買で買った焼きそばパンを片手に、中庭のベンチで空を見上げながら溜め息を漏らす男子学生の姿があった。

 生徒会の副会長、東大寺剛志だ。


「浮かない顔してるな」


 一人寂しく食事をする剛志に、苦笑を交えながら声をかける大柄な男。

 制服越しにも分かる鍛え上げられた肉体と、二メートル近い身長が目を引く彼の名は、大石。雫が率いる生徒会のパーティーで、盾役タンクを担当していたCランクの探索者だ。


「後悔するくらいなら、お前だけでも残って良かったんだぞ?」


 解散になったパーティーのことを大石が言っているのだと察し、「そんな訳にいくか」と剛志は呆れながら答える。


「ようやく肩を並べて戦える仲間と巡り逢えたんだ。なら、会長の優しさに甘えて、僕たちが足を引っ張る訳には行かないだろう」


 それが、剛志が生徒会パーティーの解散を申し出た理由だった。

 他のメンバーも同じだ。自分たちの実力では、雫に釣り合わない。ずっと、それを感じながらも共にやってきた。

 しかし、ミノタウロスのイレギュラーと戦い、命を落としかけて痛感したのだ。

 この先、自分たちの実力では雫についていけない。

 足を引っ張るだけでなく、いずれ致命的な結果を招きかねないと――


「いまの僕たちでは、また同じことを繰り返すだけだ。次も運良く助けが現れるなんて期待は抱かない方が良い」


 ミノタウロスとまともに戦えていたのは、雫だけだった。自分たちだけではミノタウロスを倒すどころか、足止めすら困難だったと剛志は冷静に自分たちの実力を評価していた。

 雫がミノタウロスの囮役を買って出ていなければ、パーティーは壊滅していただろう。だから、このままではダメだと思ったのだ。

 

足手纏いぼくたちがいなければ、会長は下層だって目指せる。いいや、その先にだって……」


 雫の才能を腐らせないためにも、自分たちが足を引っ張る訳にはいかない。身を退くべきだと、剛志は考えた。

 他にパーティーを組む者がいないのであれば話は別だが、いまは雫と肩を並べる実力者がいる。斉藤先生がいるから大丈夫と夕陽は言っていたが、それが嘘だと見抜けないほど剛志の目は雲っていなかった。

 その証拠に月面都市から聞こえてくる噂は信じがたいものばかりだった。

 情報統制が敷かれているらしく夕陽たちの活躍は伏せられているみたいだが、間違いなく彼女たちが一枚噛んでいると剛志は考えていた。

 だから決断したのだ。

 パーティーを解散して、雫には彼女たちと上を目指して欲しいと――


「なら、それを正直に話せばいいだろう」

「そんなこと言ったら、会長は僕たちを見捨てられない。あの人は優しすぎるからな」


 退学になった生徒たちのことで心を痛めていたくらいだ。

 剛志からすれば、自業自得。むしろ、警察沙汰にされなかっただけ温情と思っているのだが、そこまで非情になれないのが雫のよいところであり、欠点だとも思っていた。

 実際、雫だけならミノタウロスから逃げてダンジョンを脱出することも出来たはずだ。それが出来なかったのは、雫の甘さと優しさ。正義感によるものだと分かっていた。

 その優しさに自分たちは助けられたのだから――

 だから、こうするしかなかったのだと剛志は話す。


「これでよかったんだよ」

「そうか……まあ、お前がそれでいいならいいさ」


 不器用な奴だと思いながらも、大石は親友・・の決断を支持するのだった。



  ◆



「男ってバカよね」

「そんなことを僕に言われても……」


 困ると言った表情を見せる山田。

 いつものように教室の窓際の席で一人で昼食を取っていたら、広瀬が話し掛けてきたのだ。

 彼等も生徒会パーティーの元メンバーだった。

 Cランクの探索者で、二人とも学内で十本の指に入る実力者だ。それだけに雫ほどではないにせよ、近寄りがたいオーラを纏っているのだろう。遠巻きに眺めるだけで、誰も声をかけようともしない。

 もっとも、山田の場合は別の意味で避けられているのだが――


「山田っちはノリが悪いな。そんなのだから友達ができないんだよ?」

「だから、僕は山田じゃない! 漆黒のアルベルトだと、何度言えば――」


 これが理由だ。

 高校三年生にもなって、まだ彼は中二病を克服していなかった。

 それどころか年々症状は悪化していて、自分の前世は異世界の元冒険者で〈漆黒のアルベルト〉と呼ばれていた転生者だと、本気で思い込んでいるほどだった。

 こんなことを普段から口にしているのだから、頭のおかしい奴だと思われてクラスメイトに避けられるのも無理はない。そんな彼に絡むのは、広瀬くらいのものだった。


「はいはい。そんなことより、山田っちはこれからどうするの?」


 なにを言ってもダメだと、諦める山田。

 逆らったところで口では勝てないと分かっているからだ。

 そもそも、広瀬がどうして自分に絡んでくるのかが分からない。同じパーティーに所属していたとはいえ、ただそれだけの関係だ。それに自分と違って広瀬には取り巻きの連中がいる。

 広瀬と一緒で山田が苦手とするタイプの女子だが、仲間がいるなら自分に絡んで来ないで、そいつらとメシを食えばいいじゃないかと、心の中で山田は愚痴を溢す。

 とはいえ、それを言っても話を聞く相手じゃないとも分かっているのだが……。

 だから広瀬が満足するまで、適当に話を合わせる。それが、広瀬と山田のいつものやり取りだった。


「どうするって……普通に卒業まで目立たないように過ごすだけだけど?」

「そう言う話じゃなくて、一人だとダンジョン実習で困るでしょ? アンタ、友達いないし、一緒にパーティーを組んでくれる相手を探すのも大変なんじゃない?」

「う……」


 痛いところを突かれ、苦悶に満ちた表情で胸を押さえる山田。

 実際、生徒会のパーティーに拾ってもらえなければ、ダンジョンの実習に参加できていたか怪しい。探索者学校では、最低三人以上のパーティーで潜ることが義務化されているからだ。

 パーティーを組めなければ、ダンジョンに潜れない。即ち、単位を落とすと言うことだ。Cランクになるどころか、三年生に進級すら出来ていたか怪しいという自覚は山田にもあった。


「だから、私が一緒にパーティーを組んであげてもいいわよ」

「え……それはちょっと……」


 広瀬にパーティーに誘われ、躊躇う様子を見せる山田。

 困っていることは確かだ。しかし、広瀬とパーティーを組むと言うのは精神衛生上、避けたかったのだろう。

 広瀬が苦手と言うのもあるが、彼女とパーティーを組むと言うことは残りのメンバーは例の取り巻きの可能性が高いと考えたからだ。


「ちょっと? なにか不満でもあるの?」

「いや、だってキミはもう例の取り巻……いつも一緒にいる友達がいるだろう? 彼女たちは四人だし、キミを入れて五人じゃないか」


 だから必死に断るための言い訳を考える。

 パーティーは三人以上、五人までが推奨されている。上層から中層までは狭い迷路のようなダンジョンが続くため、しっかりと連携を取るのであれば、このくらいの人数が最適とされているからだ。

 自分が入れば、ギルドの推奨する人数を超えてしまう。そう話す山田に――


「大丈夫。山田っちをいれて、いまのところまだ三人・・だから」

「……え?」

「あの子たちは、もう自分たちでパーティーを組んでるしね。そこに私が入っても邪魔になるだけでしょ。だから新しくパーティーを作ることにしたのよ。それで、山田っちに声をかけたってわけ」

「え? え?」


 思いもしなかった展開に、戸惑う山田。


「あ、優衣! こっちこっち!」


 教室に入ってきた女生徒に声をかける広瀬。

 明るい髪を首のあたりで二つに束ね、物静かな印象を受ける女生徒。

 ダンジョンの中層に取り残されていたところを、雫たちに救出された長瀬優衣だ。


「山田っち、紹介するね。彼女は長瀬優衣。ランクはDだけど、なんと貴重な回復スキル持ち! 山田っちと彼女で後衛は完璧だし、私が中衛をカバーできるから、あとは前衛がいれば完璧だよね」


 畳み掛けるような広瀬の勢いに押され、圧倒される山田。そして、それ以上の上手い断り方が思いつかず、山田は流されるまま広瀬のパーティーに加わることになるのだった。

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