第406話 予期せぬ結果

「シーナ? それが先生の名前なんですか?」


 俺とエミリアの話を聞いて気になったのか?

 名前のことを尋ねてくる明日葉。


「エミリア……」

「ごめんなさい。遂、いつもの調子で……」

「まあ、いいか。特に隠している訳でもないしな」


 日本人だとばれると面倒なことになるから言っていないだけで、本気で隠そうとしている訳ではないしな。

 それに今後のことも考えると丁度良かったのかもしれない。

 ここはエミリアの話に乗らせてもらうとしよう。


「ああ、俺の名はシーナ。シーナ・・・トワイライト・・・・・・だ」


 これからは公の場に姿を見せることも多くなるだろうし、いつまでも〈楽園の主〉では自己紹介をする時に困ることもあるかもしれないからな。暁月椎名ではなく、この姿の時はシーナ・トワイライトと名乗ることにする。

 名前が安直じゃないかって? シンプルな方が覚えやすいだろう。

 どこかの誰かさんみたいに、無駄に長い名前は覚えにくいしな。


「ああ、それが神の真名なのですね。ご尊名をうかがえる機会を賜れたことに感謝します」


 相変わらず大袈裟だな人だ。

 しかし、ここに彼女がいるのは都合が良い。


「シーナ、よかったの?」

「ああ、公の場にでる機会も増えるだろうしな。前から考えていたんだ。折角だからギルドで名前を広めてくれても構わないぞ?」


 実は近々、日本政府との調印式が控えているのだ。

 レギルの話によると日本政府との交渉がようやく一段落したそうで、正式に条約を結ぶことになったそうだ。

 だから、どのみち名前は必要だったと言う訳だ。

 まさか本名を使う訳にもいかないし、だからと言って通り名だけでは不便だしな。


「神の名を世に知らしめる……。ああ、遂にそのときがきたのですね。でしたら、このシャミーナにお任せください。そのために〈教団わたくしたち〉は存在するのですから」


 いつになく、やる気を見せるシャミーナ。

 ちょっと不安だけど、基本的には有能な人みたいだしな。

 名前を周知させるだけの話だし、任せても大丈夫だろう。

 上手く行けば、〈黄昏の錬金術師中二病ネーム〉を上書きできるかもしれない。


「ああ、任せ――」

「パパ!」


 任せたと口にしようとしたところで、ポンッと目の前に現れた少女に抱きつかれる。

 金色の瞳に白い髪の少女。イズンと同じ世界樹の大精霊――


「フリージア」


 フリージアだ。

 彼女は、ここ月面都市の世界樹から生まれた大精霊だった。


「ん? なんか甘い匂いがするな」

「アイリスお姉ちゃんとシオンお姉ちゃんと一緒にタルトを焼いたんだよ」

「そういうことか。呼びに来てくれたんだな。でも、まだパパたちは大事な話があるんだ。もう少し待っていてくれるか?」

「うん。それじゃあ、お茶会の用意をして待ってるね」


 そう言うと、景色に溶け込むように姿を消すフリージア。

 シオンとアイリスのもとへ向かったのだろう。

 世界樹の大精霊は精霊の眼を通して離れた場所の景色を覗けるだけでなく、魔力のあるところなら一瞬で転移することが可能だからな。待ちきれずに様子を見に来たと言ったところだろう。

 世界樹の大精霊と言っても、まだまだ子供だしな。


「パパって……先生、何人子供がいるんだろう?」

「この国の王様なんだから、たくさんいても不思議じゃないでしょ」


 なにやら明日葉と朱理の視線が背中に突き刺される。

 娘と言っても血が繋がっている訳ではないのだが、説明するとなると面倒だしな。


「先生、前から気になってたんですけど――」

「ん? なんだ?」

「先生が父親ってことは、母親もいるんですよね? もしかして――」


 チラリとエミリアに視線をやりながら、尋ねてくる明日葉。

 フリージアの母親が誰か気になったと言うことだろうか?

 それなら、


「ああ、彼女エミリアが母親だ」

「ちょっとシーナ!?」

「ん? 間違ったことは言ってないだろう?」

「確かにそうだけど、そういうことじゃなくて――」


 そういうことじゃなくて? ああ、そういうことか。

 二人で育てると言っておきながら、アイリスとフリージアのことを任せきりだしな。


「二人で育てるって約束したのに、エミリアに任せきりだしな。これからは、ちょいちょい顔をだすようにするよ」


 帰って来ようと思えば、帰って来られた訳だしな。

 エミリアもギルドの仕事があるはずなのに、しっかりと二人の面倒を見てくれているみたいだし言い訳はできない。

 アイリスとフリージアのためにも、週末くらいは顔をだすべきだろう。

 いや、待てよ? いっそのこと二人も学校に通わせるのはどうだ?

 レミルも学校に通っている訳だし、今度二人に相談してみるか。


「これが、大人の余裕……なんか凄いね。あかりん」

「金色の髪に尖った耳……まさか、ギルドの……」


 明日葉と朱理がなにか言っているようだが、これ以上話を脱線させないためにも、まずは本題を片付けるべきだろう。


「話が少し脱線したけど、報告を聞かせてくれるか?」

 

 イズンと朝陽に頼んだのは、ダンジョンの調査だ。

 街を呑み込むほどのゲートが出現したことからも察するに、想定外のことが起きている可能性が高い。だから街の周囲に危険がないかだけ、軽く二人に調査を頼んだと言う訳だ。

 イズンであれば精霊の眼を通して危険がないかを探知することが出来るし、朝陽はダンジョンの探索に慣れているだろうから、探索者の視点からアドバイスを貰えればと思ったのだ。


「では、まずは街周辺の調査報告ですが――」


 イズンの報告を聞くに、モンスターの姿は確認できなかったようだ。

 灰色の大地と黄昏の空が、地平線の彼方まで続いているだけと言う話だった。

 他には、なにも発見できなかったと聞き、考えさせられる。

 ゲートを開く前のダンジョンは、なにもない無機質な迷路が続くだけのダンジョンだった。

 それが、ダンジョンのゲートを開いたら構造が変化し、新たな世界が構築された。

 となると、ゲートを設置した場所の環境がダンジョンの構造に影響を与えたのだろうか?

 実際、各国のダンジョンには、それぞれの特色があるからな。

 以前から、地上の環境がダンジョンの構造に影響を与えているのではないかという仮説はあったのだ。

 でも、いまの月は緑に覆われているんだよな?

 緑化は魔力の影響なので、ダンジョンの構造には影響を与えないと言うことなのだろうか?

 それに月の空は、こんな風に赤くないしな。

 ダメだ。あれこれと考えても、手掛かりが少なすぎて結論こたえをだせそうにない。


「朝陽はなにか気付いたことはないか?」

「他のダンジョンに比べて、大気中の魔力濃度が少し高い気がします。住民のほとんどは魔力適性が低いので、このまま放置すれば体調を崩す人が現れるかと。早急に対策をした方がいいと思います」


 言われてみると、確かに少し魔力が多い気がする。

 深層ほどではないが、下層くらいと言ったところか?


「イズン、話は聞いていたな」

「はい。すぐに手配します」


 俺の指示に頷き、姿を消すイズン。大気中の魔力濃度が高いのであれば、調整してやればいい。さすがにダンジョン全域とはいかないが、街の魔力を薄めるくらいなら結界で対処が可能だ。

 イズンに任せておけば、街の方は問題ないだろう。あとはモンスターの件だな。

 モンスターが出現しない理由は、このダンジョンが未完成であることが原因として考えられる。

 青の原典ポントスを組み込めば自然とモンスターが生まれるのではないかと考えていたが、恐らくまだ他に条件があるのだろう。

 例えば、〈原典オリジン〉が足りていないとか。まだ見つかっていない〈原典〉にモンスターの発生に関わる力が秘められている可能性はある。

 しかし、偶然三つ手に入れることが出来たが〈原典オリジン〉なんて探して見つかるものでもないしな。


「神よ。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん……なんだ?」

「話の流れから察するに、このダンジョンは神がお造りになったのでしょうか?」


 そう言えば、肝心なことを説明してなかったな。

 シャミーナにはギルドマスターとして今後も協力してもらう必要がありそうだし、正直に話して協力を得ておいた方がいいだろう。


「ああ、そうだ」 

「やはり!」


 歓喜に満ちた声で、目を輝かせるシャミーナ。

 この反応、もしかして気付いていたのか?

 いやまあ、こうやって呼び出したんだから、そりゃ分かるか。

 自分で犯人ですと言っているようなものだしな。

 だけど、こうなってしまった以上は迷惑をかけた関係者には説明しておくべきだと思ったのだ。

 エミリアに注意されと言うのも理由にあるけど……。


「では、探索者たちが復活したのも、やはり神の奇跡だったのですね」


 え?

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