第411話 ダンジョンクリエイト
「代表の座を勝ち取るため、我等が理想を成就するために――ダン高よ、アタシたちは帰ってきた!」
校舎へと続く並木道に明日葉たちの姿があった。
意味深なセリフを校舎に向かって叫ぶ明日葉を見て、朱理は首を傾げる。
「……明日葉、それなに?」
「先生の部屋にあった昔のアニメの台詞。アタシなりにアレンジしてみたの」
どう? と胸を張る明日葉に、なんとも言えない表情を覗かせる。
どうもなにも元ネタが分からないから、反応のしようがないのだろう。
そもそも、なんでそんなものが椎名の工房にあったのかと疑問が湧く。
「研究資料らしいよ」
「そう言えば、異文化交流の話があったわね。地球の文化を学ぶためかしら?」
研究――それなら理解できると、明日葉の話に納得する朱理。
歴史を学んだ方が早い気がするが、そう言ったものは既に調べ尽くしているはずだ。だから、より地球の文化について深く学ぶ為に、漫画やアニメと言ったサブカルチャーにまで手を広げたのではないかと考えたのだ。
「たくっ、なにをバカやってるんだか……」
そんな明日葉と朱理のやり取りを、呆れた様子で見守る中年男性がいた。
Bランクの探索者にして探索者学校で戦闘訓練を担当している教師、斉藤だ。
「斉藤先生。迎えにきてくれて、ありがとね」
「調子良いこと言ってるが、お前等……俺のこと忘れてただろ?」
夕陽たちが帰国すると聞いて、ロスヴァイセの指示で斉藤がダンジョンの入り口まで迎えにいったのだが、二週間ぶりに再会した明日葉の一言が「あれ? 斉藤先生、なんでいるの?」だったのだ。
明日葉だけでなく朱理や雫までバツの悪そうな顔をしていたことから、斉藤のことを忘れていたのは明らかだった。
「先生だってアタシたちに黙って先に帰国してたんだし、お互い様じゃない?」
「俺が先に帰国したのは、学生のお前等と違って仕事があるからだ。大人には、いろいろとあるんだよ」
夕陽たちよりも早くギルドから解放され、一足先に日本へ帰国した斉藤だったが、そんな彼を待っていたのは理事会による査問だった。
斉藤が早く解放されたのは探索者学校からの要請があったからで、処分が保留になっている生徒たちの対応を決めるため、事情を知る斉藤が説明を求められることになったと言う訳だ。
しかも、学校の理事会だけでなく政府からも事情聴取を求められ、解放されたのは一昨日のことだった。
だと言うのに、この扱いだ。斉藤が不満を漏らすのも無理はない。
疑われても仕方のないことをしてきたとはいえ、理不尽だと肩を落とす斉藤。
そんな斉藤を見て、ちょっとだけ同情する夕陽と朱理の耳に――
「皆さん、ありがとうございました!」
女生徒の声が響く。
二人が振り返ると、長瀬優衣が深々と頭を下げていた。
「長瀬先輩。先輩の方が学年は上なんですから、私たち相手に畏まらなくてもいいですよ?」
「いえ、皆さんは命の恩人ですから」
そんなことは出来ないと頑なな態度を見せる優衣。
固い意志を感じて、これはなにを言っても無理そうだと夕陽は諦める。
同級生に裏切られてダンジョンに置き去りにされた挙げ句、モンスターから庇ってくれた男子生徒を目の前で亡くしたのだ。普通はトラウマを抱えていても不思議ではないのに、彼女は自分の意志で探索者学校に戻ってきた。
そのことから、芯の強い女性だと感心しているくらいだった。
「先輩が立ち直ったみたいで良かったです。でも、谷山先輩のことは残念でしたね」
夕陽の言葉に、表情を曇らせる優衣。
自分の命を救ってくれた青年――谷山悠生のことが、やはり気掛かりなのだろう。
「仕方ないです。
悠生が一緒に帰ってきていない理由。それは探索者の資格を失ったからだった。
正確には登録の抹消ではなく停止なのだが、それでもダンジョンに潜ることを禁じられてしまっては探索者を続けることは難しい。ダンジョン実習に参加できないとなると、探索者学校に通い続けることは難しかった。
この学校は探索者を養成するための学校だからだ。
そのため、悠生はまだ月面都市に残っていた。彼自身がそれを望んだからだ。
「でも、悠生は諦めていません。きっと戻ってくると信じています」
だから彼との繋がりを断たないためにも、探索者を続けることにしたのだ。
「惚気られた気がするんだけど、お幸せにと言っておくべきかな? あかりん」
「私に振られても困るわ。あと先輩をからかうのは良くないわよ」
「か、彼とは
あからさまな反応を見せる優衣に、それで誤魔化すのは無理があるだろうと明日葉だけでなく朱理も呆れる。
とはいえ、あたたかく二人のことは見守ることにする。
人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるという話が、日本にはあるからだ。
「八重坂さん、一文字さん、久遠さん。私からも御礼を言わせて頂戴。あなたたちのお陰で、こうして生きて帰ることが出来た。本当に感謝しているわ」
優衣に続き、深々と頭を下げる雫。
先輩二人に揃って頭を下げられ、困った顔を見せる夕陽、朱理、明日葉。
あらためて感謝されると、反応に困るのだろう。既に感謝なら何度も受け取っているし、人として当然のことをしただけで、そこまで感謝されるほどのことをしたとは思っていないからだ。
それに雫の活躍がなければ、もっと多くの犠牲者がでていたかもしれない。
その点から言えば、雫も感謝される側の人間だと思っているのだろう。
「でも、それと選抜トーナメントの話は別。あなたたちに代表を譲るつもりはないわ」
先程までとは打って変わって闘志を剥き出しにする雫に、自然と夕陽たち三人の表情は引き締まる。
本気で代表の座を狙っているのだと悟ったからだ。
それでも――
「勝つのは私たちです」
夕陽は胸を張って、雫の宣戦布告を受けて立つ。
夕陽の言葉に続くように、揃って頷く朱理と明日葉。雫が相手でも、代表の座だけは譲るつもりはなかった。
そのために椎名のもとで厳しい特訓に耐えてきたからだ。
そんな三人の気迫を感じ取ってクスリと微笑むと、雫は優衣と共に校舎へと姿を消す。
「やっぱり……俺がいること忘れてねえか?」
蚊帳の外におかれ、すっかりと忘れ去られた斉藤を残して――
◆
ダンジョンの調査を進めた結果、一つ判明したことがある。
シャミーナの言っていた蘇生された人たちなのだが、ある異常が確認されたのだ。
それが、
「まさか、スキルを使えなくなるとはな」
生き返った探索者たち全員が、スキルを使えなくなっていたのだ。
それも、ただ使えなくなったのではない。〈解析〉の結果、スキルそのものを失っていることが判明した。
スキルとは魂の力そのものだ。魂に刻まれた恩恵が消失するなど普通はありえないことなのだが、なんの代償もなし死人が蘇るとも思えない。そのことから、これが復活の代償なのではないかと俺は考えていた。
では、失ったスキルはどこへ行ったのかと言うと、恐らくダンジョンに吸収されたのではないかと思う。
問題はそれを調べようにも、ダンジョンには〈方舟〉のような管理システムがある訳ではないんだよな。せめてダンジョンの状態を〈解析〉することが出来れば、いろいろと調べたりシステムを構築できたりするのだが――
『できますよ』
え? 出来る?
と言うか、アカシャの声を久し振りに聞いた気がする。
何度か声をかけていたのだが、ここ最近は反応がなかったのだ。
『システムのアップデート中でしたので』
アカシャの正式名称は〈全知の書〉と言う。
アーカーシャシステムに接続するための端末。それがアカシャの正体だ。
ちなみにアーカーシャシステムと言うのは、世界樹が蒐集した情報を解析し、管理するための装置らしい。俺もよくは分かっていないのだが、つまり巨大なデータベースのようなものだと解釈していた。
だからアカシャは〈全知〉の名を与えられていると言う訳だ。
しかし、アップデートね。前に言ってた存在の位階とやらが上がったのか?
『はい。
朗報だった。
あれから〈
なんでも知っているからと言って、なんでも答えてくれる訳ではないのがアカシャの難儀なところだった。
『マスターのためになりませんから。それに自身の力で真理に辿り着いてこそ、真の錬金術師を名乗れるのではないでしょうか?』
ぐうの音も出ない。確かに調べもしないで答えを求めるのは、俺も間違っていると思う。
とはいえ、ノーヒントだしな。手掛かりもなしに答えに辿り着けと言うのは、些か無茶が過ぎる。ヒントくらい教えてくれてもいいんじゃないかとか、いろいろと言いたいことはあるが、
「いまは解放されたという新たな権限について確認するのが先か」
まずは新たな権限とやらを確認するのが先だろう。このままでは調査も進まないしな。
ダンジョンの状態を〈解析〉できるって言ったよな?
どうすれば、いいんだ?
『既に準備は整っています。マスター、宙に手をかざしてください』
こうか?
『では、そのままの状態で、こう唱えてください。
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