第410話 探索者の楽園
「
「ミスリル製の武器を入荷したよ! あの〈迦具土〉の魔導具技師が製作したものだ。品質は保証するよ!」
たくさんの店が建ち並ぶ通りに、威勢の良い呼び込みが飛び交う。
GPと言うのはギルドポイントの略で、通貨の代わりに利用されているものだ。各国によってレートは違うが、クランが経営する店やギルドの関連施設であれば換金せずとも、そのまま通貨として利用することが出来る。
ここ月面都市ではGPでの支払いが一般的で、どの店でもギルドカードが支払いに利用できるようになっていた。
「凄いわね。こんなに人がいるとは思ってもいなかったわ……」
土産物を買うならここが一番品揃えがいいと大通りに面した商業エリアをアイーシャに紹介してもらったのだが、大都会の賑わいとは違った市場の活気に圧倒され、朱理は息を呑む。
人口三十万人と言う話は聞いていたが、これほど活気に満ちているとは思っていなかったからだ。
「先輩、挙動不審に見えますけど大丈夫ですか? 人混みに慣れてなくて酔ったとかなら、どこかで休憩しててもいいですよ」
「そう言う訳ではないのだけど……こんな風に大勢で買い物に来たことがなかったから、どうしていいか分からなくて」
「え? 生徒会のパーティーの人たちと買い物に行ったりしなかったんですか?」
「ダンジョン探索に必要なものは副会長が揃えてくれていたし、学内の行事も雑務は自分たちに任せてくださいと言って、買い出しなんかは他の子たちがやってくれていたから……」
「ああ……なるほど」
雫の話を聞き、その時の状況が鮮明に想像できて納得してしまう夕陽。
雫が生粋のお嬢様であることは、今更語るまでもないことだ。
そのお嬢様振りは学内でも有名で、まさに絵に描いたお嬢様。近寄りがたい高嶺の花のような扱いを受けていた。同級生でさえ気後れし、声をかけるのも躊躇われるような人物だけに、パーティー内での扱いも想像できてしまう。
「だから、こんな風に誘ってもらったことがなくて……久遠さんには、とても感謝しているのよ」
「……明日葉は、ああいう子なので」
「ええ、とても良い子よね」
雫のなかでの明日葉の評価が気になるが、敢えてツッコミを入れない夕陽。
雫が楽しそうなら、水を差すこともないと思ったからだ。
それに誰が相手でも物怖じせず態度を変えないところは、明日葉の良いところでもあると夕陽は考えていた。
「それじゃあ、先輩。今日は目一杯楽しみましょう」
「ええ、お土産を買うのよね? 生徒会のみんなにも買っていってあげたいわ。ミスリルの剣がお買い得らしいけど、どうかしら?」
「いえ、それはちょっとお土産には向かないかなと……」
「そう? 木刀がお土産の定番だと聞いたことがあるのだけど……やっぱり、木刀でないとダメなのね」
冗談を言っているように見えないことから、やはり天然だと雫を評価する夕陽。
これが買い出しに連れて行ってもらえなかった理由ではないかとさえ思えてくる。
ぼったくられる未来しか見えないからだ。
「本当に凄い人だね。あの――ちょっと、すみません!」
「明日葉!?」
探索者と思しき装備を身に付けた女性に声をかける明日葉を見て、思わず声を上げる朱理。たまに突拍子もない行動を取ることがあるが、この状況で見ず知らずの人にまで気後れなく話し掛けるとは思っていなかったからだ。
「ん? なんだい?」
「今日って、お祭りでもやっているんですか?」
余りに人が多いことから、なにか催しでもやっているのかと考えたのだろう。
実際、商業エリアは全体的に雑多としていて左右に建ち並ぶ建物以外にも、露店の出店が数多く見受けられた。
明日葉がお祭と勘違いするのも無理はない。
「ああ……お嬢ちゃんたち、この街は初めてかい? 普段から、ここはこんな感じだよ」
普段からこの賑わいと聞いて、驚く明日葉。
だが、それも当然と言えば当然だった。ここ月面都市は、探索者の楽園と呼ばれるダンジョンの街だ。
市場には稀少な素材やアイテムが並び、地球では滅多に目にすることのないアイテムも、ここでなら比較的安価に手に入れることが出来る。だからダンジョン目的の探索者以外にも、国や企業などから依頼を受けたビジネス目的の人間が数多く買い付けに訪れるのだ。
それに――
「月面都市はまだまだ開発中のエリアが多くて、街の開発が人口の増加に追いついてないからね。それに、この辺りは地価も高いから」
店を構えることが出来ず、こんな風に露店が増えたのだと女性探索者は説明する。
その話に納得した様子で、なるほどと頷く明日葉。
お姉さんありがとう、と御礼を言いながら落ち着いた様子の夕陽を見て、
「夕陽は余り驚いてないね」
首を傾げながら尋ねる。
朱理や雫は市場の熱気に圧倒されている様子なのに、夕陽だけは落ち着いていたからだ。
「私は何度か来たことがあるからね」
夕陽が落ち着いているのは、連休などを利用してレミルと一緒に何度も訪れたことがあるからだ。本来はギルドで厳重に管理されているはずの〈
サーシャのことを思い出し、明日葉は納得した様子を見せる。
いつ知り合ったのかと思っていたが、それなら納得が行くと理解したからだ。
「嬢ちゃんたち、どこかで会ったことがあるかい? なんか見え覚えが……」
明日葉が声をかけた探索者が、なにかに気付いた様子を見せる。
正体に気付かれたのでは?
と考え、警戒する四人だが、
「おもいだした! アンタたち、この前の戦いに参加してた子たちだろう? ずっと御礼を言いたかったのにギルドに顔をださないし、心配してたんだよ。ありがとよ! アンタたちのお陰で助かったよ」
なぜか感謝され、困惑する。
強引な勧誘を受けたり、質問攻めにあうことも覚悟していたからだ。
まさか、こんな反応が返って来るとは思ってもいなかったのだろう。
「おい、アンタたち! 英雄のおでましだよ!」
「なに!? それって言うと――」
「ああ、
女性探索者が声を上げると、ワイワイと人が集まってくる。
そして、
「アンタたちが、街を守ってくれた英雄かい? なら、うちで料理を食べていっておくれ。腕を振るうよ」
「オーク相手の大立ち回りも凄かったが、ギルドに
「未成年に酒を勧めるんじゃないよ!? バカなのかい!?」
あれやこれやと、宴会がはじまる。
展開の早さと勢いに圧倒されるがまま、店の中に案内される四人。
状況が呑み込めず戸惑う四人を見て、
「そう、警戒しないでおくれ。別にアンタたちをどうこうしようって訳じゃないからさ。ただ、少しでも借りを返したいだけさ。ここにはアンタたちに命を救われた探索者や、その家族が大勢いるからね」
「そうそう。嬢ちゃんたちになにかしたら、ギルマスに殺されちまうしな」
「〈聖女〉ならやりかねねえな。ボコボコにされて街を追いだされたバカも少なくねえし……」
ただ借りを返したいだけだと、探索者たちは笑って話す。
それが本心からの言葉だと言うのは、態度を見れば察することが出来た。
聖女が怖いと言うのもあるが、恩人を困らせるようなことは彼等の流儀が許さないのだろう。
だから――
「困ったことがあったら、いつでもアタシたちを頼っておくれ。
探索者の
困ったことがあれば、今度は自分たちが力を貸す番だと――
それが、月面都市のギルドに籍を置く探索者たちの総意だった。
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