第409話 自由

「え? 日本へ帰れるんですか?」


 驚きと戸惑いを隠せない様子で尋ねる朱理。

 ホテルでの軟禁が続いて二週間。またギルドに呼び出されたかと思ったら、帰国の準備が整ったと、アイーシャから聞かされたからだ。


「はい。明後日、帰国していただきます。不自由をお掛けしましたが、行動制限も解除しますので自由になさってくださって構いません」

「それって観光オッケーってこと!? 露天風呂も解禁!?」

「はい。それと、こちらは受け取り確認の明細書です。皆様のギルドカードに討伐作戦のクエスト料と、回収した魔石や素材の代金も振り込んでありますので、ご自由にお使いください」


 やったーと大喜びする明日葉に対して、朱理は複雑な表情を滲ませる。

 最悪の場合、このまま日本へ帰れない可能性すら考えていたからだ。

 二週間で解放され、帰国の目処が立つとは思っていなかったのだろう。


「あかりん、見たことのない桁の金額が振り込まれてるよ!?」

「ああ、うん。確かにちょっと多い気がするけど……」


 アイーシャから渡された明細書には、学生が目にすることのないような金額が記載されていた。

 しかし、オークやミノタウロスはCランクのモンスターだ。その魔石や素材は利用価値が高く、市場では相応の値段で取り引きがされている。そこに討伐作戦のクエスト料も含めれば、ありえない金額ではなかった。


「朱理様。もしかして報酬に不満でも?」


 そんな朱理の反応を勘違いして、報酬に不満があるのではないかと考え、尋ねるアイーシャ。先日までDランクだった明日葉はともかく、高ランクの探索者なら見慣れた金額ではあるからだ。

 ギルドの規定通りの報酬ではあるが、今回の作戦で朱理たちが担った役割は大きい。功績を考えれば、もう少しだしてもいいのではないかとアイーシャは考えているくらいだった。

 だから不満を持つことは不思議ではないと考えたのだが、


「いえ、報酬に不満がある訳ではないです。帰国の件が気になって、もっと長引くと思っていたので……」


 朱理の悩みは別にあった。

 大丈夫なのかと心配する朱理に、なるほどとアイーシャは頷く。


「しばらくは大人しくしておいた方が良いでしょうが、危険は少ないと思います」


 朱理が心配しているのは帰国後のことだと察し、その疑問にアイーシャは答える。

 朱理たちは今回の討伐作戦で大きな実績を上げた。報酬の額からも、そのことは察せられる。だが、同時に注目も集めてしまった。

 大手のクランや、下手をすると国にも目を付けられたかもしれない。だから二週間もの間、ホテルで軟禁生活を強いられたのだ。すぐに解決する問題には思えないことから不安になったのだろう。

 しかし、完全に解決したとは言えないが、大きな危険はないだろうとアイーシャは説明する。


「それって、ギルドの公表と関係がありますか?」

「さすがですね。夕陽様」


 夕陽の質問に、アイーシャは感心する。

 まさか、そのことに気付くとは思っていなかったからだ。

 まだ学生と言うことで甘く見ていたが、考えを改める必要があると思い知らされる。


「ギルドが公表に踏み切ったのは、神王陛下のご意志に沿ってのことです。皆様を国家の干渉から守るためだと、ギルドと教団われわれは考えております」


 ギルドが新たに出現したダンジョンのことや〈楽園の主〉の真名を公表したのは、すべて神の意志に沿ってのことだった。

 真相は誰にも分からないのだからダンジョンのことを尋ねられても、これまでのように黙っていれば良いだけのことだ。誤魔化すことも出来たはずだが、そうしなかったのは夕陽たちに理由があるとアイーシャは考えていた。 

 世界の目を楽園に向けさせることが、最大の狙いだと――

 自分が矢面に立つことで、夕陽たちへの干渉を減らそうとしたのだと察したのだ。


「そこまで、私たちのことを考えて……」


 自分たちの知らないところで奔走してくれていたとは知らず、驚きながらも椎名に感謝する朱理。

 しかし、


「でも、大人しくしておいた方がいいってことは、解決した訳ではないんですよね?」


 話を聞いた明日葉は、頭に過った疑問を口にする。

 楽園に世間の注目が集まることは間違いないだろうが、それでも夕陽たちの活躍がなかったことになる訳ではないからだ。

 特に〈黄昏の薬神〉は探索者たちの間で有名だ。

 霊薬の稀少価値を考えると、国も簡単に夕陽のことを諦めるとは思えなかったのだろう。


「はい。神を恐れぬ不届き者が現れる可能性はあります。なので、しばらくは外出を控え、大人しくして頂けると助かります。探索者学校には事情を伝えてありますから、学校からでなければ問題はありません」


 それも考慮済みだと、アイーシャは説明する。

 だからシャミーナは、朝陽と夕陽を〈聖人〉に認定した。そうすることで彼女たちへの接触をけん制し、〈教団〉が介入する口実を作ったのだ。

 それに探索者学校の敷地内であれば、楽園のメイドが目を光らせているために不届き者が侵入する可能性は低い。〈教団〉の信徒も密かに学校内に潜り込ませているため、対応は可能だとアイーシャは考えていた。


「まあ、そのくらいなら仕方ないかな。ホテルに閉じ込められるよりもマシだしね」


 アイーシャの説明に、納得する明日葉。

 明日葉たちは寮で生活しているため、実際そこまで困ると言う訳ではない。探索者学校は売店も充実していて大きな食堂もある。ほとんどが校内で賄えるようになっていた。

 外出できないのは残念だが、そこは我慢するしかないと納得したのだろう。


「長瀬さんと谷山くんは、どうなるのでしょうか?」


 黙って話を聞いていた雫が手をあげて、アイーシャに尋ねる。

 優衣と悠生の姿がなかったことから気になっていたのだろう。


「ご心配なく。その二人に関しても、同様に帰国の手続きを進めています」


 アイーシャの回答に、ほっと胸を撫で下ろす雫。

 巻き込まれただけとはいえ、二人も知らなくて良いことを知りすぎている。特に悠生は死んで生き返ると言う常識では考えられない体験をしているため、もしかしたらと心配していたのだろう。


「よかったですね。先輩」

「ええ、八重坂さん。あなたたちには感謝してもしきれないわ」


 本当にありがとう、と深々と頭を下げる雫。

 これも、すべて夕陽たちのお陰だと雫は考えていた。

 夕陽たちがいなかったら、こうして生きて帰ることも出来なかったからだ。

 だから二人の分まで雫は感謝し、夕陽たちに頭を下げる。


「これで選抜トーナメントには間に合いそうだね」


 雫が心から感謝していることを察して照れ臭くなったのか、誤魔化すように別の話題を振る夕陽。


「ええ、必ず優勝するわよ」


 そんな夕陽の考えを察した朱理は、力強く頷く。

 状況は変わってしまったが、まだ大会での優勝を諦めた訳ではないからだ。

 むしろ、こういう状況だからこそ、結果を残すことが大事だと朱理は考えていた。

 いまのままでは自分の身を自分で守ることも出来ない。行動を制限されているのも、実績が乏しく立場が弱いからだ。しかし、大会で優勝してAランクになれば影響力が増し、強引な勧誘は減るだろう。


「そうと決まったら――」


 じっとしてなどいられないと、朱理は気合いを入れる。

 早速、大会に向けて特訓しようと、夕陽と明日葉に声をかけようとしたところ――


「……明日葉?」


 先程まで隣にいたはずの明日葉の姿がないことに気付く。

 明日葉の姿を捜して周囲を見渡す朱理。

 すると、


「ほら、みんな行くよ! 明後日には帰国するんだから、お土産を買わないと!」


 部屋の外で手を振る明日葉の姿があった。

 ずっとホテルに軟禁されていたことから、我慢の限界がきていたのだろう。

 そわそわと落ち着きのない明日葉を見て、


「朱理の気持ちは分かるけど、特訓は帰国してからにした方が良さそうだね。いまの明日葉は、誰にも止められないと思う」


 特訓は諦めた方がいいと、夕陽は朱理を諭すのだった。

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