第412話 因果応報

「え……退学になった?」


 今回の騒動の原因を作った生徒三人が退学処分を受けたと言う話を副会長から聞かされ、雫は驚いた様子を見せる。

 先生への挨拶を済ませ、久し振りに生徒会室に顔をだしたら副会長――東大寺剛志がいたのだ。今日は学校は休みのはずだが雫が留守の間、会長の代理として生徒会を率い、選抜トーナメントの準備に奔走していたのだろう。


「はい。彼等は探索者として……いえ、人としてやってはいけないことをしましたから、当然の処分かと」

「でも、イレギュラーの発生は偶発的な事故では? それに今回の件はスタンピードが関係していたと、ギルドから公式発表がされているはずでしょ?」

「確かに、それだけなら退学にまでならなかったと思います。ですが……」


 イレギュラーの発生原因は、まだちゃんとしたことは分かっていない。

 大人数でダンジョンに潜るとイレギュラーと遭遇しやすいなんてデータもあるが、あくまで統計から導きだされたデータであって確証のあるものではなかった。

 それに今回の件はイレギュラーだけでなくスタンピードが関係していたと、ギルドから公式発表がなされている。その点から考えても生徒に責任を負わせるのは、筋が通らないように思える。

 中層に足を踏み入れたことは迂闊だが、探索者であれば自己責任と言えるからだ。

 しかし、


「退学になった三人はCランクという立場を利用して、自分たちよりも弱い生徒を力で脅して半ば無理矢理に中層へ連れて行ったようです。中層から逃げて来た生徒のなかには三年生だけでなく、二年生や一年生の生徒も混ざっていました」


 その三人が取った行動は、とても許せるものではなかった。

 ダンジョンで起きたことは自己責任だが、それはダンジョンで起きたことをギルドが把握するのは難しいから言われていることだ。立場で無理矢理に従わせたり、力で脅す行為はギルドでも禁じられている違反行為だった。

 場合によっては犯罪になることもある。今回のケースのように――


「Cランク? まさか、退学になった生徒と言うのは……」

「はい。例の・・三人組です」


 雫の頭に浮かんだのは、素行が悪いことで知られる三人の男子生徒だった。

 過去に何度か問題を起こしており、生徒会でも要注意人物に挙げていた三人。しかし、ミノタウロスから逃げていた学生のなかに、件の三人の姿はなかったはずだ。他の生徒は全員がDランクだったと、雫は記憶していた。


「本人たちは否定していましたが、ミノタウロスが現れた時、他の生徒を囮にして真っ先に逃げたようです。最初から肉壁に使うのが目的だったのではないかと……」


 敵わないモンスターから逃げること自体は犯罪ではない。自分の命を優先するのは当然だからだ。

 しかし、能力で劣っている者たちを実力に見合わないところへ連れて行き、囮に使う行為は明確に禁じられている。それで死人がでた場合、重い処分を負わさせることもある危険行為だった。

 ほとんどの場合、発覚しないために見過ごされているが、今回のように証人がたくさんいれば話は別だ。

 それに決め手となったのが――


「生徒に一名、犠牲者がでたのが決定的でした。それに会長が保護された女生徒の証言もありましたから」


 長瀬優衣の証言だった。

 彼女は谷山悠生の死に関することや、事の詳細をギルドに報告していた。

 それがギルドから探索者学校の理事会にも伝わり、更に査問会で優衣の証言を裏付ける話を斉藤がしたことで処分が下されたと言う訳だ。

 剛志の説明を聞き、こればかりは雫も擁護できず、苦い表情を浮かべる。


「会長が気に病むことはありません。彼等自身の責任ですから」


 探索者の世界は実力主義だ。

 努力も必要だが、生まれ持っての才能――スキルの優劣が将来に大きく影響する。

 学生でCランクなら有望株と言えるが、中途半端に才能がある者ほど腐りやすい。

 上を見ればキリが無いのだが、焦りもあったのだろう。しかし、そんな言い訳が許されるほど、この世界は甘くなかった。

 彼等は自分たちのやったことの責任を取っただけ。

 それが副会長の――剛志の考えだ。


「そうね……。副会長の言うとおりよ」


 学生に責任を負わせるのはどうかと言う考えはある。

 しかし、本人たちに自覚はなく軽い気持ちだったのだとしても、やったことは明らかな犯罪行為だ。特に優衣や悠生の気持ちを考えれば、到底許される行為ではなかった。

 退学処分で済んだのは、まだ温情とも言えるだろう。


「それで、会長。もう一つ、大事な話があるのですが……」

「大事な話? もしかして、まだ誰か他に処分を受けた生徒が……」

「いえ、そう言うことではなく……」


 どことなく話し難そうな雰囲気を見せながらも、剛志は意を決して口にする。


「僕たちは選抜トーナメントへの出場を辞退します。なので、生徒会パーティーを解散させてください。これはパーティー全員の総意です」

「……え?」


 それは雫にとって、思いも寄らない告白だった。



  ◆



「くそ! なんだって俺たちが退学にならないといけないんだ!?」


 不満を漏らしながらダンジョンのゲートを潜る二人の青年の姿があった。


「ほんと、最悪だ。チクった奴等は絶対許さねえ」


 退学になった探索者学校の生徒たちだ。

 自分たちを退学にした学校や、証言した生徒たちに対する不満を漏らしながらダンジョンへと入って行く。


「そう言えば、聞いたか? ミノタウロスの囮に使った女――長瀬だったか? あいつ、生きていたらしい」

「はあ? じゃあ、そいつの所為で俺たちは退学になったってことかよ」

「ああ、谷山の奴がモンスターから庇ったんだと。実力もない癖に余計な真似しやがって」


 苛立ちを隠せない様子で、優衣と悠生への不満を口にする二人。


「なら谷山の奴は死んだんだろう? だが、それだけじゃ気が晴れない。なんとか仕返しがしたいな」

「しばらくダンジョンでの実習は控えるそうだが、それでもずっとって訳じゃないだろ。その時を狙って、長瀬の奴を襲えばいいんじゃね?」

「次、バレたら退学どころで済まないぞ?」

「バレなきゃいいんだよ。Dランク以下の雑魚なんて俺たちの敵じゃないだろ。ダンジョンでなにが起きようと・・・・・・・・証拠はないからな」


 反省など微塵もしていない。

 自分たちが退学になったのは、すべて学校と証言した生徒たちが悪い。

 これが、この二人の考えだった。


「しかしリッカ・・・の奴、俺等の誘いを断りやがって……」

「あいつは臆病だからな。退学になって急に怖くなったんじゃねえか?」

「たく……情けない奴だ」


 嘗ての仲間。一緒に退学になった学生に対しても、二人の怒りは向かう。

 それほど、学校の処分に納得が行っていないのだろう。

 自分たちは選ばれた人間だ。将来有望な自分たちが退学になって、実力のない雑魚が学校に残る。そう言った考えが、彼等の根底にはあるからだ。

 魔力適性の低い者を劣等種と呼び、一部ではあるが自分たちが選ばれた存在だと思っている探索者は存在する。特に有能とされるスキルに目覚めた者ほどそう言った傾向にあり、自分たちは神に選ばれた存在だと本気で思っている者たちもいるほどだった。

 彼等の考えも、そう言った選民意識に凝り固まっているのだろう。


「取り敢えず、適当に稼いでパーッと憂さ晴らしにでもいこうぜ」

「そうだな。今日のところは二人だし、取り敢えず上層で魔狼でも狩るか」


 ゴブリンや魔狼でも小遣い稼ぎ程度にはなる。

 学校は退学になったものの幸い探索許可証ギルドカードが剥奪されることはなかった。

 探索者を続けている限り、食いっぱぐれることはない。

 自分たちはCランクの探索者だ。選ばれし人間だ。その自信が二人を支えていた。

 しかし、


「はあ、なんでだ!? 魔法が発動しねえ!」

「こっちもだ! スキルが使えない! くそ、なんでだ!? それに身体が思うように動か――」

「うああああああああ!?」


 思うように力をだせず、魔狼の群れに蹂躙される二人。

 他者を見下し、力に溺れた者の末路。

 男たちの悲痛な声が、人知れずダンジョンに響くのだった。



  ◆



「相変わらず、やることがえげつないね。キミは……」


 そう話すのは〈九姉妹ワルキューレ〉の一人、グリムゲルデだ。

 退学処分になった三人に対して、ロスヴァイセはペナルティを科していた。

 三人の魔力・・スキル・・・を封じたのだ。


「私は言いましたよ。反省して少なくとも一年・・は大人しくしているようにと――」


 ロスヴァイセの〈封印〉の力は、恒久的に効果のあるものではない。

 だから退学になった三人の生徒に言ったのだ。

 反省しているのであれば、一年・・は大人しくしているようにと――


「話を聞かなかったのは、彼等の自業自得です。機会は与えましたから」


 ロスヴァイセは子供に優しい。

 誰にでも平等に機会を与える慈悲を持ち合わせている。

 しかし、彼女も楽園のメイドであることに変わりは無かった。

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